8話
「すごいですサヴァンさん! こんなに採って来てくれるなんて!!」
あのあとラスタリカ近郊の森に足を運んだサヴァンはそこに自生するウッドマッシュを乱獲した。
スライムにやられてしまったサヴァンだが子供でも倒せるというウッドマッシュは狩れるようで
マキナさんから依頼された数は五体分だったが、調子が良かったので依頼数の三倍である十五体のウッドマッシュを
狩猟した。
様々な種類と形の茸が置かれ、受付が茸を販売する出店へと変貌する。
ウッドマッシュと言っても元々は森に自生している茸のため同じ個体でない場合もある。
エノキダケのように小さいキノコの密集体のようなものもいれば毒々しい色をした個体も存在し
茸の
「これだけあれば十分ですよ。 ホントに助かりました」
「ところでこのウッドマッシュって何に使うんですか?」
「ああ色んな薬の材料になるんですよ。 薬を調合する過程でこのウッドマッシュを加えると
効果が上昇するようですよ。 ですから薬師や錬金術師の間ではかなり重宝されてるんですよ」
「そうなんですか」
「では報酬ですが、ウッドマッシュ一体につき3ゴルド、十五体分で45ゴルドに加えて依頼料として
5ゴルド加算させていただきまして、合計50ゴルドの報酬金になります」
「ええ! そんなにもらっちゃっていいんですか?
そんな大したことはしてませんよ?」
「それでもこちらとしては大助かりですよ! でもホントに大した依頼じゃなくてすみません。
サヴァンさんでも楽勝でしたよね、ハハハ」
「え、ええ、もち、モチロンですとも……」
そこで何故か言いよどむサヴァンだったがそれにはちゃんと理由があった。
もうお察ししていると思うが、実は楽勝ではなかったのだ。
いくら無害な魔物とは言っても何が起こるか分からないためサヴァンは自分の持ち武器である
短剣で狩って行こうとしたのだが、サヴァンの攻撃はいとも容易く躱されるのだ。
正確に言えば躱されるのではなくただ単純にサヴァンの短剣の腕が絶望的になさすぎるため
並の冒険者にとっては的でしかないウッドマッシュでも一匹狩るのに相当な時間を要することとなる事態になった。
それでも何とかコツを掴み始め気付けば十五体も狩っていたというのがサヴァンの中での認識だった。
彼にとっては決して楽な仕事ではなかったためマキナの問いかけに対し難色を示したが当のマキナはそれに気づくことはなかった。
その後二言三言ほど言葉を交わし、現在受注しているクエスト攻略に戻ると伝えギルドを後にした。
ギルドを出ようとしたときにまたあの気持ちの悪い視線が襲ってきたが今回は足早に逃げることにした。
外に出ると辺りはすっかり夜の帳が下りており、夜になっていた。
一先ず明日に向けて体力を回復させるため宿に向かった。
宿に入ると正面に受付カウンターがあり右手には部屋がある階段があり左手は十数組の椅子とテーブルが疎らに設置され思い思いの場所に冒険者が座り酒を飲んだり料理を食べていた。
とりあえず部屋を確保するため受付に行くことにした。
受付には無表情な感情がないような顔を張り付けた二十代そこそこの女性が椅子に座っていた。
茶色のぼさぼさの髪に黒目の瞳を持つ女性で襟と袖の面積が少ない服を着ており
そこから彼女の二つの膨らみが自己を主張する。
「あのー、一晩泊まりたいんですけど……」
「……」
「部屋、空いてますかね?」
「……」
「……」
目線はこちらに合ってはいるもののこちらの呼びかけに一切反応しようとしない。
寝ているのかと女性の目の前で手を振るとその手をはたかれたので一応起きてはいるようだ。
ややあって、ようやく女性が掠れるような感情の籠っていない声で呟く。
「……10ゴルド……」
「えっ? ああ、はいはい10ゴルドですね」
「んっ……」
「鍵? 部屋はどこですか?」
「階段上がって……二番目の……部屋……」
「ああ、そうですか……ありがとうございます……」
最初から最後まで感情の籠っていない接客だったが開いた胸元から彼女の谷間がちらちらと見えてしまい
そこに視線を向けていると、胸を隠す仕草をしながらこちらを睨んできた。
どうやら恥じらいはあるらしいようで胸を凝視していたこちらにも非があったため一言謝罪して逃げるように階段を駆けのぼった。
階段を駆け上がった時に振り返って彼女を見たらまだ睨んでいたらしくばっちりと目が合ってしまったため部屋へと逃げた。
