親を失った者同士
「さて。どこから始めようか」
ロットの過去について、断片的に聞かされたことはある。しかし、なぜハンターになったか。彼の口から詳しく聞くのはこれが始めてだ。
何を語るのか気になるので、アンナも真剣に聞く態度を身に表しておく。
「そうだな。まず、俺の母親。あの人について話すことが優先だな」
こうして語ってくれたロットの家庭環境は、正直言ってとても良いとは言い難いものだった。
ロットは生まれつき病弱だった。そんな彼を助けるため、母親がいつも面倒を見てくれたという。
そして働きすぎて、なんと彼が六歳の頃に過労死。
一人残されたロットは、母親が残した僅かなお金で生き延び、ハンターという職業に目をつけた。
そしてそれからずっと、街を転々として、今はこの街でハンターをやっているらしい。
「だから生まれた街はここじゃない。俺は余所者。正直言って、この街のハンターとあまり面識がないな」
「......言葉で形容するには、ちょっと難しい人生に思えるなぁ。聞いた感じだと」
「アンタも苦労人だったんだな」
各々、ロットの口から語られた過酷な過去を知って、思ったことを小さく呟く。
今語られた過去もほんの一部だろう。親が死んだ時の状況。ハンターになるまでの生活。そしてハンターになった後の人生。今につながる過程の中にも、相当な苦労があるに違いない。
テーブルの上にあるカステラの入った袋を、特に意味もなく見つめながらロットの過去について色々と想像を巡らせる。
彼は何をしていたのか。この街に来た経緯。色々と考えていると、ロットがマイルスに思わぬ質問をしてきた。
「おい。マイルスと言ったな。銃の魔術はどれくらい扱えるんだ?」
「突然だな......」
自分の過去は話した。そんなどうでもいいことより、自分の質問に答えろ。
今のロットからは、そのような意思を感じた。
突然話の流れが変わり困惑しつつも、「オレのはそんなに」と曖昧な返事をするマイルス。
「そんなにか。そもそも、俺はハンターなんでな。魔術に関してはあんまり知らないが、なんでそこまでして拘る? 爺さんの影響か?」
純粋な疑問だろうか。理由を尋ねるロットの表情は、珍しく会話に乗り気になっているだけあって、疑問を宿した顔とそれを解き明かしたいという願望が言葉に表れているように感じた。
魔術にこだわる理由。一端の冒険者が、なぜ銃の魔術にこだわるのか。
そもそも冒険者だろうが魔術を扱う人はそこまで存在しない。
魔術がなくとも、例えばハンターなら狩りの技術。冒険者や旅人には、戦闘面だと剣術や銃術さえあればなんとかなる。
それに旅人や冒険者は戦闘技術も大事だが、いざと言うときのサバイバル能力も必須となってくる。
特に野生で生き抜く能力は、旅人には必ずと言っていいほど必要となる力だ。
旅人に限らず、生き抜くためには他に会得するべきスキルが多くある。扱いにくく習得に時間がかかる魔術。そんなもの、一般人にはあまり普及しないものだ。
(って、前にデリバーが言ってたなぁ)
座学として、空いた時間に魔術のことを色々と教わるのだが、世間に置いて魔術の存在や価値がどうなのか。そういった質問をしたときの返答が、今振り返った通りの答えだ。
「例え難しい魔術を収めていようが、剣術なり格闘なり、そう言った戦術を極めた人間には普通に負ける。魔術は絶対的強者じゃない。戦術として扱うのも危険がつきまとうしな。そんで、多くの人間は簡単な道を選ぶもんだ」
なんてことも言っていた。
マイルスが魔術を会得しようとする理由はわかった。そして今の腕はそこまで高くはない。
ロットの質問。それに対し、マイルスは「う〜ん」と唸りつつ回想するかのように目を閉じる。
少し間を置いて、目を開けて「まあ、それもあるな」と答え、続けて銃の魔術に対しての想いを語ってくれた。
「確かにオレの銃の魔術は全然仕上がっていない。レベルで言えば最低。ジジイに何度も言われたな。『向いてないと思ったなら素直にやめておくんじゃ』ってな」
(そういえば、魔術には適正があるって話も教わったな)
魔術を習う際、個人に合わせた調査を経て、どの魔術を学ぶか。調査によって、その探求の道に導かれるという。
