49.王女の報告
月日が経ち、マリアはいよいよ臨月に入った。
マリアは大きなお腹を抱えて、ローヴァインファームをゆっくりと歩いている。
周囲の人から、臨月に沢山動くとお産が軽く済むと散歩を勧められたのだ。何せマリアは初産が30歳。体力が落ちていると日々実感しているからこそ、お産に臨むべく、必死に散歩を繰り返していた。
牧場の片隅で、使用人たちがガーデンパーティーの準備をしている。
遠くから馬車の音が聞こえて来た。マリアはぱっと顔を明るくして、ファームの出入り口に歩いて行く。
豪奢な馬車から降りて来たのは、王女ブリュンヒルデとパウル。
のしのしとやって来たマリアを発見し、パウルが慌てて飛んで来た。
「ちょっとマリアさん!身重なのに何うろついてるんですか!」
「あら。臨月は運動した方がお産にいいのよ?」
王女がやって来た。
「こんにちは、マリアさん」
「お久しぶりです、ブリュンヒルデ様。パウルさんとの婚約、おめでとうございます」
「マリアさんこそ順調ね。出産が待ち遠しいわ」
「さあ、どうぞこちらへ」
牧場の片隅で、小さな宴が開かれる。
座るなり、ブリュンヒルデがこう告げた。
「即位式がこの夏に決まったので、報告に参りました」
マリアはほっと胸をなで下ろす。
「あら……婚姻の儀が先ではないのですね」
「ええ。父の病状がかなり悪く、とにかく存命の内に譲位したいからと。あと……」
「?」
「私を陥れようとした王子派を、早い内に女王の名において裁く必要があるからです」
マリアは感心しながら頷いた。
「つまり、女王が彼らに処罰を下した方がよりいいとの判断なのね?」
「ええ。父上が裁きを下せば、それは〝娘を守るために王子派を処罰した〟となります。ですが私が女王になってから裁きを下すことで〝女王が権限を行使し、権威を示した〟というアピールが出来るのです」
「ふふふ。女王が即位していきなり処罰がバンバン下るのは、現状逃げおおせたと思っている王子派も肝が冷えるでしょうね」
「処分は、そんなに一気に下しませんわ。徐々に、国政に障りがないよう、少しづつ」
「それも嫌ね。次は誰の番なのか、長い時間をかけてじわじわと詰められていくみたいで」
「そうね。でも、実は最近王子派の犯罪が公になって来たのは、王子の寝室係だったアンディの供述が大きいのですよ」
マリアはきょとんと目を見開いた。
「アンディが?供述?」
「ええ。ずっと彼は監視つきで屋敷に籠っていたのですが、ある時突如王宮に現れ、証拠がある、自分の罪と仲間や商会の罪を全て洗いざらいぶちまける、と、数々の証拠や証言を持って来たのです。何でも、屋敷にいるのも牢にいるのも一緒だと言い放ったとか。今は牢に入りながらも、きちんと供述してますよ。彼のおかげで、残らず逮捕出来そうです」
まさか、アンディが女王に感謝される日が来るとは。一体どういう風の吹き回しなのか理解しかねたが、彼が罪を認めようと決意したのは、何か彼の中で良い変化があったからに違いない、とマリアは思った。
「そうですか……誰しも永遠に同じ性質とは限りません。きっと、彼なりに反省するところがあったのでしょうね」
マリアがそう言うと、パウルはふんと鼻を鳴らした。
「あいつはそんなタマじゃないですよ。大方、二度目の婚約を破棄されて自暴自棄になったのでしょう。自分がこんなに不幸なのは許せないから、他の連中を巻き込もうと思ったんじゃないですかね」
マリアは思わず笑った。
「パウルさんたら、アンディの特性をよくご存知ね」
「彼は残念な思考回路の持主ですからね。常に自分を被害者と位置付けている。被害者が加害者の罪を暴いて当然と思ってますよ」
「だとしても、それはブリュンヒルデ様のためになることだから、いいじゃありませんか」
「マリアさんは考え方が前向きですね……」
三人は笑った。
「何はともあれ、状況はいい方に変化しているわ。マリアさん。あなたがたくさんの奇跡を起こしてくれたおかげよ」
マリアはじれるように身をすくめた。
「またまた……そうやって褒め殺すんですから」
「でも、事実ですよ。もっと自分の力をお認めになったらいいのに」
「私、自分の好きなことをとりあえずやっていただけです」
「それがいいんだわ。そのひたむきな、ともすると貪欲な姿が、きっとみんなの胸を揺さぶって、前向きにさせるのよ」
そう。不幸な出来事も幸福の前兆に過ぎない。雨上がりの地面には、晴れ間には見えなかった様々な種が芽吹くものだ。
……などと考えていると現実に引き戻すように胎児が腹を勢いよく蹴って来て、マリアはその足らしき部分を撫でさすった。
王女が尋ねる。
「そう言えば、今日はテオはいないのですか?」
「夫でしたら、本日は競馬協会の会議に参加しております」
「まあ、そうなのね」
「牧場主としての仕事が、溜まりに溜まっておりますので……」
「私のせいで、忙しくさせてごめんなさいね……その節は、本当にお世話になりました。テオがいたから、今回のことも解決が早くて良かったわ」
食事が次々と運ばれて来る。妊婦になってから余りパーティのようなものには出ていなかったので、マリアには久々のご馳走だ。
「とにかく、今日はマリアさんの安産と女王の世の安寧を願って……乾杯!」
三人はオレンジのフレッシュジュースを傾け合ってはしゃぐ。
太陽の下、これからそれぞれに訪れる新しい可能性に胸躍らせながら。
マリアは腹を撫でさする。今日は妙に腹が張り、胎児が騒がしい。知らない人の声に、敏感に反応しているのだろうか。
一方、テオは会議を終え、夕暮れる草原を馬車で駆け抜けていた。
早朝から出かけた疲れた体を引きずって、やっとのことでローヴァイン屋敷に到着する。
玄関脇に、王室の馬車が停まっている。
「ん?今日は王女様とパウルが遊びに来ると聞いていたが……まだ帰っていなかったのか」
と、玄関の扉が開き、ジャンが血相を変えて飛び出して来た。
「テオ様!」
「わっ、びっくりした……!」
「陣痛が始まっていますよ!あああ、間に合って良かったぁー!」
「な、何だと!?」
テオも血相を変えて屋敷に飛び込んだ。




