教会
今日、教育について学ぶためにはどうすればいいか、と考えて思いついたのが教会だった。
宗教施設と言うのは孤児院を兼ねていたりするのはよくある話だ。子供がたくさんいるなら、教育だってしているだろう。なら寄付をして少しくらい混ぜてもらえる可能性もあるのではないかと思ったのだ。
それに、宗教自体には少し拒否感があるが、牧師だとか坊さんは聖人に近い存在だとも思っている。もちろん個人個人がどうとは言えないだろうが、それに近い教えくらいしてるだろう。この国の善悪にも関わるのだ。興味がある。
「こちら、些少ですが喜捨させていただきたく」
「これはこれは」
と言うわけでやってきた。なんのアポもなくはいってきた私たちに、教会なので最初から愛想良く迎えてくれたシスターのような女に、色々教えていただきたい。とお金を渡しながら言うと、さらに満面の笑顔で奥へ通してくれた。
話が通ったようで、小太りの偉そうな服装なおっさんが優し気な笑顔で応接間で迎えてくれた。
以前からこちらのドーボス神を日々信仰してきたが、小さな村の出で、きちんとした聖職者の説法を聞いたことがないので、改めていちから学ばせたいただきたい。と言う感じでお願いした。
念のため、もう一つ喜捨を入れた小袋を用意していたが、要するに説法を聞きたいと言う内容だったからか、すんなりと教えてくれることになった。
修飾語や固有名詞の多い、回りくどくわかりにくい内容だったが、だいたいわかった。
まず神々がいて、自分たちが住まう世界の下に地上をつくり、そこに生き物をつくり、最後に神自身に似せた人間をつくった。神と人は近く過ごし、時に交わり、隔たりも少なかったが、いつからか距離を置き始め、今となっては神の姿を見ることはできなくなった。
神の力である魔法を使えるのは神の血を引くものだけで、王族や貴族がそれにあたる尊い存在だ。人々はその魔法を持つ尊い者に導かれ天上の神の国を目指すことが、人間と言う生命の命題である。魔法によって空を飛べるものは、最も神の国に近い存在として、尊い者の中でも別格の聖人として扱われる。
はー。と言う感じだ。魔法がある世界と言うのは、知識として知っていたが、貴族に関わることはほぼなく、見かけても魔法を使うところが見れるわけでもなく、全く遠い存在だった。
しかしまさか、それを使えるかどうかで、聖人にまでなるとは。それは想像していなかった。力があるから偉くて王様や貴族、と言うのはわかるが、宗教的に聖なる人として扱われているとは。それは私のめざす聖人とは別物だ。下手に聖人を目指しています、何て宗教関係者に言わなくてよかった。
とこっそり胸をなでおろす私の隣で、同じように話を聞いていた弟子2人も興味深そうに眼を輝かせている。途中で飽きることなくきちんと聞いていたが、特にヨータは眠くなったりしないか、と心配もしていただけに、いい子に育っているな、と柄にもなく嬉しくなってしまう。
と微笑ましく見ていると、ぐるっとヨータが首をまわして私を見て、きらきらした瞳のまま口を開いた。
「じゃ、じゃあお師匠様も飛べるっ、んですか!?」
「ん?」
「え? お師匠様って、聖人なんですよね?」
興奮したようで、人前ではいつも敬語なのをつけたすような口調になってしまったヨータだが、今はそんなことより中身が重要だ。
誰が何だって? とごまかしたい。確かに、この二人に会ったばかりのころは自分から聖人を名乗っていた。聖人を目指している、みたいなことはその後も言った気がするし、聖人って何って聞かれて説明もした気がするが。まさか、今言うとは。しかも目指してるって言ってくれればいいのに、断定されてしまった。
気分よく話していたおっさんは、まさかの自称聖人に胡乱な目を向けてきた。
「これは当然、誰もが知っていることですが、魔法を使えない導かれるものが、導くものである貴族や王族、まして聖人を自称するのは、国を問わず大罪として扱われます」
「……」
「恐れ入りますが、飛翔することで聖人の証明をいただきたい」
これは、まずい。自称聖人なんて、ふさわしくないと思われたとして、それだけの話だと思っていたので、普通に名詞を出していた。だが確かに、特権階級の名称だと言うなら、名乗るだけでまずいと言うのは理解できる。
習っているけど改めて、と言ったのだから、そんな当然のことを知りませんでした、は通じない。
「か、かしこまりました。ただ私はうまくはできないもので、天井のない場所に移動させていただきたい」
空なんて飛べるわけがない。私はただ、とにかく馬鹿みたいに頑丈で阿保ほど力が強いだけだ。魔法なんてものは一切使えない。仮に魔法を使うための力のある体だったとして、使い方が分からないのだから意味がない。
だが、やるしかない。こうなれば自棄だ。めちゃくちゃにジャンプして、これで飛んだと思ったから自称しましたと言い張ろう。何もなく、ただ特権階級を名乗りました、よりはまだ情状酌量の余地が出るはずだ。そう願いたい。
冷や汗をかきながらもめちゃくちゃ疑いの目を向けてくるおっさんになんとか移動させてもらったのは中庭だ。ヨータは状況を理解していないどころか、本当に飛べると信じ切っているようでワクワクを隠さない。一方リョンは、おっさんと同じく私の反応から察しているらしく顔を青くしている。
「では、いきます」
深呼吸して意識を集中させる。ここまで全力で何かをしたりしないよう、気を付けてきた。軽くやっただけで木材がはじけ飛び、ポチより大きな獣すら片手で持ち上げて重いとも感じないのだから、手加減ばかり意識してきた。
だからこそ、全力をだせば、飛んだと誤解できる程度には行けるはずだ。膝を軽く曲げ伸ばしして、準備運動をする。
「……はっ」
そして思いっきりジャンプした。瞬間、まるで世界が置き去りになったように感じた。
あらゆるものが高速で流れていく。一呼吸して気が付くと、俺は雲のあたりを漂っていた。
自分でもその事実に驚き、混乱するのも一瞬だ。ふわりとした滞空時間はわずかで、すぐに私の体は重力に従い落ちた。
ずぅん、と重い音がした。その速さは地面に向かう分、さすがに恐怖を感じたが、膝を曲げることなく突き刺さるように着地したが特に問題なかった。
「……はあっ」
が、メンタル面はそうはいかず、無意識に息を止めていた。体が慌てたように荒く呼吸を始める。実際は呼吸もなくても生きられるのだが、これはもう習慣なので脳みそが考える前に体がしているのだ。
端的に言って、死ぬかと思った。と言うか死んだかと思った。瞬間的にあれだけの高さに移動したまではまだ、あ、ここまでくるか、くらいだったが、落ちるのは普通に怖かった。絶対死なないだろうに、この感情は残っていたのかと自分でも意外なくらいびびってしまった。
「……」
「……」
「……」
「ど、どうですか。私はこれで、飛べるようになり、聖人を目指せるのだと思ったのですが」
とりあえず、ここまで跳んだなら、もはや飛んだと言っても過言ではないだろう。落ちてくる時に、わざと動けば数十メートル単位での移動も可能だろうし。
と言う希望を込めて、おっさんに確認をする。
三人そろって目を丸くしていたが、問いかけにおっさんははっとしたように体を震わせ、ずいずい近づいてきて、がっと私の手をつかんだ。
「……い、今のは、ま、魔法、では、ありませんよね?」
「えっと、魔法を習ったことがないので、わかりません」
とりあえず、重罪だけはなんとかなりそうだが、面倒なことはまだ続きそうだ。




