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お酒

「お師匠様?」

「あっ、な、なんですか?」

「あ、いえ。珍しいですね。お酒を飲まれるなんて……と言うか飲んで大丈夫なんですか?」

「そうですね。今のところは」


 この世界ではじめてのお酒を飲んでしまった。前世では酔って喧嘩をするのも珍しくなかったし、体も小さいので避けていた。だけどどうしても胸がむかむかして、飲まずにはいられなかったのだ。

だけど、酔わない。酔えないからだのようだ。考えれば当たり前だ。無敵の体が、アルコールに負けるはずがない。


 わかっていたのに、食材倉庫でちょうだいしたお酒をのんで、何やってるんだと自問しているところをリョンに見つかってしまった。

 自室までもっていけばよかったのに、お酒をのむのだと思うと急に我慢できずに飲んでしまった。


 ずっと飲まないままでいられたのに、飲むのだと決めると急に飲みたくて仕方なくなり、そして今は微妙な味にも酔えないことにも落胆している。


「それ、料理用ですよ。せっかく飲まれるなら、奥にちゃんとしたやつがありますよ」


 もらいものであるらしい。折角だから、私も初めてのお酒飲みたい。飲みましょうとか言われて、何となく隠れて一人飲もうとした気まずさもあって、言われるまま自室に戻ってそのちゃんとしたやつとやらを飲むことになった。


 魔法のある世界だが、魔法は限られた貴族が使うだけで、魔法を使った便利な道具はありふれたものではない。そうでなければ、私もこの世界に魔法があるともっと早く気付いていただろう。

 なので当然、夜になると照明になるものは火しかない。蝋燭の明かりが頼りなさそうに廊下を照らしている。


 こうして立派な家になってからは弟子たちと部屋はわかれたので、夜にこうして自分の部屋に誰かを招くことはなかったので、自分だけなら明かりがなくても見えるので燭台もない。

 リョンが持っていた一本の蝋燭だけを燭台ごと机に置き、グラスにお酒をそそいだ。


「……お師匠様、乾杯しましょうよ」

「ああ……それでは、新たに生まれた、新しい家族に。祝福を」

「もう。こんな時まで、聖人ですか? いいですけど」


 乾杯、とグラスを合わせる。苦笑したリョンは、まるで聖人ごっこをする子供にするような態度だ。

 家族みたいなものなのでお互いに気安くはあるので、私だって四六時中完璧な聖人と振る舞えていたわけではないだろうけど、それでもそんな風に軽んじられる謂れはない。

 だけど頭ではそう思うが、何故かそんな態度をとるのが他ならぬリョンだからこそ、不快な気分ではなかった。


 むしろなんだか、照れくさいような、許されているような、見守られているような、そんな気分だった。

 そんな幻想を振り払うように、私は杯をあおった。確かに、先ほどと比べて全然違う。普通に美味しい。


「ん……あぁ、お酒ってこう言う味なんですね」

「美味しいですか?」

「……はい、とっても」


 初めてのお酒に、早くも酔いだしているのか、リョンは少しうるんだ瞳でやや赤らんだ柔らかな笑みでそう答えた。


「……そうですか。それはよかったです」


 私は無難に答えるしかできなかった。そんな私にかまわずリョンはお酒を楽しんだようで、ずっと微笑んだまま静かに酒を飲んでいた。

 そんなリョンから視線を外して、窓から外を見あげる。月明りは柔らかくて、心の中で感じていた謎の恐怖はどこかへいってくれた。


「……」


 視線をリョンに戻す。リョンはずっと私を見ていたようで、目が合った。リョンは黙って私の杯を再び満たした。









 聖人(私)が婚姻を直接祝福する、と言うのはやはり、その筋の人間には他に代えがたい名誉のようで、貴族からも是非してほしいと言う要請がありいくつか他の領地へ出張した。

 それによって不作法で無遠慮に財産(領民)を奪おうとする偽聖人と言うマイナスすぎるイメージはさすがに払拭できたようで、他所からの風当たりは軟化した。

 そしてもちろん、普通の平民にも信心深いものはいて、そう言った人の移住もあった。神を信じている平民は、とても真面目で清く正しい人ばかりで大歓迎の移民だった。


 そうして流れががかわり、そうしてついに五年、約束していた猶予期間が終わった。


 今までの無税が納税に代わると言うことで、王と領地との取り決めが変更になると言うのは実は大事でもあるので、再度王に謁見して承る形にしないといけないと言うことで、私は再び王都に来ていた。


