いらいらする
そうしてしばらく走らせると、すぐに森についた。危なくなっても嫌なので、そこからも乗ったまま進む。平地よりぐんと速度は遅くなるし、本当は私が走ったほうが早いし、何より邪魔な枝もなぎ倒せるのでその方がポンにとっても安全なのだが、ポチでも十分帰る時間もあるし、ちょうどいい話時間としよう。
「ポン、このくらいの速度なら話せるでしょう。少し話を聞いてもいいですか?」
「う。うん。大丈夫だよ!」
「私はここから遠くから来たので、この辺りの物価がよくわかりません。詳しく教えてもらえますか?」
「ぶっかって何?」
「物の値段ですね。例えばリンゴは、普段なら一ついくらくらいなのですか?」
「んっと、僕らのところだと、村長だけがお金を使うから、僕らはつかったことがないんだけど、いつももっと作物がとれて、たくさん売れた時は、セージィさんが持ってきたものはもうちょっと高く買い取れてたはずだよ」
「なるほど」
何一つ参考にならない。しかし、始めてしまったものは仕方ない。他にも聞いて行こう。
「じゃあ、お金の単位について聞きたいんですけど。例えば渡された硬貨の名前とか。お金を見たことがないならわかりませんかね」
「えっと、一応、村長が子供たちに色んな見せて教えてくれることがあるんですけど、えっと。20リブラですよね。えっと、せんラで1リブラなのは覚えてます。えっとだから」
「落ち着いてください。お金の単位は二つあって、1ラ、10ラと数えていって、1000ラだとリブラと同じ価値ってことなんですね」
「そ、そうです。せん、がどのくらいなのかわかりませんけど」
「1ラの硬貨はどういうものですか?」
「えっと、10ラの銭貨って言うのが一番小さいです」
話をまとめると、硬貨の種類は6種類。銭貨10ラ、銅貨100ラ、四文銀貨1000ラ=1リブラ、
銀貨10リブラ、四文金貨100リブラ、金貨10000リブラと言う形のようだ。
村の外に出る可能性などもあるので、小さい子供が村長宅に集まって数度教えを請う際に、そう言ったことも教えてもらえるらしい。
ただ村長の家にも金貨はなかったと言うことなので、かなりの高額であるようだ。四文金貨もめったに見ないと言うことで、普段のやり取りは銀貨までのようだ。そして今回もらったのは20枚の四文銀貨と言うことだ。
それを考えると、普段より安いのは本人も言っていたが、そこまで法外に安いわけでもなさそうだ。いっても半額程度かもしれない。穿ちすぎだ。私の性格が悪いからだ。
恥ずかしい。恥ずかしすぎるだろう! なにが、安すぎるだ。お金がないと前置きしているなら、許容範囲だろう。あの村長は、悪質なほどには足元をみていないではないか。
もっと、善心を信じなければならない。馬鹿みたいに、騙されたとしてもいいから、いいことしか考えつかないようになりたい。騙されてから後悔するとしても、人を勘違いで疑うよりずっといいのに。
「あの、セージィさん?」
「い、いえ。なんでもありません。ええっと、それでは、他に、普段どう言う生活をしているのか、教えてもらってもいいですか?」
「え、難しいな。えっと」
そうして思いつくまま話してもらい、時々気になったことを教えてもらっているうちに、目的のリンゴの木が群生しているエリアについた。
「うわぁ、リンゴがこんなにあるところがあったんですね!」
リンゴは群生しているイメージだったし、むしろ人の手のつかないところにこんなに多く、しかもそれなりの甘さのある原種があることには意外だったが、この世界ではそうなのだろうと納得するしかない。
実際にポンは疑問もなく喜んでいるのだから、この世界では当たり前なのだろう。いくら他国から来たもの知らずの設定とは言え、どこまで聞いていいのか、踏み込みにくいところがある。少しずつ聞いていけばいいだろう。
「さあ、早くとってしまいましょう」
「はい!」