「......でも、オレはジジイの意思を継ぎたいんだ。オレの成長を見守ることなく逝っちまったあの人に教わった者として、誇りある銃の魔術使い。そういう人間になりたい」
「なるほど。魔術についての拘りはなんとなく察した。要するに、亡くなった爺さんの背を追っているってわけか」
マイルスの思いを汲み取り、小さな声で「親か......」と呟くロット。先程述べたように、彼も母親に関する因縁がある。
因縁という言葉に絡めていえば、マイルスもロットも似たもの同士かもしれない。
「......親は殺されたのか」
ロットの口から放たれた思わぬ言葉を聞いて、ピクリと全身を小さく震わせて反応するマイルス。
似たもの同士。
だからこそ、ロットがなぜこんな質問を口にしてしまったのか。神妙な面持ちで、マイルスの因縁の核心。
どうして、そこに触れようと思ったのかが簡単に理解できてしまった。
痛いところを突かれたマイルスは、一度大きく目を見開くと、やがて下を見て俯き「そうだ」と複雑な感情が混ざり合った、掠れそうな癖に強い語気を纏わせて呟いた。
「ならば、復讐を望んでいるか? 世界が憎いと思ったことはないか?」
「ロット......(ウチにも似たような質問をしてきたな......)」
あの時の夜と同じく、アンナにしてきた数個の質問。それを畳み掛けにマイルスにぶつけるロット。
確か、あの質問がロットの生き様。そんなことをあの夜、語ってくれた覚えがある。
その意図を理解しているので、今の質問がまるで共感を求めているようにも感じた。
それに「答えなくてもいい」なんて無粋なことは言わない。黙って見守っておく。
今のマイルスが何を思っているのか。それも純粋に知っておきたいからだ。
「世界を憎む......か。まあ、気持ちはわかるさ。でも、そんなことよりも真っ先に思ったことがあるんだよ」
空を見上げて、続いてチラリとアンナの顔を伺うマイルス。
そして最後にロットの顔と目を見て、はっきりとした強気な口調で答えた。
「オレは世界なんてどうでもよかった。ただ、ジジイを我が儘に殺した奴が憎い。そいつを見つけて殺す。そこからオレの独り立ちが始まるんだ」
最後の一言。「独り立ちが始まる」という言葉。今の自分はロウの死に囚われている。まるでそんな言い方のように感じた。
「だから、復讐をやめるつもりはない」
「......」
「そう......か」
わかっていた。今の今まで、楽しそうに話をしていたものの、時々物寂しげな表情になり、その度に手をぎゅっと握っていた。
彼の胸の内には、いまだにロウを殺された苦しみと怒りが宿っており、恐らくロウを殺した犯人をとっちめるまで、彼の苦しみは小さくなれど消えることはない。
アンナの小さな呟きが耳に入っていたようで、こちらを見て目を細め、まるで「邪魔はするなよ」というかの如く睨んで言ってきた。
「前にもいったよな。オレは止まらないって」
「ああ.......」
いまだに思いが変わらない。復讐を手伝うのは本意ではない。
しかし断れば、彼は無理にでも一人でやろうとする。
せめてこの街を出るその日まで。マイルスの最愛の人を亡くさせた責任の端を担うため、アンナはマイルスのそばにいてやらなくてはならない。
だから、喉から出してしまいたい言葉と思いを必死に堪えて、「分かってる」と何も否定せず了承だけする。
「どうだか......。まあ、邪魔しないならいいけどな。そんでもう菓子がないんだが。ティータイムは終わったぜ。......って、誰が辛いの食ったんだ?」
「あっ」
マイルスが袋の端っこをつまみ、上下逆さまにして中身がないことを見せびらかす。
そういえば話に夢中で無心で少しづつ食べていたが、辛いヤツを口の中に運んだ記憶はない。
ずっと話していたマイルスだって、辛いのを食べて話を中断するといったことはしなかった。
ならば残されたのは最後の一人。
マイルスと揃ってロットの方を見ると、気づけば水を一気に飲んでいたのか、空になったボトルを片手に持って握りしめていた。
「......ふっ。俺だ」
そして自虐するように笑って、口元を痛そうに触っていた。




