表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/31

やり直したい

 それから、犬を退けて歩き出す。犬は従順に俺の後をついてきた。しばらく歩くと、匂いがかわった。じっとりした匂いから、少し水っぽいが、何というか、くもっていない匂いだ。

 意図せずとも早足になってきたのを自覚したが、どうにも気持ちがはやる。そしてそのまま、森を抜けた。


 そこには、大きな湖があった。それだけだ。人間がいたわけでも、巨大な生物がいたわけでもない。だけど達成感で、気分がいい。湖の向こうにはまた木々が見える。

 湖に近寄ると、数匹いたなにかの小動物は逃げて行った。それなりの大きさの生き物はいるが、常識的な大きさばかりだ。


 しゃがんで水面に手を伸ばし、触れる前に、自分の顔が映っていることに気づいた。体が小さくなっているのはわかっていたが、しかし、別に赤の他人の体をのっとったとか、そういう訳でもないらしい。これは、俺だ。小学生くらいか? だけど間違いなく、俺の顔だ。

 俺の中で、ただでさえわけのわからない状況が、さらにわからなくなる。だってそうだろう? 俺が子供に戻って、さらに俺の体はわけがわからんくらい強くなって、意味がわからない世界にいるんだ。


 だが、もはや、混乱しても意味がない。ただ、受け入れるしかない。意味がわからないが、こうなっているんだ。生きているのかすらわからない。もしかすると、幽霊と言うもので、触ったりしているのはそう感じているだけで、ポルターガイスト的なもので干渉しているだけの可能性もある。……いや、この犬の反応がおかしいからそれはないか。


 水に手をつけると、ひんやりしていて気持ちいい。すくって飲み込む。美味い。……俺は、生きている、ように、感じられる。

 なら、やっぱり生きているんだろう。俺がそう思うなら、そうだとしか言いようがない。少なくとも他の生き物は生きているようだし、それと目が合い触れられる俺もまた、生きているんだろう。


 クゥ。と後ろから声がした。振り向くと犬がお座りしていた。何かもの言いたげだ。というかさっき小さい動物が逃げたのこのせいか。


「……水か? 飲め」

 オン


 一鳴きして、俺の横に並ぶと水を飲みだした。と言うか、今なんのジェスチャーもしなかったが、つうじたな。大きいだけあって、頭がいいのか。

 と言うか、勝手に俺に付き従っている感だしてるな。なんだこいつ。まぁ、いい。それよりこれからのことだ。


 これから、どう生きるのか。死にたいと思ったことは何度もある。しかし、今こうして生きている以上、改めて死にたいとは思わない。何度も人を殺したことを後悔して死にたくなった。だけど結局、死刑が執行されるまで一度も自殺を試みてすらいない。それが俺だ。屑でゴミ以下の俺だ。


「……」


 やり直したいと、何度も思った。ならそれは、今ではないのか? 今ここからやり直せと、そういう事ではないのか? 神様なんてものは信じてはいなかった。だけどもし、何度も読み返したあの本にあったみたいに、聖女に神の啓示があったのが真実だとしたら、これもまた、そうなのではないか?

 都合よく考えているだけかもしれない。だけど、今生きているのは事実だ。なら、やり直してもいいのではないか? 屑だった自分ではなくて、奪うだけだった自分ではなくて、望むように、生きられるのではないか?


 だって俺は、あの時、こう思ったんだ。恵まれていないからしょうがない、と。生きるのに必死だったからと、言い訳していた。だけど今の俺はどうだ? 少なくともこの数日、飲まず食わずの不眠不休で、何の問題もない。力も馬鹿みたいにある。

 これは、恵まれていると言えるのではないか? 神が、恵まれなかったと嘆く俺を、恵まれた者にしたのではないか? 有言実行しろと、そういうことなのではないか?


