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幸せになりたい

 リョンと結婚する。そうなれば、本当に一生傍にいてくれて、甘やかしてくれるのだろう。それは幸せだ。それに、女性としても愛してくれると言うなら、それはそれで、正直ありだ。

 だがそれは、私だけが得をする話だ。もちろんリョンが好いてくれているのを嘘とは思わない。だが、じゃあそれだけでいいのだろうか。


 だって私だぞ? リョンを幸せにできるのか? リョンに幸せにするとか言われてる立場だぞ。

 リョンには誰もがうらやむほどの幸せを手にしてほしい。それは間違いなく本音だ。その為なら私が離れていいと思うほど、本気だ。


 リョンの幸せは、本人の望みもさっきも言った通りだろう。愛する人と結婚して家庭をつくる。それが、私にできるだろうか。

 お金は問題ない。幸いにも正式に貴族となっての領主は、貴族年金もあるし、税収も安定している。衣食住は問題ない。

 だが家庭を作ると言うのは、生活できればいいわけではない。一番重要なのは、やはり、子供ではないだろうか。身体上の問題でできないなどは別として、普通は愛する人と家庭をつくるとなると子供も想像するだろう。ならリョンもそれを望んでいるだろう。


 私に、子供? 私自身がリョンをお母さんと呼んでいるのに? 私が父親?

 それにそんな問題はおいておいても、父親として立派な存在になれるか、そもそも、私は父親がどういうものなのか、全然わからない。私の実の父親との会話なんて、一方的に罵詈雑言と肉体言語を与えられただけだ。

 私が親になって、同じ過ちを犯さない保証がどこにある? いや、父親は言っても刑務所にもはいっていないのだ。ならそれ以下の私が、子供を虐待しないなんてあり得るのだろうか。

 したいわけがない。血のつながらない子供にだって、暴力を振るったことはない。前世でも小さい子供にだけは、むしろ奇妙に恐ろしく避けていたほどだ。だけど本当に血のつながった子供を教育するとなると、話が変わらないとも言い切れない。

 そんな可能性をもつ私が、子供をもつ父親になるなんて、許されることではない。


「……私は、結婚しません。父親になる資格がありませんから」


 じっくりと考えをまとめる私を待ってくれていたリョンに、抱きしめられたまま向かい合い、目を見て慎重にそう答えた。リョンはすぐにそれに返事をする。


「父親になる資格と言うのは、具体的に何ですか?」

「父親の存在がわかりません。どういった振る舞いをするのか。私の親と同じように、暴力で虐待するかもしれません」


 リョンは一瞬だけ目をそらして、だけどまたすぐに口を開く。


「だったら簡単です。父親にならなければいいんです」

「それは、でも、リョンには子供のいる家庭を築いてほしいですから」

「私とお師匠様に子供が生まれても、父親にならなければいいじゃないですか」

「? ………??? え?」


 いや、意味が分からない。どういうことだ? よく考えてもわからない。結婚してその間に子供が生まれても父親にならなければいい?


「お師匠様は、少なくとも私たち姉弟にとって、師でありながら保護者として十二分にしてくださいました。なら、無理にどうすればいいかわからない父親をする必要はありません。子供に対しても、師匠になってください」

「え……? そ、そんなこと、あります?」

「ありじゃないですか。だってほら、貴族だと親子と言うより後継者として厳しくするって聞きますし」

「う、うーん?」


 そう言われたら、父ではなく当主としての距離、みたいな話も聞いたことがあるような。


 そもそもの話をしよう。私は頭がよくない。刑務所で勉強をしなおすまでは、分数だってわからなかった。それから学びなおしたところで、知識が多少増えただけで、頭の回転が速くなるわけではなかった。

 それに対して、リョンは頭がいい。昔からよかったが、ドゥーチェが来てから教えてもらう以上のことを学ぼうと貪欲に接していたのもあるだろう。仕事でもとても頼りになる。

 そんなリョンに、そうだ、と断定されると、なるほど。と納得してしまうのがすでに私の頭の中ではルーティーンなのだ。それがこんな風に、何を言ってもずばりと反論されてしまうと、説得されないわけがない。


「と言うわけで、私が納得したから正しいとも思えません」

「……あの、そんな堂々と言われましても。じゃあどうするんですか? 私とずっと親子でいますか? 私はそれでも構いませんよ。お師匠様とずっと一緒にいられるなら」

「そ、それは」


 そうなったら意味がない。リョンが自身の夢通りの幸せをつかんでほしいから、頑張って話を切り出したのに。全く意味がないではないか。しかしもちろん、気持ちは揺らいでしまう。

 どうなってもずっと一緒にいてくれるつもりなのか。改めて言われると、なんだかドキドキしてしまう。


「言っておきますが、結婚しようがしまいが、私はお師匠様から離れるつもりはありません。お師匠様が他に好きな人がいる、と言うなら話は別ですが」

「そ、そんなことは……ですが、その、えっと」


 いや違う違う。と言うかさっきから、微妙なリズムをつけて抱きしめたまま揺らすんじゃない。眠くなってきてますます馬鹿になってしまう。


「リョン、いったん離れましょう」

「いやです。お師匠様と離れたくありません」

「真面目な話をこんな姿勢でするのはおかしいでしょう?」

「……」


 リョンの腕をぽんぽん軽くはたくようにして、離すように促す。だがリョンはむうぅと眉をよせる。わかりやすく拗ね顔だ。

 と、そこでさらに顔を寄せておでこをくっつけてきた。ぐ、ち、近い。真正面からのこの距離は、ずるい。


「ほしは、私と離れたいんですか?」

「な、名前で呼ぶのは反則でしょうが!」

「ほし、お母さんと結婚するの、嫌ですか?」


 う。


「ほしとずっと一緒にいたいのは、駄目ですか?」


 ぬぬぬ。


「それに、結婚して子供ができたら、夜だけじゃなくてずっと私のこと、お母さんって呼んでも誰も変に思わないんだけどな」

「!」


 そ、そう言われてみれば、その手があったか! じゃない! 違うだろ!

 一瞬反応しかけてしまったが、しかしそもそも、私は誰でもいいからお母さんと呼びたいのではなく、リョンだからいいわけで、そしてそんなリョンだからこそ幸せになってほしいわけで。ううむ。堂々巡りしている気がする。


「りょ、リョン、あの、その……」

「大丈夫です。不安はたくさんあると思います。だけど、もしほしが間違いそうなら、私がとめます。だから、怖がらなくても大丈夫です。二人で幸せになりましょう?」


 せめて視線だけでもそらそうとする姑息な私に、リョンは吐息のかかる距離のまま、そう真摯に言った。

 その言葉のぬくもりに、伝わる温度に、私はもうこれ以上固辞することはできなかった。


 元々、リョンのことはこれ以上なく好きなのだ。ただそれ以上に、自分がリョンにふさわしくなくて、自信がないだけで。

 だけどリョンがそういうなら。間違っても大丈夫だと言うなら、二人で頑張ると言うのは、もう私にとっても希望にしかならなかった。


「……はい。幸せに、なりたいです」


 観念して心のままに答えると、リョンはぱっと、昔と変わらない満面の笑顔になって、ぎゅうぎゅうと私を強く抱きしめた。


「はい! はい、絶対に、なれますよ。私とあなたなら」

「……うん、そうですね」


 私もそれに応えて、抱きしめ返した。



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