4話
「じゃあ行って来るよ、みんな」
サヴァンはそう告げると、踵を返し馬車へと向かって行く。
今日はサヴァンのマグナ巡りが始まる記念すべき日なのだ。
見送りには名無し村の村人が総出で見送ってくれ、祖父のヤードや祖母のミル、ドルトン夫妻やその娘のシェリルなどしばらく親しい人間とも会えなくなる。
そう考えるとなんだか寂しい気持ちが込み上げてくるサヴァンだったが小さい頃からの夢とあの少女との約束を果たすために彼は振り返らずに進んで行く。
「立派な冒険者になって帰ってくるんだよ」
「サヴァン町についたら手紙の一つも寄こすんじゃぞ」
「サヴァンちゃん帰ってきたらお姉さんが可愛がって―――」
「はいはいお前は黙ろうな。 サヴァン、帰ってきたらシェリルのことはお前に任せたぞ」
「ちょっ、ちょっとパパな、なに言ってるのよ、全く。
とっとにかくサヴァン、帰ってきたら覚悟しておきなさいよ!!」
自分が今まで生きてきた人生の大半を一緒に過ごした親しい人間たちと別れるのは忍びないが
彼にはやらねばならない成さねばならない事があるのだ。
最早迷うことなど一切なくサヴァンは愛する者たちと別れ冒険者となるべく名無し村を旅立った。
まず向かうべき場所は名無し村より東北東の距離にして約五十キロメートルの位置に存在する町
【ラスタリカ】に行かなければならない。
その町には一流冒険者を夢見て多くの者が集い、“始まりの町”という通称の通り冒険者になるために
最初に赴かなければならない場所でもあった。
幸いなことに、ラスタリカに向かうという行商人が名無し村に偶然滞在していたため
共に連れて行ってもらえないかと打診したところ快く受け入れてもらえた。
行商人が運搬していたのは料理に使う調味料や日持ちのいい魚介類の乾物などある程度の距離を運搬するのに適した商品を取り扱っているらしく、服や家具、果ては冒険者が使う装備品などいろいろだ。
「坊ちゃんは何しにアスタリカに行くのかな?」
「当然冒険者になるためさ!」
「ははっそうかいそうかい、じゃあ今のうちに装備品を揃えておくというのも必要だろう。
どうだい、何かうちの商品買ってくかい?」
「いや、そういうのは冒険者になってから揃えることにするよ。 今はそんなにお金無いし」
「そうかね、それは残念だ……」
旅の仲間として行商人の中年男性と軽装の防具に身を包んだ傭兵風の護衛が二人に商品を運び出すための獣人の労働奴隷が二人にサヴァンを入れた計六人での旅路となる。
獣人の奴隷は黒光りする首輪を嵌めているものの目立った怪我もないことから、奴隷としての待遇は悪くないようだった。
ちなみにラスタリカまで掛かる日数は徒歩で十日から十五日ほど掛かり、馬車であれば一日中走り続ければ五日ほどで到着する。
石畳にように整備された街道をひたすら真っすぐ進み体力回復のために定期的に休息を取るというサイクルをひたすら繰り返す。
まるで何かの訓練を課せられたような苦行だが、この世界の交通の便は精々(せいぜい)が馬車での行き来が限界だから仕方ないと言えば仕方ない。
大都市ともなれば船や魔力を原動力にした飛空艇なるものがあるらしいがこんな辺境の場所にそのようなものは皆無であった。
名無し村を出発して三日目が経過した辺りで事件は起こった。
突如として街道脇の森から緑色の皮膚に包まれた人ならざる者、魔物が姿を現した。
「ゴブリンか、護衛の方お願いできますかな?」
「わかりやした」
「我々にお任せを」
「ゴブリン、あれがモンスターか……」
名無し村で生活してきたサヴァンにとってモンスターにお目にかかることは滅多にない。
仮に出会えたとしてもスライムやウッドマッシュという無害な茸型の魔物が関の山だ。
先のような明らかな殺意を持って襲ってくるモンスターはサヴァンにとって初めて出会う魔物だった。
森から出てきたゴブリンは全部で三体と小規模なものだが、小柄な体躯による動きはすばしっこく群れでの連携も多彩で低級に位置付けられている魔物とはいえ、油断は禁物だ。
護衛の二人もそれを理解しているのか、ゴブリンと一定の距離を取りつつも急な動きに対応するべく鋭い視線を三体のゴブリン向ける。
しばらく睨み合いが続くも根負けしたゴブリンの一体がこん棒を振りかざしながら大剣を持つ護衛に襲い掛かる。
素早い攻撃だったがその分攻撃に重みがないためそのまま剣で弾き返すと、斬撃をお見舞いする。
斬撃はゴブリンの胴体を腰の辺りで両断し、黒い血を吹き出しながら上半身と下半身に分かれる。
自分たちの不利を悟ったのか、玉砕覚悟の特攻と言わんばかりにこん棒を振り上げ向かってくるが大剣の護衛にそのこん棒が届くことはなく替わりに二体のゴブリンの胸部に複数の炎で形成された弓矢のようなものが突き刺さっていた。
「ファイヤーアロー」
杖を持った護衛が魔法を唱えたと理解したのと同時に残り二体のゴブリンも最初のゴブリン同様沈黙した。
戦いが始まって決着がつくまで僅か30秒の出来事であった。
決着が付くと、大剣の護衛は腰に下げていたナイフでゴブリンの手や耳や牙などを剥ぎ取っていた。
「そんなの何に使うんだ?」
「これはな冒険者ギルドに持っていくと討伐報酬として報酬金がもらえんだ。
モンスターによっては薬や武具の素材になるものもあっからこれで糊口を凌いでる奴もいんだぜ」
「へぇー」
その後討伐したゴブリンの死骸を魔法で燃やすとサヴァンたち旅の一行はラスタリカに向け再び進路を取った。
初めて見たモンスターとの戦闘はサヴァンにとって衝撃的なものではあったがいずれ自分もやらなければならないことなのだと思いながらもいざとなったら逃げてしまいそうな自分に心の中で苦笑した。
そのあと護衛の二人に冒険者としてのノウハウなどを聞いたりしてその日の夜は更けていった。
ゴブリン襲撃から三日後の昼、長かった行商人と愉快な仲間たちの旅路は終わりを告げ、怪我一つなく無事な身体で目的地である【ラスタリカ】まで到着した。
「あの、送っていただいてありがとうございました」
「気にしないでくれ、もののついでだったし。
それに君がいてくれたお陰でおっさんと獣人だけのむさ苦しい旅にならなくて済んだしね」
「おっさんって、あんたも大概な歳じゃねえかよ!」
「そうですよ。 聞けば私たちとそんなに変わらないというじゃないですか」
「ははっ、商人に年齢という概念はありはしないのさ……」
この旅の道中で行商人や護衛の人たちと仲良くなり、今ではこうして冗談を言い合ったりできるまでになっていた。
まあ冗談に関してはあまりセンスのないものばかりなので苦笑いするしかないのだが。
サヴァンはもう一度彼等に礼を言いその場で別れた。
そしてついに念願だった冒険者になるための第一歩である目的地ラスタリカの町に入るのだった。