10話 【 聞きなれた言葉 】
「ぶえっくしゅん!!」
昼間の暖かさは何処へ行ったのか、Tシャツの上に上着を着ているだけでは冷える気温だ。
空を眺める。
そこには昼間のような青い空は暗くなり、無数の星空が地上を照らして、そしてその真ん中には月と並び円状に青く光る球体が浮いていた。
あれが夜の間のダンジョンだ。
昼間は空と同色と思える青色をしているが、夜になると円状にだけ青く光りそこに球体が浮いている事が視認できる。
時間は少し遡るが、俺は昼間に命を狙われた。
一面に広がる草原に立てられた無数の人の石造の場所にいると、石造の影から正真正銘、普通の人間の影の少女の姿が見えた。
俺はようやく手に入れた手掛かりを手放したくなくて必死で追いかけていたのだが、気が付けば俺に剣や弓といった武器を構えて石造の影から人間が姿を現した。
もちろん逃げることを第一に考えたが、武器を構えられた時には周りを囲まれて、とても逃げられる隙を見つける事が出来なかった。
ギシギシと俺に向けられた弓がきしむ音が身近に聞こえる。
俺はこの時、人生で初めて死というものを実感した。
武器を構えた人達が何か俺に聞かれないように声をかけている。
そんな状況がしばらく続くと俺は突然1人の屈託な筋肉をした男に両手両足を縄で縛られ、そして口と目を布で巻かれて担ぎ上げられた。
そうしてしばらく担がれていると、俺は檻のような場所に入れられていた。
————そして、今に当たる。
太陽はとっくに沈み夜になっていた。
「なんでこんな事になったのか・・・」
幸い、檻に入れられた時に両手両足も開放されたが、こんな鉄の檻に入れられてはどうする事もできない。
そして更なる難関が俺を襲っていた。
ガサガサと草を踏む足音が俺に近づいてくるのが聞こえる。
足音が聞こえる方向に視線を向けるとそこには俺をここまで連れて来ていた屈託の筋肉をした男と、最初に見つけた頭にハンカチを巻いた少女が立っていた。
屈託の男は松明を持って辺りを照らして少女と何かを話している。
そして、これが今の俺の難関だ。
俺はこの2人が何を話しているのか理解できないのだ。
他にも、昼間にいた人達の言葉もまったく理解できない。
それが彼ら彼女らが外国人だからではない。 これは知識が乏しい俺でも分かる。
彼ら彼女らが話している言葉は確実に俺の世界に存在する言語ではないのだ。
しばらく屈託の男と少女が何かを話していると中年の男が慌てる様子で2人に怒鳴りながら走ってきた。
中年の男は気を取り乱しながら2人に怒鳴り上げ、少女はそれを説得しているよう見える。
屈託の男は少女を護るように中年の男性を睨むが、それでも中年の男性が落ち着く様子はない。
檻の中で言語が全く理解できず、ただ見ているだけしかできない俺に中年の男性は興奮しながら俺を睨み腰に巻いていた袋から何かを取り出して投げつけてきた。
「・・・~~~ッ!? ガァァアアアア!!??」
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
俺は中年の男性が何かを投げつけた瞬間、咄嗟に後ろに身を避けたがギリギリ右足に当たった。
・・・いや、刺さった。
中年の男性が俺に投げつけてきたものはナイフだ。
果物ナイフほどの大きさではあるが、投げつけられたナイフは俺の足に深く刺さり抜けなくなった。
「グゥ!? あ・・あぁ・・!?」
痛い・・いや、熱い!
まるで火を直接皮膚を焼き付けているような感覚が襲いかかる。
涙が溢れ出て鼻水も止まらない。
俺は体を震わせながらナイフが刺さった右足を押さえ、年端もなく悲鳴を上げながら必死に痛みを抑える。
そんな様子を中年の男性は俺を見て大声で笑っていた。
まるで俺がこんな目に会うことを喜ぶように。
「—————!? —————!!」
「!! —————?! ギャ!!」
ドンッ!!
屈託の男と中年の男が怒鳴り合いながら何かを言っていると、何かが地面に叩きつけられる音が聞こえた。
目を閉じて痛みを絶えていた俺は薄目で音が聞こえた方に視線を向けると、中年の男性が白目を向いて地面に倒れていた。
そのすぐ近くには屈託の男が中年の男を見下ろしている。
どうやら屈託の男が中年の男を殴ったらしい。
「————。 ————?」
「————。」
屈託の男が少女に何かを言うと、少女は頷いて檻の扉に近づいて何かを始めた。
すると、数秒もしない内にガチャンッと鍵が開く音が聞こえた。
少女は檻の扉を開けて駆け足で倒れこんだ俺に近づく。
その時の俺はすでに意識が朦朧としていた。
足の感覚はすでになく、流れ出る血の暖かさだけが分かる。
「———! ———!?」
少女が何か俺に話しかけている。
この時には言語ではなく、単純に声がまともに聞こえない状態になっていた。
さらに薄れていく意識の中、一瞬だけ少女の声が聞こえた。
「お願い! 死なないで!!」
その言葉は俺のよく知る日本語のように聞こえた。