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アンチテーゼ/アンライブ  作者: 名無名無
第二章 霧の街のミステリー
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鳴りを潜めていたはずの現象の再来

また、失敗した。

核心を突かれたような気がして、何も言い返せなかった。黙ったまま、手を伸ばして。彼女が去っていくのを止められなかった。


「......俺には、もう数十年なんて待てないんだ」


無意識に、自身の右腕を左手で抱き寄せる。眉間に力がこもってしまう。歯を強く食いしばる。


 自分の夢に同行させたい。その力を借りるか、もしくは......。そう使()()()()()()と考えていた女が、自分を捨てて去っていく。


 このまま後を追って連行する。もう片方の道を選べば、少なくとも目的は叶う。


 その目標において、()()()()()()()()()()。連れ帰ればいいはずだった。


 だが、あの女の顔を見て、話して、そして一緒に時を過ごす内に心の中で何かが歯止めとなって「それ」を引き止めていたのだ。


 今の関係が延々と続いてほしいという、あの人の後を追うには浅ましい思いが。


「くっ......!」


 頭が痛む。夜の公園の中、両膝を地面につけて蹲るように身を丸める。


 あの女と、自分の思い出の人が似ているせいで、度々過去の記憶がフラッシュバックする。

特に最近になって、まるで()()に比例するように過去の辛い記憶が痛みとともに呼び起こされる。


「行くな......置い......てっ......」


 地面に額をつけて蹲ったまま、ロットは必死に前へと手を伸ばした。


「かぁ......ん」




 〜〜〜宿に帰っても、胸の内に蔓延る悶々とした気持ちは拭えなかった。


「......大丈夫かなぁ」


 脈絡もなく、突然奇妙な話を始めるロットは、正直言って恐ろしかった。


 何をしだすのか分からないあの雰囲気。それに振り回された日もあったが、今回は特に異質な感じがしたと思った。そして話された内容が、まさかの「世界の変革」についてだったのだ。


 話の詳細と彼の生い立ちを踏まえて、「自分のような人間を生み出さないように改革する」のが夢なのかもしれない。


 しかし、なぜその目的にアンナが必要と判断したのか。最後の最後まで理由は聞けなかった。


 どちらにせよ、その理由を聞いてアンナ個人の悩みを増やし、デリバーや周りの人に迷惑をかけたくない。語られた内容と思いがどうあれ、彼とはもう一緒にいない方がいいだろう。


「......そんなふうに思ってたのか」


 宿の部屋の中で、椅子に座って机に頬杖をつきつつ、窓から見える夜空を見つめながら、心の言葉を思い思いに口にしていた。


 まさか今までの付き合いが彼にとっては「夢のため」だったとは知らず、アンナを引き入れるためのものだとは。


信用を得るなり付き合いを続けるなりの考えは理解できるが、今までのコミュニケーションが道具として使われていたことが少々気に食わない。


 自分の目的のためなら、如何なる私情を押し殺してでも付き添う。夢に真っ直ぐと進む姿勢は悪くないが、あれは少々行き過ぎだと思われる。


 そして彼の真意を見抜けなかったのも中々に腹立たしい。交友関係にお互い利益を求めたら、それは友人ではない。取引であり、商業と同じだ。


 プライベートを仕事のように変え、人付き合いに持ってこられるのは本当に嫌いだ。


 仲のいい友人だと思っていた人に裏切られる。最悪の気分だが、ふと彼の目線に立って考えてみると、目的に一途な姿勢を持つのにも共感はできる。


(......もしくは、そうすることでしか生きていけなかったのかな)


 ロットは生まれてから今に至るまで、口で語る以上の苦労をしてきたと考えられる。


 歩いてきた道は、アンナが知らないような汚い世界のお話かもしれない。そもそもそんな泥臭い世界を歩いていたら、「世界が嫌い・自分が嫌い」と発言するのもなんとなく理解できる。


