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聖人になりたい

 出入り口のところで待たせていたポチは、俺に気が付くと尻尾を振った。


 クゥン?


 そして隣に座った俺をみて不思議そうになき、そっと俺の膝に頭をのせた。ごそごそした手触りで、今日森に行ってから川によれていないので血もついていて、とても心地よいとは言えない。

 だが、たとえポチでも、俺にも寄り添ってくるものがいるのだと言うのは、いらいらを解消してくれた。

 駄目だ。俺は、聖人になるんだ。私はこんな風に、他人を羨んで、あまつさえ、それを破壊したいなんて思ってはいけない。

 私はすでに、恵まれているのだ。疲れず眠らず食べず、無敵の体を手に入れ、ポチと言う足すらいるのだ。これ以上、自分のものを望んでは罰が当たるというものだ。

 だから私は聖人になり、人々に分け与え、そして、人に尊敬されるような、誰かに言葉を覚えてもらえるような、未来の人にすら知られるような、そんな立派な人間になりたいのだ。


 ああ、間違いない。今の私はまだほど遠いが、それでもやっぱり、聖人になりたいと思うのは間違いなく私の意志だ。


 そのままそこで夜を越そうとしたが、タンがやってきた。ポチと過ごすことを告げると、大きな布を掛布団として持ってきてくれ、朝に食事を用意するので来るようにと言われた。。

 その優しさに、自分がみじめに感じられて、腹がたちそうになった。そんな自分が、ますます情けない。

 まだまだ、聖人への道はこれからだ。マイナスからのスタートなのだから当たり前だ。焦るな。そう自分に言い聞かせながら、ポチを抱きよせた。


 そうして夜が明けて、人が起きだした頃にポチに朝食を狩りに行かせていると、タンが朝食に呼びに来てくれた。

 ポチの分はそのまま生肉でいいとして、自分もそれで、と言う設定にしてはおかしいだろうから、ありがたくいただくことにする。

 食べなくても平気でも、美味しいものを食べて嫌な気はしない。


 朝食の席には母親はいなかった。また嫌な気持ちをもたずにすんで、その場しのぎに過ぎないとわかっているがほっとした。

 そして二人が言うには、思った以上に量が多かったし、あっさりとってきたのもあり、今日も行ってとってきてくれるなら、他のみんなにも分けて人手や材料をわけてもらえるので、ポチにつけられる台車のようなものをつくってくれるらしい。


 それはとても助かる。ポチを狩りに行かせている間は自分がひいてもいいし、荷物を手に持つ億劫さが解消され、かつ大荷物でも疑問に思われないようになる。

 喜んで取りに行くことにする。ポンも行く気なので、せっかくなので籠を二つ用意してもらった。帰りはポンだけポチにのせ、ポンに籠を支えてもらってゆっくり行けば、一人一つずつ持てるだろう。朝から行くなら時間も十分だ。


「ポチ、おはようございます。今日もリンゴを取りに行きますよ」

 フスー

「ん?」


 出入り口に行き、帰ってきていたポチに声をかけると、ポチは不機嫌そうに鼻息をはいた。何やら生意気な態度だ。


「ポチ、何ですか、その態度は」

 ……フッ


 ポチはまた息を吐きながら、やれやれとでも言いたげにゆっくり起き上がった。なんて態度だ。全く。しかし、犬相手に腹を立てても仕方がない。

 いったん籠を前に抱き、後ろにポンをのせて昨日と同じように森へ行く。


「!」


 リンゴの樹のある辺りまでは順調だったが、しかし問題のリンゴの樹が見えてきたところでポチは足をとめた。リンゴの樹のところで、ちょうど熊がいたのだ。正確には熊と言うには少し違うような生き物に見えたが、熊でいいだろう。


「せ、セージィさん。熊が」

「ここでポチと待っていなさい」


 やはり熊のようだ。とりあえずポチにポンを任せ、熊に近寄る。二匹の熊がリンゴをとろうと、木に登りかけてガリガリしていたが、私に気が付いて地面に足をついて四足になってぐるぐると唸り始めた。

