災害
それから、いくつかの村を回った。聖人として、と言いたいが、自分から名乗るのも今考えるとおこがましいし、あからさまに善行をしようとしても怪しいので、結局ただ親切な子供商人になっていた感じは否めない。ただ、ちょうどよかったので名前はセージィと言うことにした。
ポチが荷物を持てるようになったので、衣服や多少の保存食ものせることで、怪しまれることなく、またポチの水場に悩む必要もなくなった。
荷物も増えた分、余計に商人として形になったが、何もなくただ闇雲に聖人を目指すのも、何をすべきか悩むところなので、ちょうどいいだろう。考えたら聖人と言うのは職業じゃないしな。
もちろん、できる限り善行はするつもりだったが、そうそう困っている人がいるものでもないし、頼まれるほど信用もされていない。ポチを見て、二度ほど最近出没する獣退治をと頼まれたくらいだ。もちろんそれも大した対価なしに受けているが、まだ聖人には程遠いように思われる。
「ポチ、大丈夫ですか?」
クゥ……
この世界で聖人商人見習いのような何かになって、3カ月。今までは短時間の小雨はあったが、今日はとんでもない大雨であった。足元の歩きにくさは無視できるが、さすがに目に雨が入ると反射で閉じてしまうし、うっとうしい。ポチもまたいつもの元気さはない。
「仕方ありませんね。今日は森で休むことにしましょう」
ワン
道をそれて森に少しだけ入る。それだけで、葉っぱが雨をそれなりに防いでくれるが、それでも全てではない。ポチが寒さを感じるのかはわからないが、折角野営用のタープのような紐をつけた布を前の村で交換したところだ。それほど大きくなくポチがぎりぎり入る程度だが問題ない。
そもそも、このポチは生意気にも、二つ目の村を出てからの野外ではずっと私にくっついて寝ているので、いつも通りポチに包まれるように腰を据えれば十分だ。
「そう言えば、どこも雨が少なく不作で困っていましたね。十分稼げましたし、この雨で潤うとちょうどいいのかもしれませんけど、ここまでひどい雨だと、億劫ですね」
ワォン
「……」
暇だ。
「……ポチ、何か面白い話でもしてください」
……ワォーン、オン、ワフゥ
「何言ってるかわかりません」
ワフゥ
「仕方ありませんね。ここは私が話してあげましょう」
ワン!
暇なので、話す訓練も兼ねて、前世での物語を語ってやった。意外とポチは聞き上手で、合間合間に鳴き声で反応するので、飽きずに話せた。
どうせタープにあたる雨音がうるさくて、ポチの耳元で話す私の声は誰にも聞こえないのだ。犬に話聞かせたっていいだろう。
そんな風に言い訳しながら、私はポチがすでに私にとって大事な存在になっていることを、改めて実感した。
○
しかし、そんな呑気でいられたのはどうやら私たちだけだったらしい。
晴れた翌日、足早に移動してたどり着いた先の村では、氾濫した川でこの先の別の村とを繋ぐ橋が流れてしまったと言うことで大騒ぎをしていた。あと田畑も水だらけで大わらわだった。
これは今回、商人としても相手をしてもらうような暇はないのだろうか、と思ったがちゃんと見張りはいて、村長に面通しまではさせてもらえた。
だが今はとにかく現状確認もできていないので、午後まで待ってほしいとのことだった。比較的大きな村だからか、ポチも荷車をつけたまま中に入れてもらえたので、荷物は先に村長宅におろし、ポチと付近の様子を見て回った。
道は多少水たまりが残っているくらいだが、畑部分は地面が柔らかいのもあってか、大きな水たまりがあったり浮き上がってしまっている苗があったりと荒れている。
田畑を触るのは少し億劫な気持ちもあったが、これは善行の積みどころだろう、と思ってあちこちで手伝いを申し出た。
猫の手も借りたい状況だからか、簡単に自己紹介するだけであっさりと手伝いを頼まれた。
なのでポチに地均しをさせながら私が作物を整えたり、吹き飛んだり雨漏りした屋根の修復を手伝ったりしていく。
元々、器用さには自信がある。前世でもお金がない分、貧乏長屋の手直しは自分でしたりしたし、内職だってしていたこともある。チンピラ家業だって、要は下っ端は雑用ばかりやらされるのだ。肉体労働はそう苦でもない。
