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リンゴ

 今回の商品は、村が見えたのでポチに狩りにいかせたそこそこ食いでのある中型の獣3匹と、夜中に暇つぶしにポチの水分補給もかねてとってきた果物の山だ。

 最初の村では一銭も払わなくていいからこそ、反応だけは素直に喜んでいて珍しいと言っていたので、そこそこの金額になるはずだ。それを20とは。物価はわからないので単純に数字だけ見ての印象だが、安すぎるだろう。


 優しそうな顔をして、こちらが子供だと思ってふんだくろうと言うのだろう。が、特に苦労して集めたわけでもなく、実際に相場もわからない。万が一合っている可能性もある。それに余所に売りに行くには腐る。そもそもそれほど必死にお金が必要でもない。とこれだけ理由もあるので、構わないか、と言うのが素直な気持ちだ。

 私も少し、寛大な心が身についてきたのかもしれない。いい傾向だ。


「ええ、それで構いませ」

「すみません! あの! そのリンゴ! 僕に売ってくれませんか!」


 突然横から大声をかけられて、いらっとすると同時に、名詞も翻訳されているのか、と感心した。確かにこれは、比較的リンゴに近い。丸型で、表面は赤っぽく、中は白い。心の中ではリンゴとしてカウントしていたが、現地民の翻訳語でもリンゴと聞こえるのは収穫だな。

 割り込んできたのは子供だ。遠巻きに周りから見ている村民たちの中で特に変わることない、ごく普通の少年だ。村長は厳しい顔を子供に向ける。


「これ、ポン! でしゃばるな! リンゴが欲しいなら、おぬしの割振り分はリンゴにしてやるから、黙っておれ」

「平等に割り振ってくださる村長は、ただしいと思います。でも、母さんはもう長くないんです。せめて死ぬまで、毎日リンゴをあげたいんです」

「気持ちはわかるが、だからこそ、平等にするんじゃ」

「わかってます。だから、母さんの分は僕が買いたいんです!」


 この会話をそのまま受け取るなら、村長が買い取り、村民に平等に分けているらしい。いい人か。疑って申し訳ない。いや、村民に対して善き人物だから、旅人から巻き上げないとは限らない。って、こういう発想がだから駄目なのだ。

 どちらだとして、構わないはずだ。ならば下世話な思考をする必要もないのだ。


 状況は理解した。なら、私がすることは一つだろう。


「わかりました。リンゴはポン太さんに売ってあげます」

「ほんとですか!?」

「お、おい、それではわしの立場と言うものが」

「もちろん、一度売る、と言ったのです。今ある分は全てあなたに売らせていただきます。その後で、別に彼に頼まれた。そういう形なら、問題ないのではないでしょうか」

「……すぐ、取りに行けるということかの」

「はい。私には、森の奥まで入れるパートナーがいますから」

「ふむ。あの犬か。まぁ、そういう事ならよかろう」


 一度は顔をしかめた村長だったが、私のナイスなフォローにより納得してくれた。そしてひとまずポン太を置いて、村長とやり取りをした。20リブラとやらは、濁った灰色のような硬貨20枚だ。


 久しぶりの肉なので、今日は全員で大鍋をつくっての食事になるので、夜になったらポン太と一緒にくるよう勧められた。村長の家を出ると、ポン太が今か今かと待っていた。ポン太に連れられ、ポン太の家に向かう。先ほどの広場では売った獲物の解体がされている。村長が代表して、と言ったのは方便ではなく、村全体で共有している状況のようだ。

 そうなると、偉そうに自分が買う! と言ったポン太だが、お金を持っているのか。


「お父さんただいま!」

「おーぅ、なんだった、騒ぎは。犬でも入ってきたか?」


 端の方の家でぼろいが、他の家もこんなものだ。ポン太は家の横の畑部分に声をかけた。父親のようだ。男は農具で草を刈っているようだ。作業の手をとめないままポン太に答えた。


