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6.無理はするな

 マリアは自分の中に芽生えて来た感情に戸惑っていた。


 眠れぬ夜、彼女はベッドの中でじっと考える。


(あの人は夜、ここに来ないのかしら)


 アンディは何の脈絡もなく無遠慮にやって来ては、無理にでも事に及ぼうとした。


 テオには、まるでその気配がない。


(年を取っているからかしら……)


 話し相手に、と言うことだったが、別にそこまで話しかけて来るわけでもない。


 ただ、マリアを見ては穏やかな顔になるだけだ。


 マリアは今日、馬を与えられた。


 いい顔になるからと。


(彼にとって、私は観賞物の一種なのかしら)


 マリアは次々浮かぶ疑問を打ち消し、急にこんなことを思った。


(テオに会わなければ)


 マリアはベッドから降りた。夫の寝室はすぐ隣だ。


 なぜこんなことを思ったのか分からないが、彼女は今、非常に落ち着かなかった。


 夫の寝室をノックする。


 しばし間があって。


 ぎいと錆びついた音を立て、寝室からテオが顔を出した。


「……何だ、マリアか」


 マリアはどきどきと胸を鳴らす。


「どうした?何かあったのか」

「……眠れないんです」

「む、そうか。まあ入れ」


 マリアは夫の寝室に初めて足を踏み入れた。


 天蓋のあるベッドを暗がりに見つけ、マリアは急に緊張し始める。


「なぜ、眠れないんだ?」


 マリアは声を震わせる。


「その……何でかは、私にも分からなくて」


 立ち尽くしている彼女に、テオは椅子を引いて勧めた。


(椅子……)


 なぜかがっかりする自分に気がつき、マリアは愕然とする。


「まだあのベッドに慣れないのか。何かいい香りのするものでも侍女に尋ねてみるべきかな……」


 マリアは勇気を出した。


「あの、ベッドに」

「ん?」

「その……一緒に」


 マリアは気恥ずかしさに顔を覆う。


 すると、テオは意外なことを口にした。


「無理はしなくていい」


 マリアは真っ赤になった顔を上げる。


「無理に私に気に入られようと思わなくていい。老いぼれとそんなことは、若い君には苦しいだろう」


 マリアは一気に蒼白になる。


 じっと夫の青い瞳を見つめ、思い当たる。


(そうだわ。彼は若くないから、もしかしたらそういうことは出来ないのかも……)


 マリアはうろたえたが、ふと当初の目的を思い出した。


「あの……」

「何だ?」

「眠れないから、その……一緒に寝てもいいですか?」


 テオはぽかんと妻を眺める。


「一緒に寝れば、眠れるのか?」

「はい、多分」

「まあ、そこまで言うなら……」


 テオはふわりと天蓋を開ける。マリアは緊張の面持ちでベッドの中に滑り込んだ。


 テオが入って来る。


「狭くないか?」

「……いいえ」


 ぎこちないマリアの挙動に、テオはどこか困惑の視線を向ける。


「気に入られようなどと、無理はするなよ」

「……違います。ただ……」


 マリアは目を閉じる。


「……暖かいです」


 テオは浅く息を吐く。


「弱ったな……」

「出て行った方がいいですか?」

「いや……」


 マリアは恐る恐る、夫の手に触れた。


「……無理はするなと言ったはずだが」

「……無理はしていません」


 まだ二人の間に漂う緊張感は消えない。


 けれど。


(この人は、無理にそういうことをしない人なんだわ。親切で夜、放っておいてくれていただけなのね)


 それが確認出来ただけでも、マリアは安心して眠たくなる。


 テオはそうっと妻から手を離すと、注意深く妻の眠りこける顔を見つめた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 無理をしているのはテオの方…なんて感想を 書こうと思ったら、先の方の感想に対する返信で 「男は余裕がなきゃダメ」とのことで テオと(中も外もイケメンではない)私との差を 思い知らされたのでし…
[一言] これがイケオジの余裕……!( ˘ω˘ )
[良い点] あぁ、彼女の縮こまってしまった心の描写がいいです。 そう、確認して、確認して大丈夫でないと安心できないなんて、どんだけ前の夫はモラハラなんや!!! どうか、このイケオジに愛され癒されて美し…
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