サヴァンはまだそういうことに興味はなかったが、次からは女性の胸はあまり凝視しないようにしようとサヴァンは反省した。
階段を上がって二番目の部屋の鍵を開け今晩泊まる部屋に入る。
そこはただ眠るためだけに用意された部屋のようで無駄な調度品などは一切なく、精々丸いテーブル一つに椅子が二組、簡易的な薄汚れたベッドと明り取り用の蝋燭が一つ置かれただけという実にシンプルな内装だった。
それでも野宿するよりかは何倍もマシではあるし本当に寝るだけなので文句はなかった。
「よっと」
サヴァンはベッドに腰を下ろすと装備品を一つ一つ外していく。
ギルドからもらった短剣に村から持ってきた使い古されたボロボロだが物がたくさん入るポーチと
祖父からもらった革製の財布などなど必要最低限の装備と持ち物をベッドに置いていく。
装備品の数は少なかったがそれでも十歳のサヴァンにとっては軽くはないものなので
装備を外すとどこか身軽になった気分でとても楽な気分になる。
しばらくそのままぼーっと過ごした後、腹の虫が泣いたため酒場と食事処を兼任している一階の食堂で食事をすることにした。
とりあえず自分の身を守るための短剣を腰に装備し直し、お金が入っている財布を持って部屋に鍵を掛け、食堂に向かう。
先ほど受付にいた女性はいなくなっていたので受付を横切り食堂へ入る。
そこは冒険者たちがクエストを終え英気を養う場であり。
酒を酌み交わしながらどんちゃん騒ぎをする者や店員の女の子のお尻を触りその女の子が持つおぼんで殴られる者などとにかく喧騒が絶えない。
酒場独特の酒の臭いに混じって料理のいい匂いが漂ってくる。
サヴァンは空いていた隅のテーブルに腰を掛ける。
するとそれを目ざとく見つけた店員が駆け寄って来ると接客をし出した。
「いらっしゃいませ。 可愛いお客さんだね」
「ども、食事をしたいんですけど」
「オッケーオッケー、ご注文はいかがいたしますか?」
「量は少なめで料理は君のお任せで」
「はいはーい、じゃあしばらく待ってってねんっ」
金髪ショートヘアーの快活な雰囲気の女の子が厨房に注文を伝えに行った。
しばらく待っていると先ほど注文を取ってくれた女の子が料理を運んでくる。
「お待ちどうさまっ。 熱いので気を付けてくださいね」
運ばれてきた料理は何かの肉のステーキと野菜をふんだんに使ったスープ、コリコリとした歯ごたえが特徴的な黒パンにジョッキに入った飲み物だった。
どうやら女の子が気を利かせてくれたのかジョッキに入った飲み物はエールではなく水だった。
お腹の虫も早く食べたいとせっついていたので早速いただくことにする。
まずはスープを一口飲む。
淡白でやや塩加減が少なめだが、野菜の甘みが口いっぱいに広がり何よりスープの温かさが骨身に染み渡る。
続いて何の肉かわからないステーキを一切れ口に入れる。
弾力のある肉片からは肉の旨味が凝縮された肉汁が舌の上を行き交い旨味の連鎖がこれでもかと押し寄せる。
立て続けに黒パンを齧ると肉汁と黒パンが口の中で織り交ざりさらに深みのある旨味を演出する。
「美味しい」
思わず出た言葉に心の中で苦笑しながらも今晩の料理に舌鼓を打つ。
食べ終わった頃さっきの店員がやってくる。
「うわあ、綺麗に食べたねそんなにおいしかった?」
「うん凄くおいしかったよ、ありがとう」
「えへ、どういたしまして。 ではお会計5ゴルドいただきます」
財布から5ゴルドを支払ったサヴァンは店員と別れ部屋に戻った。
部屋に戻るときに先ほどの受付の女性が戻ってきており半眼で睨まれたが気にせずそそくさと部屋に戻った。
満たされた気分で部屋に戻ったサヴァンはその後寝る支度を済ませるとベッドに仰向けに体を預けた。
そして今日あったことを思い返す。
冒険者ギルドで登録して装備を整えその足でクエストを受けたはいいがスライムに敗退。
その後なんとか雑用で路銀を稼げたものの肝心のクエストは攻略できずに終わってしまった。
(明日こそは絶対あいつを倒してメニー苔を持って帰るぞ。 待ってろよスライムめ!)
明日への目標を心の中で叫びながらサヴァンはそっと蝋燭の火を消し、一つ深呼吸をするとベッドに体重を預ける。
まだ始まったばかりの冒険者生活に期待と不安を感じながら、サヴァンは意識を手放すのであった。