信頼される
リョンとヨータを拾ってから、そろそろ半年になろうかと言うある日、二人が体調を崩した。風邪を引いているように見えるが、この世界の基準が分からないので、少し不安になる。
ちょうど大きな街を出て途中まできたところだ。進むか、戻るか。
「す、すみません。大丈夫です。どうせ、移動中はほとんど乗せてもらってるわけですし。だから、その、進みましょう」
「うー、ぐるぐるするぅ」
あまり早く移動しても負担だろうし、結局ゆっくりと進むことにした。熱もあるようだが、一応話せて意識もあるし、無理にだが食事をとることもできたので、そこまで心配することもないだろうと判断した。
荷台に布をひろげその上に寝かせ、ゆっくりとポチにひかせる。
途中、水分を与えたり様子を見ながらだったので、当然大して進まず今日も野宿だ。ポチとだけの時は食事自体しなかったので、久しぶりの料理になる。
と言うかそもそも、前世でも碌に料理なんてしていなかったが。とりあえず、豆を煮こんで砂糖と塩だけ少し入れる。あれこれ入れて食べれなければ意味がない。
甘い。柔らかくはなっているし、十分だろう。あと果物も適当に食べやすい大きさに切って二人に食べさせた。
「あーん」
とヨータが甘えてきた。その口に匙をいれるのは、少し手が震えた。人の口に入った状態の匙をつかんでいると言うのは、何とも言えない気分になった。
このまま突っ込めば、簡単に傷ついてしまうのに。何一つ疑うことなく、もっとと口を開けてくる。
私がどんなに力が強いのか、ヨータはさんざん知っているのに。ただの一度も遠慮をしないのだ。この生意気で甘ったれで我儘な子供。可愛い、と素直に思えた。苦しそうな熱をとってやりたい。
「んぅ、おししょうさまぁ」
頭をなでると目をほそめ、頭をよせてきた。眉間をなで、汗をぬぐってやる。そうして最後まで食べさせてから、体を拭いて着替えさせてやる。
「わ、私、自分で食べられますからっ」
「いいから、病人はおとなしくしていなさい」
リョンは手を伸ばしてきたが、ヨータと同じようにしてやった。
リョンは遠慮がちだったが、それでもヨータと同じで、何一つ警戒することなく、着替えもだらんと脱力して任せてきた。
誰かに信頼され、任される。それはこういうことだったのだと、ようやくわかった。誰かに優しくしてあげたいと思うのは、本当はこういうことだったのだ。
単に仕事を任されたり、命じられるのとは全然違う。
今までの善行は全て、徳をつみたいから、善行をしたいからが目的だった。でも今、この二人の世話をするのは、善行だからじゃない。この二人に元気になってほしいからだ。
その違いが、今まで全然わかっていなかったことが、我ながら恥ずかしい。
その夜、二人にずっとついて、それぞれ手を繋いだり頭をなでたり、声をかけたりしながら一晩見ていた。
深夜遅くには、熱が下がってきて、朝方には元の体温に戻っていた。
「おはようございます、おししょうさま!」
「お、おはようございます。昨日はその、ありがとうございました」
目を覚ました二人の笑顔に、これは善行ではないな、と思った。だって、元気になってくれて自分がこんなにうれしいのだから、これは単に自分のためにやっただけだ。
だけど全く無駄とは思わない。これが、大事なことなのだと思えた。
○
二人と出会って、もう2年になる。二人とも随分と大きくなった。ヨータも舌っ足らずが収まり、リョンはぐっと背が伸びて少し女の子らしくなり、私の前でトイレをしなくなった。着替えはまだ同じ空間でしているが、
いくつか、街と呼べる程度に大きな集落も通ったが、二人を渡せるような立派な大人はいなかったし、できるなら大人になるまで自分が世話を見たいと思う。
だけどそうなると、一度ちゃんとした教育を受けさせたい、と言う欲もでてきた。
たくさんの人間が一緒に教育を受ける学校と言うものも存在はしているが、基本的には長期間学ぶのは貴族のような一部のお偉方のようで、平民は閑散期に村長から読み書きや常識を教えられる程度のものらしい。