今の力もあり、手早く修繕する私のことが噂になったようで、あちこちから声がかかるのでそれらに手をかしていく。
自分から手伝おうか、と言いだすときは気にならないが、向こうから当然のように手伝ってくれと言われると、調子よく人をこきつかいやがって、と言う気持ちになってしまう。
だけど終わると心から助かったと言わんばかりの表情で労わられ、あとで村長宅へお礼をもっていくとまで言われると、まぁいいかと思えるようになった。
自分が少しずつ聖人に人格が近づけているような気がして、気分よく村を回った。
そして午後に、と言う話だったが村長宅へ戻ったのは夕方ごろになってしまった。まだすべての家を回れたわけではないが、さすがに日が暮れてくると作業はできないので仕方ない。
「お疲れ様です。本日はたくさんお手伝いいただいたようで、村の者もたいそう喜んでおりました」
「いえいえ。困ったときはお互い様ですよ」
「まだ幼いのに、大層できた人で。まずは夕食にしましょう。食後にゆっくり商談をさせていただきたい」
今までの村も、村長は商品をもってきた私に少なくとも表面上丁寧に接してはいたけれど、ここはまた丁寧に話してくれる。見た目は小学生の子供だと言うのに。
どこでも村長以外の他の村民は普通にため口なので、村長だけは外部との交渉員としてきちんと教育をうけていて誰であっても外の人間には丁寧に接するのが決まっているのかもしれない。だからこそ、最初のころのポンが口をはさんだのであんなに怒ったのもあったのかもしれない。
大変な事態だろうに、食事は質素ながらちゃんとあじつけされたものだった。今思い出しても、食事が最悪だったのは最初のところだけだ。やはりあれは盛られていたか腐ったものだったのだろう。
……今更怒っても仕方ない。あれもまた、この世界には底辺が存在すると知るために必要な試練だったのだろう。そう思おう。
とにかく商談だが、相変わらず安めの値段を提示された。ここまでほぼレートが変わっていないし、全員ちょっと安いけどと前置きしてくる。
今回は今までの日照りに加えて、この水害だ。無理もない。多少長居して、食料の補給をしてもいいだろう。畑を戻して収穫できるようにしてやることはできないが、繫ぎとして肉類や果実をとってくることはできる。
「助かりますが、しかし、あまり蓄えが」
「これ以上はいただきませんよ。明日からの分は、滞在させていただくお礼です」
「……ありがとうございます。あなたに、ロプレス神のご加護がありますように」
村長は感激したようにそう言いながら、両手でよくわからん動きをした。今のは、胸の前で十字をきるような意味合いの宗教的仕草なのだろうか。
聖人を目指していると言っても、できれば宗教にはかかわりたくないのだが、まぁ、さらっと流しておこう。
翌日から午前はポチを連れて狩りに生き、全員にいきわたるほどの獲物をとり、午後は復興の手伝いをして過ごした。
今までの中では一番大きな村だが、しょせん街レベルではない。家は100もないだろう。住民たちが自分たちだけで直している家もあるし、私が主に手伝ったのは老人だけだったり被害がひどくて人手が足りないところだけなので、4日目には作業が終了した。
「お疲れさまでした。今日まで本当にありがとうございます」
「いえいえ。もうこれで十分、と言うことなら、そろそろ次の村へ向かおうと思います」
「その件なのですが」
村長が言うには、あの大雨で隣町へ続く道にある橋が落ちてから、まだ直っていないらしい。それにかなりの人手がとなれているので、村の中の人手不足だったのもある。
とにかく橋はまだなので、わたることはできず、また向こうからの商人もこないので、できれば橋が直るまでいてほしいとのことだった。
いけなくはないが、それだといつまでいるのか。あまり長居するのもどうなのか、と思わなくもない。あまり深入りすると、また嫉妬心を抱いてしまうかもしれない。
最近はしばらくないので、このまま穏やかな気持ちでいたいのだけど。
とりあえず、一度実際の現場を見に行くことにした。




