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第40話

「アリア」


 名前を呼ぶ。


 すると一瞬だけ、アリアが嬉しそうに笑みを浮かべる。

 すぐにキリッとした表情に戻る。


「アリアさんですね。お茶はいかがですか?」


「はい。いただきます」


 入り口から歩いてきたアリアが、おしとやかに椅子に座る。ルドリク先生に差し出されたカップを手に取った。


 アリアがカップに口をつけた。ものすごく優雅な動作だ。思わず見惚れてしまいそう。


「アリアさんは、随分ソウタ君を心配していたようですよ」


「そうなんですか?」


「ええ。お金だけでなく、貴族の問題など、ソウタ君に関することで相談を受けました」


 知らなかった。


「そんなに心配してくれてたの?」


 アリアを見てみる。

 キリッとしてる。けど、頬は朱色だ。恥ずかしいのかな。


「治療魔法の練習台がいなくなると困るからよ」


「誰が治療魔法の練習台だ!」


「あなたのことよ。自分で名乗ってたじゃない」


「名乗ってないよ!」


「あら? それじゃあ私の思い違いかしら、『千年に一度の練習台』さん?」


「そんな練習台あってたまるか!」


 アリアが平然とした表情で、再度お茶を口にする。

 照れ隠しなのか? そうなのか?


 ルドリク先生が微笑みながら言ってくる。


「二人は仲がいいですね」


 一体今の会話のどこが『仲がいい』のか。


「えっと、ありがとうございます」


 するとアリアが落ち着いた様子で語る。


「私が仲良くしてあげてるのです。落ちこぼれと世話係の関係ですから」


 え!? 僕片思いだったの!?


「う、嘘だよね?」


「さて、どうかしらね」


「そこはちゃんと否定して! お願いだから!」


「ふふっ」


 アリアが少し微笑んだ。

 ああもう、かわいい! これ以上突っ込んで聞く気になれない。


 カップをテーブルに置いたアリアが、なぜか少し寂しげな表情を浮かべる。


「寂しいわね」


 ぽつり、とアリアの口から言葉が漏れ出る。


「ソウタ、魔法使えるようになったのね」


「……うん」


 アリアも分かるのか。魔法使いはみんな、魔力の流れとやらが見えるのかな。

 いや、ハイオークを倒した時点で感づいていたのか?


「これで私が、ソウタを守ってあげることもなくなるわね」


「そんなこと──」


「無い? 本当に?」


 言葉を遮られた。


 無い、とは言い切れない気がする。むしろ大いにあるかもしれない。

 僕は魔法の訓練をする気満々だ。何がなんでもする。誰に止められようともする。なんだったら今すぐにでも。


 そうすれば、いつかアリアの手を借りずとも自分を守れるようになる日が来るはずだ。そうなるためにこの学校に入ったんだから。


 魔法使いにならないって選択肢はありえない。アリアに守られてばかりはいられない。


「ごめんなさい。わがままばかり言って」


 アリアは僕を守れなくなることを、寂しいと言った。

 僕にはその気持ちがよくわからない。

 僕は今まで誰かを守ったことも、守れる力を持ったこともないから。


「……でもさ、これで僕もアリアを守れるよ」


「もう十分守ってもらったわ」


「じゃあもっと守るよ」


「いつまで? ずっと私を守ってばかりはいられないでしょ」


「ずっと守る。世界が平和になるまで」


 アリアとじっと見つめ合う。


「青春ですね。私は席を外した方が?」


 ルドリク先生がそう言ってくる。


「あ、ごめんなさい……」


「いえいえ、こういうことは若いうちでしかできませんから」


 ああああ恥ずかしい。


 うんうんと頷いて、ルドリク先生が話を戻す。


「人を守るには力が必要です。力を引き出すには練習も必要です。わかりますか?」


「はい」


「では私がしっかりと指導しましょう。今までは週一でしたが、これからは毎日研究室に来てください」


 毎日!?


「忙しくないんですか?」


「ソウタ君を鍛えるくらい、時間は取れますよ」


「僕がそんなに教えてもらっていいんでしょうか」


「訓練が嫌ですか?」


「えっと、嫌ではないです。でも……」


 ルドリク先生がまっすぐ見てくる。


 気まずさを覚えつつ説明する。


「今まで魔法を一回も使ってこなかった僕が、今更……」


「なるほど。でしたら私が保証しましょう」


 両手を広げて、ルドリク先生が言い放った。


「君は今日から魔法使いだ」


 胸が熱い。なんて言えばいいんだ。この気持ちは。


「……はい!」


 今こそ家族に伝えたい。


 僕は魔法使いになる。大切な人を守れるようになる。

 どこか遠くにいる家族にそう言いたかった。


 窓の外から夕日の光が差し込んで、僕らを眩しく照らしていた。



 END

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