 ポチの餌にするならともかく、今は狩っても売るまで時間もあいて鮮度が落ちる。獣と言えど、無駄に命を散らしてはいけないだろう。追い払うだけにしておこう。


 グルゥッ


 襲い掛かってきた大きい方の熊の鼻先を掴んで、軽く左へ払う。ついですぐにきた熊も同じようにして右に払う。


 グゥ……


 熊は唸ってから逃げ去った。動物は鼻先が弱点、と何かで読んだのでそうしたが、これで合っていたのだろうか。無傷で逃げたのだから、成功だとは思うが。ついでに上の方にいた鳥も追い払っておく。


「さぁ、もういいですよ」

「せ、セージィさん強い! すごい! わー! すごい!!」

「あ、ああ。まぁ、ポチが私に従っているのも、私が負かしたからなので、当然と言えば、当然のことなのですが」

「そうだったんですか! 強いんですね!」


 何故、そんなに嬉しそうなのか。なんだ、その目は。まん丸で、そんなわけないのに、きらきらして見える。そんな目を、向けられたことがない。どう返事をすればいいのかわからない。


「そ、そう、ですね。早く、リンゴをとりましょう」

「はい!」

「ポチは周りを警戒しておくように」

 ワンッ


 わからないから、そっけない返事をしてしまった。褒められたのも、別に、私の体が強くなったのはそれが事実で、誇れるようなものでもない。ただ恵まれただけだ。だけど、どうしてこうも、嬉しいのか。

 ああ、そうだ。嬉しかったのだ。だから、笑顔でお礼でも言えばよかったんじゃないか? もっと、自然に笑えるようにならないと。これが当たり前になるようにしないと。


 リンゴをとり、途中休憩として、昼食にリンゴも食べた。また私の強さに気が大きくなったのか、もっと森を探索してみたいと言われた。すでに籠もいっぱいになっているので、帰りがてらの寄り道ならいいだろう、と息と違う方角から戻った。

 途中の川では魚もとって、見かけたキノコなんかもポンは嬉しそうにとり、重いはずの籠にさらにのせていた。


 何がそんなに嬉しいのか。わからないが、何故か悪い気はしなかった。


 そうしてたっぷり森をまわって村へもどる。追加でとった物も渡してから、出来上がったと言う荷車を見せてもらった。木製で、しっかりした新品のようで、裏面の切り口がやや真新しい。手の当たるところはしっかりとやすり掛けされているのか、手触りもいい。

 目利きができるわけではないが、これは、思った以上にいいものだ。これだけでもこの村に来たかいがあると言うものだ。


「立派なものを、ありがとうございます」

「いや、こっちこそ、ありがとう。肉もそうだが、君のお陰で、ポンも久しぶりによく笑っているよ。この村に来てくれて、ありがとう」


 ……


「いえ、どういたしまして」


 この胸に芽生えた感情を、なにとしよう。感謝された喜びや誇らしさと言うものが、なくはない。感謝されることなんて滅多になかった。だけど、それ以上に、苦しい。胸が締め付けられるようだ。

 こんな風に、当たり前に子供を思いやれる。そんな人間がいて、ポンは当然に愛されているのだ。それがこの世界に普通にいる。いや、今まで身近でなかっただけで、前の世界にだっていたのだろう。

 頭ではわかっている。だけど、目の前にして見せつけられて、苦しい。どうして、俺の親はこうではなかったのか。


 この日、夕食も断り、村をでた。あの村で、これ以上笑顔でいるのは難しかった。


 クゥ

「……ポチ、次の村は、どんなところでしょうね」


 ポチに笑顔で声をかけてみたが、ポチは情けないような声のままだ。動物に、作り笑顔は通じないのだ。当たり前のことに、私は笑顔を消した。


「……」


 黙った私に、ポチは体を擦りつけながら歩いた。



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