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第22話

 校舎の外へ出て、さっき見た方へと足を動かす。止まらない。


 アリアとザボルが仲良しなんてことはないはずだ。この前アリアが助けてくれた時も決して友好的とは言えない雰囲気だったし。


 知らない間に二人が仲良くなってたり? そんなわけ。


 だったら何が起きてるんだ、と本人に問いただしたい。


 アリアのあんな顔、あんな悲しそうな表情、僕は知らないし見たことないぞ。


 いつも凛としてて、平気な顔で意地悪を言ってきて、でも笑顔がきれいで、それが本当のアリアの姿のはず、なのになんで。


 さっき二人がいた場所まで着いたけど、もう移動したのか姿は見えない。


 更に奥へ進む。広い学校の敷地の、誰も入らないような場所。

 狭くて建物の壁が近くて、まだ太陽は出てるはずなのにここだけかなり暗くて、ジメジメして嫌な感じ。


 暗い、路地裏みたいなところだった。


 建物の間から、一筋の光が差し込んでいる。


 少し離れた場所に見える、揺れる赤くて綺麗で長い髪。


「アリア!」


 声が建物の壁で反響して向こうまで届いた。

 アリアが勢いよく振り向いてくる。


「来ないで!」


「どうして」


 拒絶されたのか、僕は。嫌われたのか。

 それとも近づいたらだめなことがあるのか。


 アリアの後ろからゆっくりと、人影が、二重あごの太った男の影が、アクセサリーに陽光を反射させながら現れる。


 ザボルだ。


「丁度いいところに来たな」


 ニンマリとした嫌な笑みでこっちを見てくる。


「今から俺様とこの女が婚約するところだ。お前はそこで見ていろ」


 意味がわからない。


「婚約」


「平民は婚約という言葉の意味も知らないのか?」


 全く、これっぽっちも、意味がわからない。


「なんだ、その不満そうな表情は。俺様に嫉妬しているのか?」


 無視してアリアに聞く。


「アリアは本当に婚約したいの?」


「ソウタには関係ないわ」


「関係ある、関係ないわけない!」


 しっかりと目を合わせてそう言葉をかけると、ばつが悪そうにアリアは目を反らした。


 どうしてそんな悲しげな表情をしてるんだ。


 それは婚約なんてしたくないって表情じゃないのか?

 それともほんとに僕を……僕を嫌いになっちゃったのか?