「お師匠様、これ美味しいですし、日持ちもしますからいいんじゃないですか?」

「そうですね。ヨータも好きそうですし、これでいいでしょう」


 来ているのは私とリョンとポチだけだ。ヨータは来たがったが、領兵隊長としての仕事があるし、助祭たちも来たがった、と言うか聖人様が付き人1人なんてと言われたが人数が多くなると移動が面倒なので、少数精鋭と言い張った。

 ポチと二人ではさすがに心もとなく感じたので、当然の様にリョンが着いてきてくれる前提でいてくれたのは嬉しかったものだ。


 前回と違って自由に動けるので、実質これが初めての王都観光だ。


「こうしてみると、やはり王都の賑わいはすさまじいものがありますね」


 ここまで頑張ってきたのだ。自分の領地にはもはや愛着もあれば領民への思いもある。最初に比べれば大きくいっちょまえの領地になってきた、と自画自賛していたが、それも近くの田舎領地と比べてと言う話であったのだと実感する。

 この王都ですら、以前はそこまで思わなかったが、8年間の領地生活ですっかりこの世界基準に染まったようだ。そう思うと、なんとなく感慨深いし、そして感慨深いと言う感覚を習得したのだと思うと、自分の進歩を感じる。


「そうですね。でも、いずれはうちも、こんな風になりますよ」


 にこにこと無邪気に言われて、思わず笑ってしまう。


「そうですね、志は高いほどいいですからね」

「志じゃありません。だって、お師匠様の領地なんですから」


 ちょっとむっとしたように眉を寄せて、腕をつつきながら抗議された。可愛いものだ。


 私はこの旅は、納税さえすることになるがそれも領地として成長してきた証でもあるので、何の問題もないただの観光を兼ねたちょっとした旅行のようなものだと思っていた。だから予定さえ終われば、すぐに帰れると思っていた。


「と言うことで、聖人セージィよ。お主には、白き森の開拓を頼みたい」


 聖人、と言うことでぎりぎり命令系ではないが、王から直接言われたことを断れるものではない。まして今後も発展によって最低限の税はとっても、税率は永遠に変えないことやそのほか優遇していることをアピールしてから言われたのだ。ここで断ればまずいことはいくら私でもわかった。

 なので受けた。詳細は別の人間から説明をされ、領地へは別途連絡をしてくれるので、そのまま向かうよう言われた。


 どうしてこうなったのだろう。いきなりの展開すぎて、少し混乱しているところがある。


「お師匠様……大変なことになってしまいましたね」


 さすがに当日出発とまではいかない。説明や必要な準備品を受けている間に日は暮れ、昨夜も泊まったホテルに戻ってきた。

 それまで、貴族相手にはさすがにほとんどずっと黙って控えていたリョンだが、部屋にはいると青い顔でそう呟いた。


 軽く受けてしまったが、説明を聞けば聞くほど、大変なことを受けてしまった。

 白き森と言うのはこの国の最北端の、雪がなくならないほど寒い森の開拓だったのだ。一応領地としてあるが、あまりの雪のせいで開拓は遅々として進まず、南側のごく一部しか開拓されていない。

 この国の端にある山までの平地部分だけでいいので道を開き、村程度のスペースができるくらいには開拓をしてほしいとのことだったが、いや簡単に言うがめちゃくちゃだ。


 ようはこの山を越えて向こうには多くの資源が手付かずで残っているはずなので、一度は確認をしに行きたいが、まず山にたどり着くまでが大変で、補給もできず実現していない。

 なので山越えの直前に補給地をつくるところから始めないといけないが木々が邪魔をしてそれも難しい。一つ一つ木々を倒していくしかないが降り積もっている雪と止まない雪がそれも阻む。

 とそんな中私ががんがん開拓している。調べると不眠不休で作業して一人でも力に物を言わせた作業をしていることはすぐ確認できたので、やらせてみようとのことだった。


 これができるなら、今後の税について優遇しても他の貴族からの文句も無視できるし、それどころか役人として有能な人間を手配して、運営がより円満にできるようにしてくれるとのことだった。もちろん成功報酬にはなる。

 これが普通の人間ならほぼ死刑宣告であるし、そうでなくても、これをなすのに何年かかることか。実質成功報酬なんてあってないようなもので、ただ領主を首になって土方に回されるようなものだ。


「……」


 不安そうなリョンを見ていると、だんだんと実感がでてくる。そして同時に、腹が立ってきた。

 どうしてこんな理不尽な命令を受けなければいけないのだ。ここまで言われるまま真面目にやってきて、その仕打ちが税であり、そしてその褒美が強制労働? 聖人と言うのは奴隷か?


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