猶予
「だから、君は何年あれば税が払えるようになると思いますか?」
「え、な、何年って」
「黙っていれば、では猶予をとって来年から、などと言うことになる可能性もあります。ならこちらから、何年後には払えるようになる、と言うのです。元の状態ならともかく、いくら聖人優遇と言っても、人がいて生産が行われ、お金が流れれば、最低限の税を払うのは当たり前のことなのです」
どうすればいいのかわからず俯いていた俺に、司祭はそう言った。その言葉に、一瞬光を見たが、しかし、何年って。3年かけて、ようやくど田舎の人並みの生活レベルになったのだ。
まともに全員が財産をもてるようになり、そこから税を取るとなると、何年かかる? それができなければ?
「ひゃ、百年、と言うと、それは待ってもらえるのでしょうか」
「冗談でしょう? 君は聖人で、ましてたった数年で他の領地と商売をして金銭をとりいれて領民を増やすことに成功しているのです。何もなければ、3年と言われかねないほどです」
「さ、3年は短すぎます。それでは、5年はどうですか?」
「はい。それなら、私から見ても妥当だと思われます」
こうして話はとんとん拍子にすすみ、司祭はそれで話をまとめておくと言って帰って行った。
はめられたのではないか、と言う印象が強い。
最初にこういう話がある、と持ってきて、その時点では決定ではなかったはずだ。だからこそこちらから譲歩して時間を引き出すのは、なるほど、わかる。だがそれが五年は短い気がする。
いや、人頭税だけならできるが、土地代が。司祭はそれについても、人が住んでいる部分と、手付かずの自然部分でわけて税計算をするようしてもらうと言っていたが、最初からその計算になるはずだったのでは? と言う気にもなってくる。
これから追いかけてやっぱり変えて、と言うわけにはいかないだろう。
どうすればよかったのか、今考えてもわからないのだ。しょせん、俺にはこんな政治的なことはわからないし、人生経験豊富なおっさんとやりあうなんて無理だったんだ。
「……はっ」
落ち込んでいる場合か! それがどうした。だからって、諦めて放り出せるわけがない。五年あるんだ。頑張るしかない。大丈夫。あいつらは今、誰も絶望していない。諦めている奴は一人もいないんだ。
だったら、なんとかなる。
「リョン! いますか!?」
「はーい! お師匠様およびですか!?」
「はい! 俺もいます!!!」
「ああ、そうですね。ではヨータも相談に乗ってくれますか」
「はい!」
12歳になったリョンは、小さいころから俺と一緒に年寄りたちと話すことが多いからか、頭の回転も俺よりずっと上等なように思う。それにヨータだって9歳にしては毎日働いて年よりしっかりしているように思う。意外な視点も見つかるかもしれない。まずは二人に相談してみよう。
私は馬鹿だから、借りれる頭は相手がだれでも借りて、そうして解決すればいい。大丈夫。聖人は賢者の条件じゃない。むしろ、とんでもなく馬鹿じゃなきゃ、聖人なんてやってられないだろう。だから私は、これでいい。
○
二人に相談してから、住民のまとめ役連中もあつめて一斉に話し合った。その結果、改めてそれぞれで家庭を定義していくことになった。そうしてそれぞれで独立していく意識を育てることにしたのだ。
でも今の仕事をそれぞれだけで独立させるのはまだ無理だ。私があちこちに手伝いに行って間に合わせているのが現状なので、それだと各家庭で差が出てしまう。なので畑仕事は全てが領主、つまり私の仕事でそれを手伝わせている、いわば公務員的扱いとしたのだ。
そこで収穫したものは全て私の物で、だから全ての売買は私が代表して行うのも普通だ。そしてその売り上げから、給料を払う。その後、改めて税金をとると言う流れが、正しい領主と領民の関係だろう。
と言ってももちろん、給料なんて払えば私の元にはほぼ残らない。税金を払っても余裕が出るだけの一人分の給料を払うほど一人一人が働けずその分の生産が低いのだから、当たり前だ。
それでも、これはいつまでも続くものではない。老人はともかく、子供たちは成長するのだ。最初にあった時は小さかった孤児たちも、今は私より身長が大きな子だっている。意欲も十分だし、小さな子の指導もよくやってくれている。いずれ畑は普通に任せられ、人員があまるようになるだろう。
それはそれとして、5年以内に払えるようになるためにはそれだけでは不安が残る。なのでここはさらに人口を増やしていく必要がある。どうしてもそれがてっとりばやい。しかしそのせいで目をつけられたのも事実だ。
どうするべきか、と考えながらも、ひとまず給料を払うと言う形態にするためにも、まず領主として雇用形態を決めたり、あいまいで口頭のみだった規則などもしっかりまとめたりと言った事務仕事を進めた。
今までは何だかんだ、この村に元々縁があった人間が来てくれていたので、幸い誰も大きな問題を起こしたりしなかった。しかし今後は全く無関係だったり、なんなら犯罪者崩れがやってくる可能性も考えて、刑罰も決めなければならないだろう。