 何か言ってくれ。言葉にして伝えてくれよ。なんでもいいからさ。


 どうして何も言わないんだ、アリア。


 ザボルが高笑いしている。


「そんなに婚約が不満か! 嫌か! なら仕方ない。俺様は寛大な貴族だからな。お前にチャンスをやろう」


 ザボルが懐からナイフを取り出した。

 魔法剣、それも暗器のような形状。


「今から俺様とお前で決闘をする。お前が勝ったら婚約はナシだ」


 いきなりの提案だ。僕とザボルの決闘でアリアの婚約が決まるなんて馬鹿馬鹿しいにも程があるけど、今僕に選べる選択肢はなくて、だから僕は馬鹿にならなくちゃいけない。


「受ける」


「だめよ!」


 半ば叫び声でアリアが訴えてきた。


「ザボルはあなたをいたぶりたいだけよ! お願いだから冷静になって!」


 僕は冷静じゃないのか? 冷静じゃなきゃならないのか? いいや冷静じゃなくてもいい。


 ここで何もせず、アリアを助けず後悔して、それで魔法使いになったとして、見える景色は一生曇り空のままだ。僕は晴々とした景色をアリアと見たい。


 ザボルが怒声をアリアに向け放つ。


「お前は黙っていろ! 俺様の話を忘れたのか!」


「っ……ごめんなさい」


「ふん、下がっていろ」


 アリアがザボルの後ろへ下がる。


 まるで奴隷と主人のようなやり取り。二人に何があったかは知らないけど、真っ当な関係性ではないのは火を見るよりも明らか。


 ザボルが紙を取り出して見せてくる。


「これが婚約書だ。万が一、そう万が一! ありえないことだろうが、俺様が負けるようなことがあれば、これはお前のものだ。ただし俺様が勝った時は……」


 ザボルが下卑た笑みを浮かべて、指差してくる。


「落ちこぼれ、お前は俺の奴隷になる。いいな?」


 奴隷。奴隷か。

 たったそれだけでいいのか。奴隷なんて生やさしい。


 アリアが僕を見てきている。今にも泣き出してしまいそうな表情でこっちを見てきている。


 ごめんアリア。心配かけて。でも絶対勝つから。


「分かった」


 ザボルが杖を構えた。


「アリア・リンフェルグ。お前が見届け人だ。合図をしろ」


 アリアが動かない。


「私は……」


「合図をしろ!」


「……はい」


 アリアが離れた場所まで移動した。


 ザボルの目を見ると、ニヤニヤと余裕、いや嘲笑の笑みを返してくる。


「前々からお前のことは気に入らなかった」


「…………」


「決闘を受けてくれて本当に嬉しいぞ。これで好きなだけお前を殴れるからなあ!」


 濁った目だ。


 僕の構えも、僕がこの後取る行動も、何も考えていないのだろう。


 ザボルは魔法が使えて、僕は魔法が使えない。そんな理由だけで、ザボルは僕に負けるなんて考えもしない。


 魔法無しで魔法使いに勝つなんて、常識的には不可能なことだ。


 その常識が枷となって、ザボルは油断している。あまりにも大きな油断。戦う前から致命傷だ、それは。


 僕じゃなくてアリアが相手だったら、油断なんてしないだろう。


 僕だからこそ油断している。この油断を、アドバンテージを逃すつもりはさらさらない。


 集中。見る。ザボルの全身と一挙一動を観察する。


 重心は前気味に寄っていて、右足を引いている。右手を魔法剣に添えていて、多分魔法の準備。


 身体強化、からの最初の一歩は右足で、突進か。


 アリアが口を動かした。


「──はじめ」


 一気に距離を詰める。


 距離を取られて遠距離から魔法で攻撃されたら打つ手が無い。


「くたばれ!」


 ザボルの体が光った。

 前にも使っていた身体強化の魔法。読み通り。


 ザボルが右足の一足で距離を詰めてくる。


 来る。でも僕は退かない。前へ、更に一歩踏み出す。


 耳元十センチで風を切る音が聞こえた。


 ナイフが頬をかすめた。肩に細く熱い痛みが走った。

 かすった、けど軽症。


 ウィンの突きの方が速いし鋭いよ。


 ザボルの懐に潜り込む。

 ナイフを突き出しているザボルの腕を掴む。


 ザボルの股下に右足を滑り込ませ、体を回転。背中を突き出してザボルの体を持ち上げる。思ったより重いけどいける。


「っらあ!」


 相手の全身を持ち上げて、目の前の地面に思い切り振り下ろして叩きつける。


 ドシンと地面が揺れるような音がして砂埃が舞った。


「ぐっああ!」


 ザボルの悲鳴。

 ウィンのように受け身はとってない。それでも油断はしない。


 少し離れて様子を見る。


 ザボルは地面に倒れて咳き込んでいる。肺の空気が押し出され、顔を真っ赤にしてゲホゲホと。


 ここでとどめを刺すまでもない。戦闘不能、と言っていいだろう。


 アリアが呆然とした表情で固まってる。


「アリア?」


 アリアが我に返って言った。


「し、勝者ソウタ──」


「まだだ!」


 咳き込みながらザボルが叫んでくる。


「まだ決闘は終わっていない!」


 顔を真っ赤にしたザボルが、杖を持って魔法を使っている。


 いつの間にかザボルの周囲に、光のない目でこちらを見てくるゴブリンが三体、佇んでいた。

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