 馬鹿馬鹿しいことだと、頭ではわかっている。もしそうなら、神がもし存在して個人に慈悲を与えると言うなら、もっと子供の、何の罪も犯していない自分に助けてくれないと、おかしい。神がいるなら、たかが名言で感動するほどの環境に、そもそも俺がいたのがおかしいのだ。

 でもどうしてか、感情はそれを支持した。そうしたいだけなのかもしれない。だって俺は、あれからずっと、相手に与える側に、なりたいと願っていたのだから。


 そうだ、なればいい。神がどうとか、関係ない。今、たった今俺は思ったんだ。与える側になりたいと。そして今は、自由だ。俺を知るやつはいない。いたとしても、子供になった俺がわかって逮捕するやつはいないんだ。なら、やりたいようにできる。


「……よし」


 俺は、いや。仮にも聖人と呼ばれた人を志すんだ。なら、俺、なんて言葉は似合わない。私、だ。私はこれから、もう奪わない。人に尽くして、人に与える人になろう。綺麗な言葉を口にして、綺麗なことだけをしよう。それが贖罪でもあり、きっと私の幸福にもなるはずだ。


 ではまずは、人間を探すところから始めよう。ここには動物しか見当たらない。動物にも、優しくしていこうとは思うが、しかしそれだけでは足りない。動物も暖かいけど、でも私は、人を笑顔にしたい。


 私が決意を固めていると、隣にいた犬は飲み終わったようで、私を見つめて不思議そうにしている。行儀よくお座りしているが、さっきは立っている私の頭ほどの高さだったはずだ。今は座っているので下から見上げる形になり、改めて大きい。小学生の頃と言っても、身長は何センチだったか。平均より低かった気はしないから、150程度だったか。

 四足で150……もし立ち上がったら、3メートル以上か。うん、大きいな。さっきは普通に、死んでいるのだと思っていたから気にならなかったが、生前に合っていたら盛大にびびっていただろう。


 立ち上がって頭を撫でてみる。従順に目を閉じて尻尾を振る犬。可愛い、かもしれない。しかし、どうしようか。これはついてくるのか? 人間のところに出たら勝手にいなくなるのか? ついてくるとしたら、この世界のことは何もわかっていないし、もしかして普通にこの犬も受け入れられるかもしれないしが、私と同じような大きさの人間なら普通はビビるだろう。

 

「私はこれから、人間のところへ向かうんだが……、向かいます。君はどうしますか?」

 ……ワンッ


 敬語の方が綺麗な言葉っぽいので口調を変更した。肝心の犬は、逡巡の後、何やら元気よく吠えられたが、当然わからない。うーん。でも、深刻そうな間があったし、理解してそうな気もする。イエスかノーで答えられるようにしてみよう。


「行きますか?」

 ワン!


 行くのか。まぁ、じゃあ、いいか。この犬が私を求めると言うなら、それもいいだろう。たとえ犬でも、私が出会った最初の生命体で、知性もある。ただの犬コロと扱うこともあるまい。多少はその意思を尊重しよう。


「では犬、では、さすがにあれですね。うーん、では、ポチ、行きましょうか」

 ワンッ――ワフッ!?


 促して歩き出しながら、名前をつけてやることにした。驚いたのか犬は元気よく返事をしてから、私を振り向いた。今ので名前を察したのか? やはりとても賢い。どうやら名前も気にいってもらえたようだし、行くとしよう。


「適宜、ポチには食事が必要でしょうが、私には空腹がありませんので、自分でちゃんと主張するように」

 わふぅ


 ポチは疲れたように声を上げた。あれ、もしかして、すでにくたくたか? もしかして襲ってきた時点で弱っていたのだろうか。だったらここで休憩していくのがいいだろう。


「ポチ、疲れているなら、今日はここでゆっくりしますか?」

 オンッ!


 ポチは一鳴きすると、私を先導するように先を歩き出した。大丈夫らしい。ていうか、普通に話しかけているが、もう普通に返事しているな。賢過ぎる。……もしかして、この犬が、この世界で一番の知能種ってことはないだろうな。人間を探すわけだが、いなかったらどうしよう。犬が悪いわけではないけど、表情がわからないからなぁ。

 まぁ、何とかなるだろう。そう思うしかない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