都会
「すっげー……」
「おおきい……」
ワォン……
それから王都につくまで、もう一年の時間が必要だった。だけどその分、ヨータも成長してより学ぶための準備ができたのだと思えばいいだろう。
何事も前向きに考えられるようになった。これもまた一歩、聖人へ近づけたと言うことなのだろう。
馬鹿みたいに門をみあげている二人と一匹をせかして、中に入るための列に並ぶ。
王都は高い塀で囲まれ、大きな門でのみ出入りできる、巨大な要塞のような見た目だった。
これまで木製の柵があるだけの村がほとんどで、ここに来るまでにあった比較的栄えた街でも、塀の高さは一般的な家庭程度だったのだ。そこへ急に10メートルはありそうな大きさを見れば、驚くのも無理はない。
検閲を抜けて中にはいる。ポチについては少し言われたが、噛みつけないよう口をおおってくくりつけ、何かあれば重い罪になることをこんこんと説明されて解放された。
他は馬しかつれていないので、同じ荷引き獣としても肉食獣には厳重な扱いをするのも理解できるし、最悪いれてもらえない可能性も考えていたので、想定よりはあっさりいれてもらえた印象だ。
グフゥ
もちろんポチは不満そうだが。あくびひとつでも口を開けたらまわりはびびるのだから、仕方ないだろう。軽く撫でて耳をこりこりして、今夜は久しぶりに体を洗ってブラッシングしてやるから、となだめた。
「お師匠様、すっごく立派な宿ですね!」
「ほ、ほんとにこんなところに泊まってもいいんでしょうか?」
「ポチが泊まれる宿は少ないので仕方ありませんね」
馬小屋がある宿でも、一緒にはいれられないからと仕方ないが、結構な出費だ。
地道にためてきたので金銭の猶予はまだあるが、根が貧乏性で、この世界では殆ど散財していないのでお金を使うこと自体になれていないのだ。教育について調べて、時間がかかるようなら考えなければならない。
「私はポチの様子を見てきます。二人は体を清めて疲れをとっておきなさい」
「はーい」
「わかりました」
宿をとるだけであちこちさまようことになったので、午前についたのにもう夕方だ。さすがにすこし、気持ちが疲れた気がする。
高級宿で、荷引き獣すら一匹ずつきちんと仕切られた小さな小部屋が与えられている。そのおかげでポチもはいれたのだ。まぁ、一番端で他の馬におびえないよう隣の部屋も借りて二部屋分の料金を払わなければならないのだけど。
建物も立派なもので、客も全員そこそこいい身なりだ。以前手に入れた上等な服を無理に着ていなければ、きっと私も入れなかったろう。
お師匠様、と呼ばしているにも関わらず、まるでどこぞのお坊ちゃんとそのお付きみたいに対応する店員には少し笑えた。
やはり人間は見た目でしか判断できないのだ。世の中、そんな単純ではないのに。だけどそう思うだけの余裕が私にはあるのだと思えた。
「ポチ」
ワフ
声をかけるとパッとポチが顔をあげた。地面にも丁寧に布が引かれているし、水皿とすでに生肉の用意もされている。高いお金をとるだけあって、ポチでもいい待遇のようだ。
「馬小屋は快適ですか?」
ヴン、ォーン
ポチは不満そうにうなってから、私にすり寄ってきた。よしよし、と頭を撫でて持ってきた水桶を地面に置く。
「さ、おとなしくしなさい。洗っていきますよ」
ワン
まず硬くなっている毛をぬらし、手でほぐして櫛をとおし埃や砂利をとっていく。何度か水をくみなおして全体を綺麗にしてから、最後に水で豪快に流してやる。
ワォーン
ポチは気持ちよさそうにぶるぶると身を揺らして水気を飛ばした。
「さあ、食事をとって休みなさい」
ワンッ
立ち去ろうとすると、ポチはグイと背中を押して私を馬小屋に入れた。
「ポチ?」
オォンッ
強引に座らされ、後ろから抱きかかえるようにまとわりつかれた。私の膝に強引に頭をのせてくる。
「……まったく、仕方ないですね」
オーン
二人が増えてから、移動中はほとんど荷車に乗っている。その分、一緒に寝ている夜は甘えてくる。村にポチが入れない時は二人だけ村に泊まらせてもらってポチと二人で寝ていたし、その分甘えてきた。
二人がいるときは、まるで自分が兄貴分のようにふるまっているが、私と二人になるのが少し久しぶりだからが、今日はまたさらに随分な甘えようだ。
背中も頭も撫でて、ピコピコと振る尻尾もわさわさ撫でていく。
クゥーン
大きな体と低い声に似合わないほどの、甘えた声。可愛らしいものだ。
「ポチ、ここまでお疲れ様です」
ワフ?
