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マリアの出産

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52/55

52.女王の戴冠式

 三ヶ月後の、夏の日。


 首が座り、元気に喃語を発するようになったマリウスを連れて。


「さあ、マリウス。今日は女王陛下の戴冠式なのよ」


 小さなマリウスは大人のような格式ばった格好をさせられ、戴冠式に参列することとなった。


 着飾ったテオとマリアは、マリウスと乳母と執事と共に馬車に乗り込み、首都の聖堂を目指す。


 彼は赤子の中でも特に大人しいので、事前にブリュンヒルデに了承を得た上で、即位式に参加させることにしたのだ。


「マリアのレッスンが、ついに日の目を見るぞ」


 マリアはくすくすと笑った。


「何でも、ブリュンヒルデ様は男性の王と同じように、軍服で戴冠式に臨まれるそうよ」

「女王だからドレスの方が華やかだが、決まりだからな。仕方ない」

「でもきっと軍服の方が、馬に乗る姿が様になるわね。ドレス姿はその内、婚姻の儀で見られるわ」


 首都の聖堂に着くと、歓談しながら貴族たちが待っていた。


 マリアは子を抱えながら用意された席へと急ぐ。


 ローヴァイン夫妻の隣には、ザックス伯爵夫妻が既に座っていた。


「おお、これはこれはテオ様、お久しぶりですな」


 当主のシモンが、顔をほころばせながら挨拶した。


「おお、シモン殿。競馬協会の会議以来だな」

「この赤子が、かの噂のマリウス君ですか」

「噂……?」

「そりゃそうです。テオ様が最後の最後に手に入れた至宝だと、専らの評判ですよ」


 マリアが割って入る。


「あら……最後とは限らないのではないですか?」

「ははは、頼もしい奥様だ。確かにそうとも限らんですな」

「こらこら、マリア……」


 その周辺に座る貴族たちが、次々吸い寄せられるようにマリウスに近寄って来る。


「テオ様、彼が噂のローヴァインの最終兵器ですね?」

「おお、これが伝説の老騎士のお宝ですか!」

「やはり人間、実直に生きるべきですな。最後の最後に最高のどんでん返しが待っていましたね!」

「だから最後とは限りませんってば……」


 マリウスはよだれを垂らしながら、大人たちの謎の騒ぎにきょろきょろと顔を動かしている。


 そうこうしている内に、遠くで親衛隊のラッパが鳴り響く。


 居住まいを正し聖堂の扉を注視すると、ふわりと扉が開かれ、女王ブリュンヒルデが入って来た。


 タイトなスカートの緑の軍服に身を包み、その頂に戴冠すべく、簡素にひっつめられた金糸の髪。


 緋色に彩られた唇はきりりと結ばれ、コツコツとブーツの音が鳴り響く。


 彼女は一直線に教皇の元へ歩くと、跪いて祝福を受ける。


 既に王族席に配置されているパウルは、恋人の戴冠を静かに見届けていた。


 痛々しくやせこけたトラヴィスは、娘の晴れ姿に目尻を拭っている。


 聖職者が次々王者の装備品を運び、ブリュンヒルデにあしらって行く。


 緋色のマントに王笏を持ち、最後に煌めく王冠を載せられ、彼女はごく自然に、十字架の前に用意された王座に就いた。


 


 その後、ローヴァイン家一行は聖堂周辺の沿道へと移動した。


 聖堂前の広場から、パレードが行われるからだ。


 騎馬隊が整然と並ぶ先頭に、白馬シュネーバルツァに横乗りしたブリュンヒルデが颯爽と登場した。沿道から歓声が上がり、彼女は軍隊を率いて王宮へと闊歩する。


 王冠やマントは既に聖堂内で脱いでおり、軍帽を被っての行進となる。マリアは乳母にマリウスを預けると、こらえ切れない涙をハンカチでごしごしと拭いた。


「勇ましいわ、ブリュンヒルデ様……とっても素敵」


 テオがマリアの肩を抱く。


「女が騎手を反対されていたなど、遠い出来事のように思うな」

「ふふふ、本当ですね」

「女が馬どころか、国まで動かす時代が来たんだ」

「何事も、変わる時はあっという間ですね」

「これからも、君は女王の良い相談相手になってやれ。色々また不安や事件もあるだろう」

「……はい!」


 と、背後から声が聞こえて来る。


「女王様、騎手のマリアさんにそっくりね」

「マリアさんはもう、レースに出場しないのかしら?出産したと聞くし」

「出産したらもう家庭に入るんじゃないかしら。男児だっていうし、教育にかなり力を入れるはずよ」

「勿体ないわね~」


 マリアが背中でそれを聞いて呆然と佇んでいると、テオが笑った。


「いつレースに復帰してもいいぞ、マリア」

「……本当ですか!?」

「何を遠慮することがある?短い人生、やりたいことを全部やっておかねばな」


 マリアは眼前で整列して過ぎ去って行く軍馬たちを見つめた。


「私のやりたいこと……」


 そして、息子に目を向けた。


「小さなマリウスに、母の背中を見せてあげたいわ」


 テオは呆れたように笑った。


「それ、普通は父親の台詞だぞ」

「何を白々しい。私の性格をよーくご存知のくせに。そうね……いつ復帰するのがいいかしら」

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― 新着の感想 ―
[一言] マリアが世界を変えたんですね( ˘ω˘ )
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