10.0話 ペンダント
2日目の朝。
覚悟はしていた。
目覚めると、少女エレスの顔がまた目の前にあった。昨日よりは表情が軽いか?
「…おはよう、エレス」
「…おはよう」
そう言ってまた顔が引っ込む。なんだろう。…まぁいいか。
早く起きているエレスが立派なだけだ。
「…今日も、スープでいい?」
起き上がりそう聞く。
朝はまだ暗く、まだ少し寒い。自分がそれを欲しかった。
「…うん」
そう言って頷いた。エレスに薬草を飲ませる意味もある。
薬草は磨り潰して患部に塗ってもいいが、そのまま食べてもいいとされていた。
一昨日摘んだ薬草もだいぶ減っている。今日摘んでおくべきだろう。
そのおかげもあるだろうか、エレスのあざは小さくなった気がする。
集落の人らに感謝だ。
―――――
道中は相変わらずである。
自分はセラピストではない。話術も普通だ。
聞けないことは聞かず、言いたいことも気を付ける。
なら、無難にその森の恵みを教えていく。それでいいと思った。
しかし、そこから膨らませていくことはできる。
「…あの木になっている実も食べれるんだ。あれを少し寝かせてから、油で付けるのがこれから行く集落で良く作られているんだ。行ったら食べてみようか?」
「…おいしい?」
「少しすっぱいけどきっと気に入るよ?」
「…すっぱいって?」
「えーと…」
いったい何を食べてきたんだろう。淡白なものが多かったのだろうか?
途中途中、詰まりながらも何とか会話をするが、すぐに途切れてしまう事が多い。
また、話している中で、また彼女の言動には幼さが多いことはわかった。
今はこれで丁度いい。歩くことに体力も使うんだ。そう思うようにした。
―――
陽が高く、何回目かの休憩を木陰で取っていた時だ。
「…トーラ…?」
座っていたエレスがこちらを見上げて口を開いた。初めてのことだ。
「…なんだい、エレス?」
努めて優しい口調で返す。
「…トーラは、お母さんに…会わせてくれる?」
…え?
斜め上の質問がきた。
どう答えたらいいか、窮する。
こちらも商人初年度に、二人旅をずっとなんて悠長に事は構えれないのが本心だ。
無理ですとは言えない。無責任に一緒に行こうとも申し訳ないが言えない。
ならば、
「…エレスが生きていれば、きっと会えるよ」
極力、努めて、優しくそう言った。
エレスに生きて欲しいから、色々と教えている。それも紛れもない本心だ。
ならば生きる希望を持たせることは間違ってない。…はずだ。
「…………………そっか、そうだよね」
少しの沈黙の後、エレスはそう答えた。どちらとでも取れるその言葉。
…その後に続ける言葉を、自分は見つけることは出来なかった。
無言のまま、「…行くか」と言って休憩を解いてまた歩く。
エレスは特に気落ちしている訳では無さそうだった。
(我ながら情けない)
歩き出すとそう自分は心の中で毒をついた。打算でしか考えていない。
言った本人が一番気落ちしている。
少しの無理でも一緒に行こうと言えばいいかもしれない。
背負っている荷物が重く感じる。
八つ当たり気味に馬を見た。何も動じてはくれない。自分で考えろか、まぁそうだな。
(一緒に…か)
エレスは放っておけない気がする。それは自惚れだろうか?
山の集落で明るく育つかもしれない。だがこの時代、母親が探しに来ることはまず考えにくい。
今の彼女の道は、自分の道と重なっている。商人として回っている間に母親はいるかもしれない。
(…目的は母親か)
先程の言を反芻する。彼女は母親に会いたがっている。何で気付かなかったんだろうか。自分という乗り物に乗ればそれは近く、実現できるかもしれないと気付いても、後の祭りだ。
(今からでも一緒に行こうと言うか?)
しかし並大抵のことではない。すぐには判断できない。
…そんな思考を巡らせていると。
「…トーラ?それはなに?」
とエレスの声がする。
少しびっくりする、考えすぎる悪い癖が出てしまっていた。
エレスを見ると不思議そうにこちらを指差していた。自分の胸元を差している。
動揺して少しわからなかったが、それはペンダントだった。
「これ?」とその紐を持ち上げて、優しく聞く。「…うん」とエレスは肯定した。
どう言おうかと、そのペンダントのリングを見る。
ふっと、悩んでいたことが憑き物を落とすように消えた。確かに祝福だ。
―やはりこれは、ただ自分の問題なだけだ。エレスは自分に母親に会わせて欲しいと言った。
それなのに最良の手段を持ち、それを願うだけだと自分はウジウジと考えているだけだ。
今に拘りすぎていた。集落も一段落ついている。交易も急務ではない。
まだ山の集落にもついておらず、その先もそれからである。
何かに追われるようなことは何一つない。
何故、こんなにも生き急いでいたのだろう?
そう今までの自分を自省し、決意し、口を開いた。
「これは家族が、祝福の願いを込めたものなんだ」
そう言って立ち止まり、馬の手綱も離し、ペンダントを外し始める。
「…家族」エレスがつぶやく。「そう、母親とかね」自分はそう補足する。
ペンダントを外し、エレスの目の前に見せる。
「綺麗…」
目を見開いて感嘆の声を出す。少しホッとする。
「…君が生きることを、母親に会えるよう祝福を願う。だからこれは…エレスにあげよう」
少し逡巡するが決めたことだ。
このネックレスも自分から離れるわけではない。エレスと共に守ってくれるはずだ。
きっと集落の人らも納得してくれるはずだ。
「え?!…いいの?」
「あぁ。…着けようか?」
「うん!」
エレスがパッとが笑顔になる。それだけでこうしてよかったと思う。自然と顔がほころぶ。
そのエレスの首にかける。エレスはそのリングをずっと見ていた。
首に手が触れてもエレスは動じなかった。ひもを首の後ろで結んだ。
「うん、似合っているね」
着け終わって全体像を見る。白と黄色が相互に作用して輝いて見える。
それはエレスを守るように映えていた。
エレスはまだリングを嬉しそうに見ていた。
少し悪いかなと思いながらも、そのリングを手にとり、両手で包む。
エレスは「…え?」と言ってキョトンとした。構わず続ける。顔と両手を近づける。
「エレスに生と母の祝福があらんことを…」
家族にそうされたように、そう祝福を願う言葉を石に吹きかける。
少しの余韻を残しリングをエレスに戻してあげる。
自然と自分は笑っていた。そのままエレスの顔を見る。今にも泣きだしそうな顔だった。
…泣き出す前に、子供をあやすように抱きしめた…
――エレスが泣き止み、落ち着くまでそうした。
自分も体を離す。頭を撫でる。
「母さんに会おうな」そう言ってあげる。「……」エレスは黙って頷いた。
空を見上げる。陽は程々に落ち始めていた。
今日の行程も、もう頃合いだろう。
ユビワジャナイヨーペンダントダヨー
…賛否両論あると思います。
どうしようか非常に悩んだ…。




