14話 【 不穏な視線 】
まだ少し痛みがある右足を、何とか借りた杖を使い引きずりながら部屋を後にした。
部屋にいたときは普通の建物だと思っていたが、部屋を出て廊下を渡っているとガラガラと歯車が地面に転がる音と揺れがあることに気付く。
そして外に出てみると俺は目を見開いて驚いた。
「これは・・・」
「すごいでしょ? 私も最初は前世の記憶が溢れ出た時この光景が不思議だっていうのを認知したんだから驚くわよね」
俺の歩幅に合わせて隣で歩いていたディーバが風でなびく髪を押さえながら目の前の光景を眺める。
俺達がいた建物は外に出て見てれば木工建築で建てられた家だった。
しかし驚くのはその建てられている場所。
・・・いや、場所というか家の底に大きな歯車が設置されている。
そしてその歯車を動かしているのは見た事もない大きな2頭の亀だ。
恐らく25メートルのプールくらいある大きさだと思う。
「この亀はトワイスペアラントタートルって名前なの」
「とわ・・・なんだって?」
「長いからこの世界の人間もタートルって呼んでるわ。 もっと分かりやすく言うと透明な亀ね。 この亀はこれだけ大きいくせに人一倍弱虫な生物で自分が危害を加える生物が近くにいると無意識に触れているものすべて透明に変えてしまうの」
つまり、触れてしまう物すべてということは木も、岩も、そして山もその生物が暮らしているとすべて透明になるということだ。
だからこの辺りが何もない一面の草原に見えるのはその場にタートルが生息している証拠なのだという。
「じゃあ本来はこの辺りにも山や人が住む土地もあるの?」
「山はあるわよ。 でも人が暮らしている土地は存在しないわ」
ディーバは口を噛み締めると辛そうな表情で口を開いた。
「土地は存在しない・・ううん。 存在していた土地はあったというのが的確ね。 今、この世界の人類はこの建物で暮らしている人だけだと思うから」
「・・・え?」
俺は無意識に視線を後ろに立つ建物を見た。
この木造建築は大きさから言えば5階建てのマンションくらいの大きさだ。
廊下に見えた部屋は恐らく10室程度。
つまりこの建物にはやく50室の部屋があるということだ。
「これで・・全人類?」
————50室。
俺が住む現代ならかなりの数の部屋だと思う。
しかし、世界基準で見てこの50室の中で暮らす人がすべてだと言われると、急にこの世界の人類がどれだけ危ない状況なのか実感がわきだした。
「で、でも待って。 今、だと思うっていったよね? それって・・」
「まだ確証じゃないって事。 その理由としてはこの人が元々ここの住人ではないってことよ」
そう言ってディーバが指をさした相手は俺達の後ろにピッタリとついてきていた屈託の男だ。
「この人は2年くらい前に突然フラッと現れてね。 遠い西にあった土地から旅をしていたらしいの。 残念ながらその土地はもう彼以外は全滅したらしいけど・・・ね」
屈託の男はディーバが見ている事に気付き微笑んだが、俺が隣にいる事が気に食わないのか、俺の顔を見ると睨みつけてくる。
正直言って超怖い。
しかも絶対この人ディーバに気があるよ。
絶対そうだよ!
俺は男が日本語を理解していないと理解していたが思わず小さい声でディーバに声をかける。
「な、なぁ。 俺ってあんまりいたら悪いんじゃね? 大人しく部屋にいた方がいいと思うのだが・・」
「? どうして?」
「いや、どうしてと言われましても・・」
もう一度屈託の男を見る。
男は額に筋を出すくらい力を込めて腕を組み俺を睨んでいた。
一体全体どうしろっていうんだよ!
「正直ね。 今彼が私達の会話が理解してないから言うけど、私この人が少し苦手なの」
「え?」
「たまにその・・・彼から変な視線を感じるというか。 何処かで感じた気持ち悪さがあるというか?」
「・・・」
「だから君が傍にいてくれたら少し気が楽なのよ。 ・・まぁ今から私の能力について実際に見てもらおうのが本命だけどね! だからお願い! もう少しで付き合ってよ!」
ディーバは小さくウインクをして苦笑いで頼み、俺はそれ以上何も聞かずに了承した。
「ありがとう。 ・・それじゃあ早く目的の場所に行きましょうか!」
ディーバは気を取り直すように笑顔の表情を作り先導して歩いていく。
俺はその後ろについていこうとした時、目を見開いた。
見てはいけないものを見たような気がした。
ディーバが振り向いて先導した途端、屈託の男の表情が一変した。
さっきまでディーバにあれほど優しい微笑を浮かべていた男が急に気持ちの悪い笑みを浮かべていたのだ。
まるで、ディーバが見えていない所で違う見方をしているかのように。
恐らくこれがディーバが言っていた彼を苦手とする視線なのだとこの時、理解した。