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アンチテーゼ/アンライブ  作者: 名無名無
第一章 旅の幕開け
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以前の世界で抱いた苦い思い

 我が家は温泉旅行が好きで、数年に一度は必ず行っていた。

 料理も好きだったし、家族とゆっくりして日常を話したり学校の話をしたり、大人になってからは酒を嗜みながら話すこともあった。


 あの時は確かに楽しかった。いつもは経験できない貴重な体験。数年に一度のイベントだからこそ、いつも楽しみだった。

 家族は元気にしているだろうか。名前すら思い出せなくなったが、彼らには元気でいて欲しい。



「ふいぃ......」


「何にも考えられなくなるねぇ」


「......そうですねぇ」


 時は流れ、今やアンナは生まれ変わった。初めて人を殺して取り返しのつかない思いをしたり、以前とは違って人間ではなくなったりしてしまい、色々と変わってしまった。


 でも抱いていた思いの一部は変わらず、今も引き継がれている。人生観や価値観もそうだが、それは趣味も同じだ。


 例えば生前からアンナは温泉が好きだった。銭湯も好きだがどちらかというと温泉旅館の方が好きで、小さい頃に旅行で行った時からずっと好きだ。


 そういえばよく露天風呂ばかり入っていたような気がする。あちらの方があまりのぼせないし、お湯の温度がちょうどいいからだ。

 ここにも露天風呂があるのだろうか。地元の大きな銭湯には露天風呂エリアがあり、三つのお風呂があった。


 ここはどうだろうか。チラッと目を泳がせると、外に出るための扉がある。

 扉には文字の書かれた看板まである。「露天風呂 滑りやすいので注意」だ。


(よしっ)

 心の中でガッツポーズ。早速お風呂から上がり、ゆったりとした足取りで露天風呂へ向かう。


「サウナ?」

「いえ、露天風呂です」

「行く行くぅ〜」とネイさんも後を追う。


 そのまま二人で外に出て、「さむっ!!」と二人で身震いし、足早に露天風呂へ。


 寒さの後に訪れるお湯の温かさ。多分これを繰り返すと血圧がイカれて死ぬと思われる。

 露天風呂に全身で浸かって、そして頭を囲いの石の上に置き、お尻を地面につけたままぷかぷかと体を少し浮かす。


 ちょっとはしたないかも知れないけど、まるでお風呂の中で浮いて眠っているみたいで気持ちいいのだ。


「この辺りは一応標高が高いからねぇ。温泉も質が良いってもんよ〜」


 そういえばアンナが居候していた森も川が流れていたり、夜は焚き火をしないと息が白くなり霧が発生したりしていた。単に季節が秋だからだと思ってただけだったが、場所が場所だからだったようだ。


(あっ。葉っぱだ)


 露天風呂に浮かぶ一枚の葉っぱがこちらに流れてくる。色が紅くなっており、紅葉した葉っぱだと一眼でわかる。


 アンナがいた森の葉っぱは緑色だった。もしかすると紅葉するのが遅いのか、葉が散らない木なのか。この世界なら前の世界の常識も通じそうにない。


 それに紅葉しない樹木だって前の世界に存在していた。もしかするとその系統なのかもしれない。生物学者じゃないのでわからないが。


「そういえばネイさん」


 ぷかぷか背中を浮かしたまま、聞きたいことを思い出しネイさんを呼ぶ。「んん?」と声が返ってきたのを確認して、少し気になっていたことを質問する。


「なんでオッドアイなんですか?」


「ああ、これね。生まれつきだけど、父も母も普通の目だから突然変異じゃないかな」


 生まれついてのオッドアイ。猫ならよくオッドアイで生まれてくるが、人間でもたまにいるのは知っていた。

 それでも生で見たのは初めてだ。なんだか神秘的なものを感じる。


「人間って不思議ですねぇ」


「そうだねぇ。ああそう、こっちも質問」


「なんですか〜」とゆるく返事する。段々と体がのぼせてきているのが実感でき、もうそろそろ上がるべきかとも考えながら質問を待った。


 しかしその質問の返答に戸惑ってしまった。


「君はどこから来たの?」


 ごく普通の質問。しかし、今までどうにかはぐらかしていたが、直球で聞かれた時の対応までは考えていなかった。


「えっと......。和の国ですかね......」


「聞いたことないところね。どんなところ?」


(まずい、ボロが出る......)


 恐らくこの世界には存在しないであろう国。何を言っても不思議がられ、妙な不信感を持たせることになってしまう。


(どんなところ......。う〜ん、なんて言おう)


 人が多いところ。土地が狭いこと。少子化が進んでいるところ。


(違う違う、なんでそんな、どんどんネガティブなとこに! もっとこう、何か......)


 楽しいところといえば遊園地か、もしくは日本にゆかりあるといえば——。


(温泉! 和菓子!)

 和の文化だ。そしてそれを端的に伝えた。


「お菓子がうまいとこです!」


 すごいアホみたいな回答だが、ネイさんは「そっか」というだけで何も言ってこない。

 どうしたのだろうと思いつつ、何も聞かれないならそっとしておこうと思っていると。


「いい国なの?」といつになく落ち着いた様子の声色で聞いてくる。


 ネイさんのことだから興味津々になって、ぐいぐい攻め込んでくると思っていたので、意外な様子に驚いた。



 記憶の一部は欠けて生まれ変わり、家族との思い出や名前など一部の大切な記憶を忘れてしまっている。

 しかし幸せな記憶は忘れているのに、かつて経験した辛い思いは心に深く根付いている。


 あまり思い出したくはない。しかし話を円滑に運ぶためだ。ここは腹を決めて話すしかない。


 アンナが本当はどこからきたのか。恐らくだが、いつかデリバーやネイさんにも話す日が来るだろうから。



 少し黙って、アンナ「そうですねぇ」といいつつ、かつての記憶を振り返り、結論を述べた。


「ええ。ウチの国はいいところでした。でも......」

「でも?」


「ウチは恵まれた一般人だったんです。普通に学校に行けて、普通に働いて。そんな当たり前が享受できない人も大勢いたと思います」


 あの世界は様々な問題を抱えていた。低所得者や貧困、犯罪、殺人。そして政治や隣国との関係。


「それだけじゃない。海を越えたらもっと酷いですよ。大人になって、憧れていた国が実は酷いことしてたり、常に他国と戦争の睨み合いをしていたり。今じゃ差別とかそういった問題に対する見方によって国が分断されたりもしてました」



 大学で勉強したことの中に、そう言った問題に関することも山ほどあった。

 そして勉強して思ったのは、ありとあらゆる問題に対する自分の無力さ。どうしようのなさ。


 さらに、どうしてそんなくだらないことで盛り上がって、デモやテロなどの暴力行為に出るのか。


 講義を通して、ニュースを通して、SNSを通して、あらゆる情報媒体を通して目にする世界の悲惨さに、徐々に絶望していくと同時に、この世はなんて汚いんだろうと思ってしまっていた。



「なんだか大変だったのねぇ。それにしてもこの広い世界にそんな問題を抱えた国があったなんて。初めて知ったわ」


「......はっ! (しまった、前の世界について話しすぎた!)」


 今や関係ない別世界の事情をたらたら喋ってしまい、「やってしまった」という気持ちが渦巻く。

 お風呂に入っているというのに冷や汗を流しながら、これ以上喋らないためにもネイさんの次の発言を待った。

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