と言っても、背の低いポンではとれるのは限られている。さっさと上に登り、そこからとっていく。すぐに籠がいっぱいになり、もう一つ籠があった方がよかったか、とも思ったが、すでにポンが背負えないほどの重量だ。代わりに私がかごを持っているのだから、もう一つ同じ重さがあってももちろん平気だが、怪力過ぎると思われてもなんだ。腐らせても仕方ないのだから、十分だろう。
目を輝かせるポンと、さらに一つずつリンゴをとって食べ、休憩を挟んでから戻ることにした。
途中でついでにウサギを五匹捕まえたので、それも適当な蔦でくくりつけて持ち帰った。
「おお! すごい大量だね!」
「僕も手伝ったんだよ!」
「ああ、わかってる。よく頑張ったな。セージィもありがとう。籠はつくらせてもらうが、とにかく今夜はうちでゆっくりしてくれ。疲れてるのに、本当にありがとうな」
「いえ……どういたしまして」
満面の笑顔のポンの頭を撫でながら、タンはそう私に感謝と労りの言葉をかけた。その瞳には嘘偽わりのない思いやりが見てとれて、何故かとっさに返事に詰まった。
おまけのウサギを渡すとタンは喜んで、夜の追加分だと行って村長のところへ持っていった。それこそ、母親に食べさせて栄養をつけさせればいいのに、と思わないでもないが、それだとこの家だけが優遇されすぎて確執になるのかも知れない。リンゴしか食べれないほどの体調かもしれないし、よそ者はあまり口を挟まないほうがいいだろう。
そして日が沈みかける頃、炊き出しのような形で大鍋がふるまわれた。ポンと一緒に食べたが、少し薄味だが、素材の味と言う感じで普通に美味しいと言える。
ポチにもわけてやると、非常に喜んで尻尾を振っている。人間の食べ物でも大丈夫なのか、と、ちらと思ったが、まぁ普通の犬ではないようだし、大丈夫だろう。
ポンと家に戻ると、母親らしき人間が起きて細かく切られたリンゴを食べているところだった。タンはそれを抱きしめるように肩に腕を回して支えていた。
「あぁ、おかえりなさい、ポン」
「お母さん! 起きてたんだね。そのリンゴ、僕がとってきたんだよ!」
ポンは滑り込むようにして母親の隣に座ってそう声をあげる。至近距離ではうるさいくらいだろうに、母親は笑顔のままだ。
「えぇ、聞いてるわ。美味しいわぁ。ありがとうね、ポン」
「えへへ」
「セージィさんも、ありがとう。何もできないけれど、ゆっくりしていってね」
「……はい」
見るからに、体調は悪そうだ。顔はこけていて、室内の明かりは部屋の隅の焚火しかないので陰影がついて、よけい、不気味にすら見える。
なのに、ポンに向けるその顔は、優しさや慈しみのような、暖かさしか感じられない表情をしていた。
「……」
その光景を見て私が思ったのは、もう、勘違いのしようがないくらい明確に、怒りだった。何故、こんなものを見せられているんだ。
わかっていたはずだった。家族のためにと村長に口出ししてまでリンゴを欲して、森に行く子供を心配して、家族の仲がいいなんてわかりきったことだった。
だけどこんな当たり前に仲のいい家族なんて、学校をやめてからもう何年も見かけることすらなかった。道端ですれ違うくらいなら無視できた。
だからこうして、目の前で見せつけられるなんて久しぶりすぎて忘れていた。
自分がこれを、どれだけ欲していて、持っている人間がどれだけ憎くて、自分に与えられないくらいなら壊してしまいたいと思うようなクズであることを。
腹が立つ。こんな光景を見せるポンたちが、うざくてどうしようもない。そして同時に、自分が嫌になる。
こいつらは、何もしていないのに。ただ当然と信じていることをしているだけなのに。俺はそれを見ただけで、ポンを殴りたくなった。
こんなので、聖人になれるはずがない。生まれ変わりたいとどんなに願っていても、俺の感情は、クズのままだ。これではどんなに表面を取り繕っても駄目だ。心から、この家族を祝福して、ずっと続くように願えないと駄目だ。
「お父さん、セージィさんへの籠、どんなのつくるの? 僕も手伝うよ!」
「ああ、俺も少し考えているんだが」
そう思うのに、笑顔で寄り添って話す姿を見ていると、いらいらした気持ちになるのはとめられない。俺は断ってポチの元へ行くことにした。