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第26話

「あ……」


 アリアが校門横で立っている。


「遅かったわね」


 赤い髪が風でなびいている。

 いつも通りの綺麗な髪だ。


 てか、なんでここに?


「待ちくたびれたわよ」


「待っててくれたの?」


「……ええ、そうよ」


 そう言ってアリアが顔を逸した。


 ちょっとびっくりだ。


 ここにいるとは思わなかった。

 明日会うとばかり思っていた。


 まさかこんなに早く会うことになるなんて。


「一緒に帰りましょう?」


「う、うん」


 反射的に返事をする。


 アリアが横に並んでくる。


 歩き出した。


 何話せばいいんだ?


 全然思い浮かばない。


 分からない。


 前までは気軽に話しかけていたはずなのに。


「ソウタ、何かあったの?」


「え?」


「様子が変だわ。熱でも出したのかしら」


「いや、別に、大丈夫だよ」


「それなら頭がおかしくなっちゃったかしら」


「なってないよ!」


「あらごめんなさい。頭はもともとおかしかったわね。『一万年に一度の落ちこぼれ』さん」


「一万年は長過ぎだから!」


 アリアがクスクスと笑っている。


「いつも通り元気じゃないの」


「元気の確かめ方がひどいよ」


「仕方ないわよ、私は儚い淑女なのだから」


「儚い淑女はそんなことしない!」


 そうだ。いつもこんな感じだったな。


 ルドリク先生の話を聞いて、気持ちが沈みすぎてたのかもしれない。


 周囲には誰もいない。

 少しの間、静かな時間が流れた。


 アリアが夕日を眺めながら言ってくる。


「私のこと、ルドリク先生から聞いたのね?」


 ああ。


 やっぱりアリアは勘が鋭いというか。


 僕が考えてることバレバレだな。


「うん」


「そう」


 謝るべきか?


 謝ったほうがいいだろうな。


「ごめん。勝手に」


「…………」


「でもアリアのこと知りたくて。アリアも平民だったって」


「……そうよ。私は平民だった」


 アリアが語り始めた。


「運良く魔法の才能があって、顔もそれなりに良くて、それで養子にされて公爵家の長女になったわ」


「でも昔は貧しかったんだよね」


「ええ。でもソウタとは違うわ。ずっと平民で苦労してるソウタとは」


「…………」


 アリアが自虐的な笑みを浮かべている。


「それなのに今も怖いの。モンスターの姿を見た途端に力が入らなくなって……。こんなに、こんなに恵まれて、貴族にもなって、魔法も使えるしお金もあるし、なのに……!」


 アリアが悔しそうな表情を浮かべてる。

 絞り出すように言ってくる。


「心は弱いままなの」


 震えた声だった。


「私のこと嫌いになったでしょう? 運と顔だけで成り上がって、生意気だって思うでしょう?」


 足を止める。


 アリアも足を止めた。僕を見てくる。


「思わないよ」


「……え?」


「アリアは頑張ってる。誰よりも頑張ってる。境遇の良し悪しなんて関係ない、アリアは苦労して困難を乗り越えた人だよ」


「……優しさなんて作れるものよ。私の優しさなんて、誰にも保証されてないわ」


「なら僕が保証する。君は優しいし、かわいいし、強いよ。非の打ち所がないね」


「それは言い過ぎよ。少なくとも強くない。モンスターが怖くて、目を瞑らないと魔法が使えないくらい臆病で……」


 アリアが目をうるませていた。


「ソウタに出自を話さなかったのも、怖かったからよ。話したら私のこと嫌いになるんじゃないかって、ずっと怖かったの。怖くて仕方ないの」


 アリアが頬に涙を伝わらせる。


「大切な人を失うのが怖いの……」


 ごめんなさい。

 下を向いて、アリアはそう言ってくる。


 大切な人を失うのが怖い。

 それは僕もずっと思ってきたことだ。


 失った時の痛みが分かるからこそ怖い。

 また同じ痛みが来るんじゃないかって。


 でも……怖がってばかりはいられないな。


「アリア」


 アリアがゆっくりと顔を上げる。


「僕はアリアが好きだ」


「えっ」


 ぽかんと惚ける小さな顔。


 最初の一言を言ってしまうと、後は止まらなかった。


「見た目が好きだ」

「優しい性格が好きだ」


 言う度、アリアの顔が赤くなっていく。


「初めて合った瞬間からずっと好きだった」


「や、やめて」


 アリアが顔を隠そうとする。


「恥ずかしい……」


 アリアの肩を掴んで、体を引き寄せる。


 抱きしめる。


 抱きしめながら言った。


「安心して」


「……うん」


「僕は絶対にアリアを裏切らない。一生ついていく。絶対に君を嫌いにならない」


 アリアが鼻をすする。


「そんなの……ずるいわよ」


 体を離す。

 アリアが笑顔を浮かべた。


「私もソウタのことが好きでした」


 今までで一番の笑顔だ。


 アリアの言葉は続く。


「素直で、まっすぐで、前に進もうとしてる姿が……かっこよかった」


 顔が赤くなるのを感じる。


 恥ずかしい。


 でも嬉しい。

 幸せだ。


「僕と、付き合ってください」


 アリアは赤く腫れた目を細めて、はにかんだ笑顔を浮かべる。


「はい」


 少しの間、見つめ合う。


 すらりと通った鼻。艷やかな唇。

 赤い瞳が僕を見てくる。

 顔が近づく。


 ニコリと笑いかけてくる。

 

 そして唇を重ねた。


 柔らかくて、甘い味がした。


 顔を離す。


 また見つめ合う。


 アリアがニコリと微笑んだ。

 僕もつられて笑顔になった。


 アリアを幸せにしよう。


 一生守り続けよう。


 アリアの柔らかい体を抱きしめながら、そう誓った。


 沈んでいく夕日が、僕たちを眩しく照らしていた。

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