以前に窃盗をした男はポチに食べさせると言って追いかけまわさせて夜は軒下につるす生活を三日させたことで十分に反省して、今では誰より勤勉だが、今後はそうもいかないだろう。
そんな中、司祭の訪問から一週間後、見慣れぬ馬車がやってきた。
「お初にお目にかかります、聖人様。私、この村の教戒師に任命されましたドゥーチェと申します。グンニネル司祭より、お話頂いていると思いますが、これからお世話になります」
「???」
いや全然聞いてないけど、手紙も持っていたので話を聞いたところ、村程度の規模にはなったし、今後の発展も望めるのに、聖人の村に教会もないのは具合が悪いと言うことで教会が立てられることになりそこに派遣されてきたのが三人のシスターと言うことらしい。いやマジか。話しておけよ。
だが話を詳しく聞くと、悪い話ではない、どころか朗報だった。連れのシスターはまだ未成年の見習いだが、このドゥーチェはまだ助祭だがしっかりと学校を出た将来の幹部候補とも言えるエリートのようで、貴族のルールにも詳しく我流だった事務仕事に枠をきめてくれたのでするすると事務仕事は進んだ。
それに布教を行うのと同義ではあるが、領民に教育をするのも熱心に行ってくれる。これは有なれば、無料で賢者を手に入れたようなものだ。とても助かる。
助かるので言われるまま立派な教会もつくった。これも本人が設計図をかいてくれたのでスムーズに進んだ。
「聖人様、すごく力持ちなのですね」
「聖人様、お小さいのに凄いですね」
お付きの普通のシスターはどこにでもいる普通の娘と言った感じで、特にドゥーチェのような見識はないが、普通に働き者で教会仕事以外の手の空いた時間は畑仕事の手伝いもしてくれるので、これも人員として助かる。
あとどう話を聞いているのか知らないが、私を非常に敬った態度をとる。悪い気はしない。ちやほやされるとすぐ調子にのってしまうのは、私の悪い癖なので直したいし、今までもできるだけ律してきたつもりだが、わかりやすく年頃で女らしい人にされると、浮かれてしまいそうになる。
この体なので性欲とも無縁だが、人間の性根は簡単に変わらないと言うことだろう。聖人は欲におぼれたりしないので、同じように接しているつもりだ。
「……お師匠様、でれでれしていやらしいです」
「な、なにを言っているのですか、リョン。私はいつも通りですよ。ねぇ、ヨータ?」
「え、ああ、うん。お師匠様が感激屋で、褒められるのが好きなのは前からだろ。なに姉ちゃんはつんつんしてんだよ?」
「つ、つんつんとかしてないし。お師匠様がお調子者なのはそうだけど、でもあのシスターズにはなんか甘いじゃない」
え、いつのまに弟子からの評価でそんなことになっていたのか。確かに、普通に褒められたら相手が子供でも老人でも嬉しいが、そんなわかりやすかっただろうか。
「あ、甘いって。そんなことはないでしょう」
「甘いです!」
「そうですかねぇ。私としては、二人こそ、一番優しくしているつもりですが」
「わっ、たしたちは、と、特別だからいいんです!」
顔を赤らめて怒ったように言われた言葉に、少し驚く。あまりに傲慢だ。甘えを厭わない、信頼関係が揺るがないとわかっているからの傲慢さ。だけどそれは、この二人が私に向けていると、昔のような理不尽な怒りはなかった。
むしろどれだけ仲良くなった気になっても敬語を崩さないリョンも、私を親のように無意識にも思ってるのだと思うと、胸がくすぐったくなるような喜びがあった。
私とこの二人は、もう家族なのだな、と、今更かも知れないけど染々と実感して、何故か腹から溢れる笑い声がとまらなかった。
「お、お師匠様? 姉ちゃんそんな面白いこといった?」
「そ、そこまで笑わなくても!」
「は、はははっ! す、すみません。ただ、私は、二人のことが特別だなぁ、と思っただけですよ」
素直にそういうと、二人は照れたようにはにかんだ。好意を伝えても、笑われることも馬鹿にされることもなく、受け入れられる。それはこんなに、心地いいのだと思えた。
ワォーン!
「うわっ、ポチ! 」
散歩に行きたがる子供とだしていたポチが帰ってきていたようで走ったままの勢いで背後からとびかかられた。
もちろん私一人なら問題ないが、そのままだとポチが痛がってしまうので上体を倒してなんとか受け止めたが、いきなりだとびっくりして慌ててしまうので勘弁してほしい。
「こら、ポチ。急にとびかからない、と何度も言っているでしょう」
ワォン!!
べろべろと舐めてきた。はーん。さてはこいつ、今の話を聞いていたな。耳がよく頭がいいが中身は五歳児くらいのポチなので、それで私に自分のアピールをしているのだろう。違ったとしてもそうだとしたら気分がいいのでそういうことにしておこう。
「ポチも特別な存在ですから、大丈夫ですよ」
くぅーん
ポチは嬉しそうに尻尾をふって私の足の間に潜り込み、勝手に私をのせて家まで走り出した。
「お師匠様!?」
「ちょ、ポチ待てー!」
追いかけてくる二人に、私は笑ってポチを撫でた。