 人は皆、違う考え方を持ち、何百通りの人生を歩いている。


「はぁ......」


 窓から見える夜空を見上げ、映る星々を見ながら「お前らは輝くだけでいいよなぁ」と、光るだけの星々を羨むような声でボソリとつぶやいた。




 〜〜〜翌日。

 この日はギルドに向かい、異変がないかどうか。本当にこの街の問題が解決したのかを探りに行った。


「ま、まだですぅ......」


「まだって何だよ。遅くねえか?」


 久しぶりに自信なさげなギルド職員の女性、ソフィアさんと対面する。

 彼女に色々と伺ったのだが、その全てが悉く「まだ」の一点張りだった。


 その対応に苛立ちを隠せないのか、ギルドに先に来ていたマイルスがソフィアさんをジロリと睨み詰め寄る。


「いつもそうやって後手に回るから、俺たちが苦労して......」


「す、すいませんすいません! でも、まだなんですぅ......」


「諦めろ。何言っても彼女を困らせるだけだ。一旦引き上げるぞ」


 ソフィアさんを介して感じられるギルドの指示。つまり、まだ情報を公開する時ではないという姿勢を汲み取り、デリバーは躍起になるマイルスの肩を掴む。


制止しようとさせてくる彼の手を振り解こうと、マイルスは語気を荒くして、自身の肩を掴む大きな手を握り返す。


「んだよおっさん!」


「まだそんな歳じゃない」


「ちょっ!」


 例の馬鹿力で、隣にいるマイルスの肩を引っ張り強制的に移動させようとする。


「自分で歩く!」と言ってその手を振り解き、三人で大人しくギルドの外に出て、整備された庭に言って立ったまま話し合うことに。


「......気のせいか?」


「どした? デリバー」


 しかし外に出て庭に移動し、不服そうなマイルスに目もくれず、デリバーは鼻をピクピクと動かし辺りをキョロキョロと見回し始めた。


 いきなり理由の分からない行動を取り始め、何がしたいのか分からずもう一度「デリバー?」と彼の名前を呼ぶ。


「いや......なんだか、臭いが......」


「臭い?」


 どうやら鼻を動かしていた理由は、彼にとって不快な臭いが流れていた影響かららしい。


「そんなことよりも、今後のことをさ......」とアンナが口を開き、デリバーの顔をじっと覗き込もうとした時。


 突然、マイルスが「いたっ!!」と叫び、右手の人差し指を抑え始めた。


 この庭は自然をテーマにした場所。蜂のような虫も当たり前のように飛んでいるが、こちらから敵意を見せない限りは毒針を打ってこない。


 しかし例外もある。もしかすると、彼に攻撃を仕掛けた虫が飛んでいるのだろうか。


 慌ててマイルスの方へ駆け寄ろうと、数歩だけ前を歩く。


「......ん?」


 その際、何かをまとめて踏み潰した感触が、地面から足の裏へ伝わった。


 歩いて物を踏む。そこが問題なのではない。踏んだ時に聞こえた「パリシャッ」という独特な音。まるでセミを踏んづけた時のような音が聞こえた。


 足を上げて何を踏んづけたのか。地面を見てみる。

 すると羽虫が数匹、地面にこびりついているのに気づいた。アンナに踏まれたせいでペチャンコになっており、黄色い液体が飛び出ている。


「なんか......緑色の......」


 まだ足がピクピクと動いている。そして、全身を苔のような何かが覆っている。


 そこが問題だったのだ。


 さっきまで生きていたはずの虫が、全身を緑色の何かに覆われて死んでいる。


 どこかで見たような苔だ。これもこの世界特有の現象だろうかと疑い、虫どもの様子を見て、そして気づいた。


「......なっ!?」


 緑色の何かが、まるで捕食するかのように虫どもを覆い尽くし、そして跡形もなく消え去った。

 これは流石のアンナでもすぐに分かる。


「腐食現象!?」


 これは苔なんかではない。新たな腐食現象だ。

 今までに見た資料や写真と同じような何かが、今度は虫の体を覆っていた。


(なんだ!? 新しいパターンか!?)


 しかし今までに報告された現象と何かが違う。まるで緑色の腐食そのものが意思を持つかのように、対象を捕食して獲物ごと消え去っていた。


「な、何だこれ!?」


「っ!? マイルス、手が!」


 今まで手を押さえていたマイルスが、痛がっていた指を凝視して目を丸くしている。


 なんと彼の右手の指にも、ミリ単位だったが小さな緑色の吹き出物のような物がついていたのだった。

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