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第37話

「待ちくたびれたわよ、ソウタ」


 風に赤い髪をたなびかせながら、アリアがそう言った。


「ごめん」


「軽々しく謝らないで。私がどれくらいの間待っていたのかも知らないのに」


 なぜかアリアがツンツンしてる。

 どうしてだ。

 そんなに待たせちゃったのかな。


「ええっと、どれくらい待ってたの?」


「二分くらいかしら」


「たった二分で待ちくたびれないで欲しいよ」


「私二分はとっても長い時間なのよ。ほんと、長く苦しい戦いだったわ」


「そんな訳あるか!」


「長いというのは嘘だけれど、苦しいというのは本当よ」


 アリアが体を近寄せてくる。

 下から覗き込むようにして言ってくる。


「早くソウタに会いたくて、胸が苦しかったのよ」


「うっ」


 ずるい。そんなこと言われたら嬉しいじゃないか。

 思わず目をそらす。


「目をそらさないで頂戴」


 アリアがニヤリと意地悪な笑みを向けてくる。


「ちょ、ちょっと。いつもと違う感じがするよ? 押しが強くない?」


「たまにはこういうのもいいでしょう?」


「う、えっと」


「それとも、嫌?」


「いや、嫌じゃないよ」


「そう」


 アリアが嬉しそうな笑みを向けてくる。


「なら良かった」


 ずっとアリアのペース。なんだか負けた気分だ。


「そういえば、どうして伝言なんかしたの? 直接言ってくれればよかったのに」


「治療室で休んでいたのよ」


「え? 怪我?」


 僕が気づいてないだけで怪我してた?

 嘘だろ。


 どうして言ってくれなかったんだ。いや、僕が気づかなかっただけか。


「そんなに焦らなくても、怪我はしてないから大丈夫よ」


「じゃあなんで治療室に?」


「魔力を使いすぎたのよ。彼──ウィンに治療魔法をかけた後、倒れそうになって。それで伝言を頼んだのよ」


「アリアが魔力を使いすぎることなんてあるんだ」


 ちょっとびっくりだ。

 アリアの魔力量は信じられないくらいに多い、らしい。正確には分からない。でもスカウトの人が褒めていた。相当多いはず。


「私は無限に魔力を持ってるわけではないのよ?」


「そういうことだったんだね。で、どうして僕をここに呼んだの?」


「今帰ったらお昼ごはん食べられないでしょ」


 そうえいばそうだ。お金が無い。お昼ごはんのこと考えてなかった。


 アリアが弁当箱を取り出している。

 地面に座って言ってくる。


「一緒に食べましょ」


「うん」


 喜びたいところを頑張って隠しつつ、アリアの隣に座る。


 アリアがお弁当を渡してきた。開けると良い匂いがしてくる。


 ふかした芋のような料理がメインだ。その隣に焼いた肉が入ってる。ちゃんと野菜も入っている。

 全体的にボリューム満点。


 家で貧乏生活を続けている僕としては、このお弁当は恵みだ。

 量も質も最強だ。この弁当は最強なんだ。崇めても良い。


 あれが美味しい、これが美味しい。なんて言いつつ食べていく。

 そうしているうちに一通り食べ終わった。

 お弁当を片付ける。


「……ん?」


 アリアがじっと見てくる。


「どうしたの?」


「お弁当を一緒に食べたいというのは本当なのだけれど」


「うん」


「実は、それとは別に話があるの」


「えっと、話って?」


「ソウタの力についてよ」


 僕の力。つまり、杖のことだろう。

 そういえばずっと言ってなかったな。


「ごめんなさい。言いにくいのなら言わなくても──」


「いや」


 言いにくい。でもだめだ。

 話そう。


「言う。全部、ちゃんと」


 杖の力は既に沢山の人に見られてる。


 ここまで来て話さないなんてありえない。

 アリアに対して失礼だ。今まで黙ってたのがありえないくらいだし。

 

「僕の杖には、霊体が宿っているみたいなんだ」


「霊体? 精霊かしら」


 アリアは霊体について知ってるらしい。


「普通の精霊とは全然違う。信じられないくらい強いんだ」


「具体的にどのくらい強いの? って、これは愚問ね。ハイオークを倒した時の、あれでしょう?」


「うん」


「私には何も見えなかった。突然、ハイオークの体が消えたのだけは分かった。それくらい強いってことよね」


 アリアは頭の回転が早いな。


「ルドリク先生は、その霊体の力を把握しているのかしら?」


「いや。底が知れないって言ってたよ」


「……そうなのね」


「僕も、この力の限界が見えないよ」


 思い出す。

 始めてアインザームを呼んだ時のことだ。気づいたらルドリク先生の研究室が荒れていた。

 散らばった本。吹き飛んだ机。台風が過ぎ去ったかのようなひどい惨状。


 魔法が暴走したのか。魔力が放出されたのか。それさえ分からない。何も分からない。


 意識が飛んでいた。夢心地だった。

 知らない場所でアインザームの姿を視認した。少しだけ会話した。それは覚えてる。

 でも現実世界で何が起きたのか、一切分からない。


 この力を制御できないと取り返しのつかないことになる。

 それが何よりも恐ろしいことだった。


「僕はこの霊体を体に憑依できる。けど力が大きすぎて制御できるか分からない」


「ハイオークを倒していたじゃない。あの時も制御できていなかったのかしら?」


「いや、あれは制御できてた……と思いたい」


「随分と曖昧な答えね」


「分からないんだ。本当に制御できてたのか、いなかったのか。力が大きすぎて全然分からない」


 顔をしかめてアリアが言う。


「危険なことをしてたのね」


「……ごめん」


 少しの間アリアが押し黙る。地面を見つめてる。


「いいわよ。別にそれくらいのこと」


「ごめん。ありがとう」


「ただ、これからは事前に言ってほしいわね」


 しばらく、静かになった。


 突然、僕の手が温かい感触で包まれる。

 アリアが僕の手を握っている。


「ずっと怖かったの。ソウタに捨てられるかと思って」


「え……?」


「ずっと何も言ってくれなかったでしょう? 何か理由があるのだとは思っていたけれど、それでも……それでも、もしかしたら私のこと嫌いになったんじゃって……」


 アリアの手を握り返す。両手を握る。

 アリアの瞳を見る。


「僕はずっとアリアのことが好きだよ」


 アリアが泣きそうな表情だ。

 笑ってほしい。笑顔でいてほしい。


「これからもずっとだ。もしアリアが僕のことを嫌いになっても、僕はずっとアリアが好きだ」


「ばか」


「わっ」


 アリアが胸に飛び込んできた。両腕でキャッチする。

 アリアの体温を感じる。


 ゆっくり抱きしめる。すると抱きしめ返してくる。


「私も好き」


 顔を上げて、アリアが上目遣いで見つめてくる。頬が朱色に染まっている。相変わらず顔が小さい。可愛い。


 アリアが顔を寄せてくる。

 ゆっくりと唇を合わせた。


 しばらくの間そのままでいた。

 静かな時間だった。


 顔を離す。


 アリアの頬についた涙の痕が、陽の光に照らされて光っていた。

 アリアの笑顔が素敵だった。

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