43.王子は用無し
一方その頃。
パトリック王子を匿ったアンディだったが、正直そろそろ彼を持て余し始めていた。
ブリュンヒルデの暗殺が未遂に終わり、そこに兵士を使ったことで王子派の兵士の洗い上げが行われた。そこで兵士から情報が洩れてはたまらないと、王子派の貴族や大臣が一気に手を引いたのだ。
加えて、トラヴィス王がブリュンヒルデへ譲位する準備を始めたという噂が流れ始め、もはや王子派は死に体であった。アンディも、いつ手を引こうかとそればかり考えていた。
王位の芽がなくなっては、彼に取り入っている意味はない。
もとより利用価値のみを目的に付き合っていたのだ。情も何もないし、今となってはパトリックという存在はただひたすらに邪魔だ。
だのにパトリックは父親への甘えからか、まだ自分には価値があると思い込んでいる。
下手をしたら、王子といえど幽閉生活。もっと下手を打てば、死刑だ。
これからはブリュンヒルデが王になる。彼女がどのように出て来るかは分からない。女こそ、強大な権力を手にした時の大ナタの振るい方は尋常ではない。普段女だと蔑まれていたからこそ、権力を手にすると反乱分子に容赦がないのだ。
そこでアンディは、もうこうなったらブリュンヒルデに取り入ろうかと考え始めたが、彼は恐ろしい話を耳にした。
マリアが王女の寝室係となり、既にテオと共に王宮に住まわされていると言うのだ。かつてこのような城に住まわされる腹心はいたが、彼らはその後政治に携わることが決定的な、歴史に名を遺すレベルの腹心ばかりであった。〝ブリュンヒルデを女王とし、ローヴァイン公爵家を腹心に据える〟というトラヴィス王からの明確なメッセージに、アンディは肝を冷やした。
もはや、自分は王宮に取り入る先を失くしたのだ。
そこでアンディは、次に豪商の娘レオナを利用することにした。パトリックと愛し合っていたし、金持ちだし、王子をどうにかしてくれるはずだ。
アンディはバーデン商会を訪ねた。今日もレオナとアグネス姉妹は浮世に舞うごとく贅沢に飽かしており、彼の目にはそれは別世界の出来事のように映った。
アンディを迎え入れるなり、どこかレオナの瞳がなまめかしく光る。
「あらアンディ。大変なところ、よく来たわね」
「ああ……ちょっと頼みがあってね」
「ふふふ。あなたの頼みなら──何でも言って頂戴」
「パトリックと、もう手を切りたいんだ」
アンディは覚悟を持ってそう言ったはずだった。
レオナの恋人の味方をしないと宣言したのだから。
すると、彼女は意外な事実を告げた。
「あら、言ってなかったかしら。実はもうあらゆるツテを頼って、パトリック王子の亡命先を決めてあるの」
アンディは目を輝かせ、ほっと息をついた。
そうだ、彼らは愛し合っているのだ。どうしても結婚したいならば、海外で結婚すればいい。資金も潤沢にあるし、王子とて悪くない生活を送れることだろう。
「それは助かる。じゃあレオナも王子と──」
「馬鹿言わないでよ」
ぴしゃりと話を遮られ、アンディは目を見開いた。
「私はもう、パトリックなんかいらないわ。王宮を敵に回した彼は海外に飛ばして、私はこの国に留まるの」
アンディは首を傾げる。
この女はあそこまで国を引っ掻き回して、一体何を言い出すのだろう。
「どうした?レオナ。王子を愛していると言っていたじゃないか」
「アンディったら、あの言葉を真に受けてたの?あれは父に言われて、彼を愛する演技を頑張っただけよ。アンディすら騙せていたなんて、我ながらいい演技をしたようね?」
アンディは青ざめる。
この女──
(俺と一緒だ)
「王宮に取り入れないと分かったから、もう演技をする必要はないわ」
