14.0話 トーラお母さん
夜も遅いのでスープを作るだけとし、一匹の兎の肉を、スープが煮立つまでに川辺で解体した。
川辺からそれらを持って帰ると、焚火のそばで、エレスが体を起こしてこちらを見ていた。
「ごめん、もう少し待ってて」
待ちきれないのだろうかと思い、そう謝辞を入れる。「うん!」という応えが来る。
しかしエレスはキョトンとした顔になり、
「…ねぇ、トーラは、お母さんじゃないの?」
首を傾げて、そう聞いてくる。
先程の続きだろう。
荷物付近に、兎だったそれを置きながら、
「…お母さんはお母さん、エレスはエレス、トーラはトーラ、じゃないのかな?」
あえて口調を合わせて、そう応える。
エレスの隣に座り、焚火にかけている土器を覗く。
「うん??」
不思議そうな声が隣から聞こえる。
「ん~…じゃあ、友達でいいんじゃないかな?」
無難にそう言ってあげる。
具材を準備し始める。既に細かくしてある。
「トモダチ?それってなぁに?」
エレスのその疑問に、自分の具材を掴んだ手が止まってしまう。
「…一緒に遊んでくれたり、一緒に考えてくれたりする人?」
考えるが説明し難い。疑問形になってしまう。
「??…それってお母さんじゃないの?」
エレスがそう言って、振り出しに戻る。
「うーん・・・」
問答をあきらめて、具材を投入して少し考える。
友達もいなかったようだ。改めてエレスの境遇を思う。
そこまで上手い説明も思い浮かばない。
(どうするか。甘んじて受け入れるか、説き伏せるか…)
…心は決まった。
エレスの顔を見て、笑顔を作る。
エレスもこちらを見ている。
「…わかった。お母さんでいい」
…ここは折れることにした。今日の立役者はエレスだ。
「ほんとう?!」
満面の笑みを浮かべてエレスは確認してくる。
「本当だ。」と肯定するが、その後に「ただし!」と付け加える。
エレスが笑みを止めて聞く。
「トーラと呼ぶこと。お母さんが2人いると、本当のお母さんを呼ぶときに困るだろ?」
そう要求した。
お母さんと思う分には問題ない。人前でそれを言われるのは流石に辛い。しかし、
「??……“トーラお母さん”じゃ…ダメ?」
少し悩み、エレスは上目遣いでこちらを見て、そう聞いてくる。
「……どうしても、お母さんと呼びたいの?」
既に戦況は決まっているが、そう足掻いてみる。
「うん!お母さんは、お母さんだから!」
エレスがトドメの力説をする。
「…わかった、わかった。トーラお母さんです。」
諦めて両手を上げる。白旗だ。
「うん!トーラお母さん!」
満面の笑みを浮かべて、空いている自分の胸に抱き着いてくる。
少しドキリとした。と同時に、酷使された足腰は抑えられず、後ろへ倒れてしまう。
少し呆気にとられる。
…だが、胸元にあるエレスの笑顔を見ると、絆されてしまう。
「…えへへ」
エレスのその声に、心が震える。
幼気なその様子に、心が落ち着く。
何をすればいいか、自然と理解する。
地面に広がった両手を、エレスの頭と背中に置く。
抱いた手で頭を撫でながら、
「…祝福を」
子供にかける、この世界での言葉を優しく伝えた。
「…トーラお母さん」
エレスからただそう呼ばれる。
「…はいはい」
ポンポンと頭に手を置き、優しくそう応える。
「えへへへ…」
…そんな母と子のやり取りを繰り返した…
…スープが出来上がる頃合いだろうか。ゆっくりとエレスの顔を見る。
「………スー…」
エレスは自分の胸の上で寝てしまった。まるで猫だ。
幸せそうなその寝顔を起こすことは、流石に躊躇われる。
スープは勿体ないが致し方ない。明日また温め直せばいい。
薬草もまだ入れてはいないし、焦げ付くほど焚火もないはずだ。
星空を見上げる。焚火の光で少し見え難いが、それでも輝き瞬いている。
深夜であり朝も近いだろう。
母を探してと言われ、ペンダントを渡し、熊に追われ、魔法があり、エレスに母と呼ばれる。
そんな濃密な今日を振り返る。
全てが今日で良かったかもしれない。個別で出てくると、自分はその一点を考えてしまう。
見落としてしまった物もあったかもしれない。
(全ての始まりは、ペンダントと言っていいだろうなぁ。父や家族に感謝だ。)
あの時、ペンダントを渡す覚悟をしなければ、今日という日は無かっただろう。
ペンダントを見た瞬間、エレスの母親の願いも見えた気がした。それは自分の考えに待ったをかけた。
祝福。それは確かにあった。
(魔法もあった。もはや使えないと思ってた“鑑定”も、可能性を示してくれた。)
魔法。この世の理とはかけ離れたもの。エレスにそれで救われた。
しかしそれで倒れてしまった。乱用は出来ないだろう。
倒れたエレスに駆け寄った際、鑑定が表示されていたことを不審に思った。
思い起こせば、魔法を見た瞬間に“そう思って”しまったことに辿り着いた。
魔法もまた鑑定対象だ。もはや解析の類であろう。
鑑定したいからと言って、彼女を実験動物にする気は更々ない。そんなことは自己嫌悪に苛まれる。
(時間はある。ゆっくりでいい)
牛歩でもいい。無事に辿り着くように考えていけばいい。
彼女からもう一人の母と呼ばれる。その信頼に応えるために。
エレスを母親の元へ無事に辿り着かせてあげたい。
エレスの華奢な体を感じながら、視界を閉じた。
トーラお母さん?略してトーさん?…やめて下さい、危険すぎます。
日本語じゃないのでこのネタは無理です…
敬称はあくまでもキャラ付けです。ニュアンスや発音と理解いただけると幸いです。
この話だけであとがきのネタが捗る謎。
地雷がいっぱいありすぎて、本編は遅れる不思議…
ご意見、ご感想、お待ちしております。