「いえ、なんとなく。ポチと出会ってから、5年ほどでしょうか。もう長い付き合いですから。たまには、労わってもいいかと」
ワフゥン
どや顔になったポチはぺろりと私の頬を舐めた。臭いからやめろと言い聞かせて、ずっとしていなかったのだが、よほど嬉しかったのだろう。今日だけは多めに見ることにする。
わしわしと撫でてゆっくりしていると、弟子二人が夕食の時間だと迎えに来た。
ポチは不満そうだったので、夕食後また来てやると言ったが、依然として不満げだ。そしてまだ手付かずの生肉に気が付いた。
こいつ、普通の食事が食べたいのか? 考えたらずっと同じものを食べさせていた。
「ポチ、一緒に食事をとりたい、と言うことですか?」
ワン!
と言うことなので仕方ない。全員入ると狭いし、宿代ももったいないので二人には普通に部屋に泊まらせ、今夜はここで過ごすことにした。
「ポチ、今日だけですよ。宿代がもったいないですし、ここの高級料理はお前にもったいないですからね」
ワゥッ、グルルゥ
怒ってきたが、事実だ。普段ならともかく、前菜だのスープだののある食事はポチにはもったいなさすぎる。どうせマナーも守れないのだし、無理がある。
「怒らない、噛まない」
人の腕を噛んでくる。痛くはないし、むしろ強く噛んだら自分が痛いだろうから甘噛みなのだろうが、さすがに食事中に、しかもべとべとだ。
このあと大浴場が待っているので流せるが、今日でなければさすがに怒るところだ。
わぉん
ポチをなだめ、ポチが満足するまでなでてやることになった。
お腹もだしてごろごろするポチに、野生はどこに言ったんだと苦笑しながら寄り添った。
夜になると、おとなしくポチは私をがっしり全身でホールドして寝た。
一度お風呂にはいったのに、これではまた犬くさくなってしまうな、と思いながらも、ポチの高い体温は慣れたもので、寝ないでいい私にとっても落ち着く夜の象徴のようだ。
そう思って、ポチに依存しているな。と気が付いた。最初に出会って、その体温に癒されてから、ずっと夜をともにしてきた。
苦しいほどの醜い感情にさいなまれる時も、穏やかな気持ちの時も、妙に嬉しくてニヤニヤしてしまう時も、満足感で満たされた時も、劣等感でイライラした時も、ずっとポチは傍にいた。
もしや、ポチが私の感情をフラットに保つために、不可欠な存在になっているのではないだろうか。
そうだとすると、みじめなものだ。犬に頼らなければ生きていけないなんて。だけど不思議と、それも不愉快な気分ではなかった。
こんなに頼って、もたれかかっても、ポチは嫌な顔をせず、それどころか構え構えとうるさいくらいで、邪険に扱ってもずっと近くにいる。
フス―
間抜けな寝息をたてるポチにそっと顔を寄せる。生暖かく、くさい犬の匂い。だけど不快ではない。
「ポチ……これからも、よろしくな」
好きな人に触れたり口づけしたいと言うのは、性欲だけではなく、こういう感情なのだな、と思いながら、そっとポチの体に頬ずりした。唇も触れたが、不快ではなく、当然性欲もなく、ただ、大事にしたいなと思った。