二人は一応読み書きはできるが、それ以外はわからない。と言うかそもそも私が分からない。
何かお金さえ払えば教えてくれる塾のようなものはないのだろうか。少なくとも今まではなかったが、どこもそれほど大きな都会の街ではなかったからなかった可能性はある。
一度地理関係を教えてもらったのだが、基本的に国の外周、田舎のあたりを回ってきていたのだ。
首都に行ってもし戸籍がどうとか、年齢がとか言われても面倒なので、それからはあえて選んで田舎まわりをしていた。田舎の方が自立年齢が低いし、何より困っていれば猫の手でも借りたい状態であることがおおいので、実際に商品さえ持っていればほとんど受け入れられたが、都会ではどうかはわからないからだ。
が、田舎まわりの情報収集で戸籍がないのはわかっているし、お金もたまってきたのでそろそろいいだろう。
それに2年たっても、私の身長は全く変わっていないのだ。前世ならこれからぐんぐん背が伸びたはずなので、この体は成長しない可能性がある。そうなら大人にみられる年齢までなんて言ってられない。
「と言うわけで、首都を目指しましょう」
「どういう……?」
「王都に行くってことは、王様に会えるの?」
どうやらヨータは順調に世間知らずに育ってきているようだ。これは早急に教育が必要である。低学歴で異世界の非常識人の私でも、王様に簡単に会えるものではないくらい知っている。
あと逆にリョンは賢しく育ちすぎである。育ての親が言っているのだから、またなにか急に言い出した、みたいなジト目はやめなさい。
「王様には会えません。そろそろ君たちも、都会を見てもいい頃でしょう」
「都会かー、どんなとこなの?」
無邪気にヨータが質問してくる。もともとが舌足らずでうまく話せない時からの付き合いなので、リョンとは違い基本的にヨータはため口だ。
一度リョンが敬語を教えようとしたが、その必要はないとやめさせた。なんのことはなく、口調で関係が変わるのがいやだったからだ。
「人がたくさんいますよ」
「どのくらい?」
「すっごくたくさんです」
「お師匠様、行ったことあるの?」
「ありません」
「えー、お師匠様偉そうに言ってるのにないのー?」
「こ、こらヨータ。お師匠様に失礼でしょう」
慌てたようにヨータの肩を小突くリョンに、笑って頭をなでてやる。
別に、今となってはリョンだって、敬語を使わなくたっていいし、もっと砕けたっていいのだけど。一度そう言ったのだけど、恩人であるお師匠様に滅相もないと断られたのだ。
「いいんですよ、私は違う国から来ましたからね。この国の首都は初めてです」
「! じゃ、じゃあ、お師匠様の故郷のこと教えてよ!」
ヨータの言葉に、リョンも目を輝かせた。ふむ。確かに。自分のことはずっと誤魔化してきた。詳しく言うと頭がおかしいと思われるだろうし、あえてごちゃごちゃ説明するのも面倒だったのだ。
だからうすうす察していただろう違う国から来た、と言うだけでも、好奇心をくすぐる結果になったようだ。
「うーん、そうですね。じゃあ、少しだけ、話しましょうか」
「やった!」
「私も知りたいです! お師匠様がどんなところで、どんなふうに生活されてたのかとか、お師匠様のこと、全部知りたいです!」
いつになく強い調子でリョンが叫ぶようにそう言った。いつもは遠慮していたのだろう。話すのは面倒だが、リョンにそこまで求められるのは、何故か気恥ずかしいようなちょっとした嬉しさがあった。
多くは話せない。まして私が人殺しなんてことは絶対に言えない。だけど、少しくらいはいいだろう。
「少しずつ、話しましょう。時間はたっぷりありますからね」
「はい!」
「わーい」
ヨータが手をあげて笑うと、その手がリョンの肩にあたった。リョンは、もう! と満面の笑みからお姉ちゃんの笑みになって、ヨータの手をつかんで膝に放った。それを見て私も笑った。
ポチまで走りながら笑って、ぐぇっへっへ、と声をあげた。それを聞いてポチもあれから体格がかわらないが、声が少し低くなったな、と少し思った。