「ううん! お客さん」

「お、商人かー……ん? その子は? 商人の子供さんかな?」

「どうも、初めまして」


 話をしたところ、ポン太じゃなくてポンだった。まぁそれはいい。自己紹介をせまられたので、今更名前を考えていなかったことに気づいた。

 元の名前は、井上星。「星」と書いて「スター」と読む。スターだ。散々いじられていて嫌いな名前だ。学校以外では書類に書くこともないので、「ほし」と名乗っていたが、それも別に思い入れがあるわけでもない。

 ここは普通の名前を名乗るべきだろう。聖人なのだから、それらしいもの、と思ったが何も思いつかないしこの世界の名前もわからない。なので


「名乗るほどでもありません。私のことは聖人とお呼びください」

「セージィか。まだ子供なのに、一人で旅をしているとは大変だね」

「あ、はい」


 と言うことにしておいた。

 それはともかく、リンゴを買いたい、と言うのは確かにポンの独断だったのだけど、母親の具合がよくないので、滅多に手に入らないが好物だと言うリンゴをせめてたくさんあげたいと言うのは総意であるようで、現金はないけれどできることならするからとってきてほしいとのことだった。

 父親はタン、母親はデーチェ。今も別室で布団の上のようで、そちらは遠慮してほしいとのことだった。そんな大病人に関わりたくないので、こちらとしても望むところだ。


 求められているリンゴの採取地はこの村から近いと言う訳ではない。パッと見た感じ2キロほど離れたところの森にはいって、そこからポチの駆け足で数十分というところだろう。おそらく普通の人間ならただの看病で取りに行くにはハードルが高いのだろう。

 しかし私の感覚ではそれほど離れていない。ポチがいるのですぐですから構いませんよ。と言う風に言っておいた。


「あ、あの僕も一緒に行ってもいいですか?」

「お、おいポン、何を言ってるんだ。危ないだろう。セージィのことはその大きい犬とかが守ってくれるとして、お前まで守ってもらえるかわからないだろう」

「で、でも、僕も何か、お母さんの役にたちたいんだもん」


 面倒だが、やる気はかうか。折角友好的なのだから、ここらで情報収集もしておきたいし、一肌脱いでやろう。

 私は唇を尖らせて父親に反抗する息子に、にっこりと微笑みかける。


「私としては構いませんよ。ポチの背中にのっておとなしくしてもらえれば、何かあっても逃げるくらいはできますしね」

「ほんとですか! ありがとうございます!」

「……」


 笑顔になったポンとは対照的に、親は渋い顔だ。まあわからなくもない。そもそもリンゴ程度で人に頼み、父親自身でとってこないと言うことは、成人男性一人でも森に入るのは危ないと言うことだ。なら


「心配なら、私の連れを見に来ますか? 森の獣に負けない程度に強いですよ」

「……まぁ、ここまで一人で来たんだ。なら、その犬の実力は疑わんが。本当に、任せていいのか? まだ報酬の話だって決まっていないのに」

「そうですね。一応ほしいものはあります。衣服と、籠ですね。できればポチに荷物を持たせられるような大きなものがいいです」

「ふむ……まぁ、一度その犬を見てからだな」


 と言うことで、さっそくリンゴをとりに行くために籠を背負ったポンと父親、タンと一緒に出入り口へ向かう。


 ゥオン

「うわっ、で、でけぇ」


 私に反応して起き上がり、小さくないたポチに、父親は腰が引けているが、息子は目を輝かせている。いい反応だ。と言うかビビってたら、連れて行くなんてできないので当然だが。


「こ、これは確かに、強くて速そうだ。だが、乗るとなると、紐くらいはあった方がいいなつけていいか?」

「はい。ではポチ、大人しくするんですよ」

 クゥン


 繋いでいた紐をとって渡すと、タンはビビりながらも、その動作は迷いなく、ポチが苦しくないように、かつ確実に巻いて持ち手になるようにしてくれた。なかなかよさそうだ。ポチにまたがり、後ろにポンをのせて出発した。


「うわっ、は、はやっ」

「しっかりつかまって、口をとじていなさい。舌をかみますよ」

「ん、うん!」


 ぎゅうっと遠慮なく抱き着かれた。同じくらいの体格なので、半ば包まれているようだ。その人間の熱に、今、人と関わっているのだなと今更実感してきた。


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