レオナは平然と言ってのける。
「パトリックは、今日の夜にでもギルバート家を出てうちの商船に乗せられ、国外脱出するんじゃないかしら?」
アンディは震え、ある予感を抱く。
「おい、まさかお前、王子に、自分も後から行くとか何とか言ってあるんじゃないだろうな?」
レオナはきゃははと笑った。
「うそ、アンディったらどこで見ていたのかしら?もちろんそう言ったわ、さっさと亡命してもらうためにね」
アンディは戦慄した。
「パトリックはもう用無しよ。命を助けてあげただけ、感謝して貰わないとね。彼は亡命先で監視をつけられ、孤独に暮らすの。私がいつか来ると思いながら……」
さすがの言い分に、アンディは憤りを隠せなくなった。
「王子に取り入って贅沢を極め、国中を引っ掻き回して最後はそれか!?レオナ、貴様は稀代の悪女だな!」
レオナはふんと鼻を鳴らした。
「あら、何がいけないの?あなたも一緒でしょう」
アンディは開いた口が塞がらない。
「あなたと私、本当にそっくりよね。きっと気が合うわ」
彼女の言葉に、アンディは目を点にする。
「……は?」
「私、王妃になるのは諦めるわ。次は、公爵夫人を目指そうかしら」
アンディは蒼白になって首を横に振った。
「……馬鹿な!」
「ね、いいでしょう?商家は金持ちだけど、所詮平民だもの。私、地位が欲しいの。王位がだめなら、爵位で妥協する」
「ふざけるな!俺は代用か?ひとをモノみたいに──」
言い募りながら、アンディはふと思い当たって凍りつく。
〝なぜ笑わない!〟
〝子が出来ねば、お前は用無しなんだ〟
〝嫁なら、また若いのを貰えばいい〟
〝俺よりお前が目立つのは許さない〟
〝王がだめなら、王子に取り入ればいい〟
自分が誰かに投げかけた言葉に、怒涛の仕返しを食らう。
アンディはくらっとふらつき、近くの椅子に腰かけた。
彼は助けを求めるように、アグネスに視線を向ける。
アグネスは何も考えていない無垢な笑顔で、アンディに微笑みかけた。
「おいアグネス。君の姉はおかしいぞ。抗議してやったらどうなんだ」
アグネスは想像もつかないことを言われたようにきょとんとして、彼に言った。
「あら。お姉様がアンディと結婚したいなら、私、身を引くわ」
アンディは殴られたような衝撃を受けた。
「……何だと!?」
「だって、順番としては姉が先でしょ?」
「く、狂ってる……!」
「あら、別に狂ってやしないわ。うちでは、何でも姉が優先なのよ。世間一般でもそうでしょう?妹が先に結婚するわけにはいかないのよ、姉に恥をかかせるから。それに──爵位が欲しくて結婚するのも、愛が欲しくて結婚するのも同じことじゃない?」
「同じじゃ、ない……」
「あら。じゃああなたは、何が欲しくて私と結婚したいの?」
「……!」
アンディは頭を抱えた。
〝脚光を浴びている前妻と比較され、みじめな男だと思われたくない〟
〝金持ちの女と結婚して挽回したい〟
──自分を飾ってくれる、言いなりが欲しい。
そのような欲望を、誰かから暴力的にぶつけられたことなど、今までなかった。
今日初めてぶつけられ、アンディは怒りに頭が割れそうになる。
「だめだ……」
「アンディ?」
「ダメだダメだ!こんなところにいては!」
アンディは立ち上がった。
「やはり、もう家に帰る!」
「どうしたの?急に。まあいいわ、家に帰ってパトリックに最後の挨拶をしてあげなさいな」
「ぐっ……」
アンディはそのままバーデン商会の屋敷を出、自分の馬車に飛び乗った。
しかし。
ギルバートの屋敷に帰って来て、彼が見たものは──王宮から派兵された、捜索隊だった。




