1話
『―――ヴァン、サヴァン……』
またいつもの夢だ。
目の前には血まみれになった今にも死にそうな5、6歳くらいの少女が僕……俺に向かって話しかけてる。
内容はいつも同じ。 そう、いつも決まって同じセリフ。
『あっあなたは生きて……生き続けて……
そして、いつかこの世界で一番強い最強の冒険者になるのよ……』
彼女の年齢には似つかわしくないほどの儚げで大人びた表情に思わず息を飲む。
そこには俺と彼女の他にもう一つの存在、彼女と俺の命を刈り取ろうとする存在がいる。
そいつは僕……俺たちを蹂躙すべく今か今かと悪辣な笑みを浮かべているように牙を剥き出しにしている。
命の灯が尽きようとする中にあって彼女はまるで母親のような慈愛に満ちた目を向けながら言葉を紡ぐ。
『サヴァン……この先とても辛いことがあなたを待ち構えているかもしれない。
でも負けないで、挫けないで。 あたしはいつもあなたの心の中で生きているから……』
そう言い終わると彼女は背後にいる化け物に向き直りまるで僕……俺を庇うように両手を広げる。
それを止めようと手を伸ばすが、届かない。 どうしても届かない。
そこで意識は遠くなっていき、気が付くと見慣れた家の天井が目に飛び込んでくる。
僕……俺の名前はサヴァン十歳、辺境の小国であるルルリカ王国の南部に位置する小さな集落に生まれた農民の息子だ。
俺の母さんは俺を生むとすぐに死んでしまい、父さんも俺が生まれて一年後に森に狩りに出掛けたまま帰ってこなかった。
今は爺ちゃんと婆ちゃんが俺の面倒を見てくれている。
口数はあまり多くないけど力持ちで優しい爺ちゃんと喋ることが好きだけど厳しいお婆ちゃん。
二人とも僕……俺のことを本当に大切な家族として育ててくれているってそう思う。
「サヴァン、サヴァンや早く起きないね。 今日は爺さんの手伝いをするんじゃろ」
良く通る大きな声で寝ぼけ眼だった意識が徐々に覚醒していく。
今日はお爺ちゃんと森に狩りに出かける日だ。
毎日ではないけど森に入って、森に自生している食べられる野草などを取ったり
野兎や野鳥などの小動物を狩ったりしてそれを日々の糧にしている。
特にうちの集落はルルリカ王国の中でも辺境に位置するためか痩せこけた土地しかないため
作物がうまく育たない。
だからこそ定期的に森に入って森の恩恵に縋らないと僕……俺たちは生きていけないのだ。
上半身裸のパンツ一丁のだらしない姿からいつもの着古した一張羅に着替えると寝室のドアを開ける。
「おはよう婆ちゃん、今日も朝から元気だね」
「それだけが取り柄なもんだからね。 あたしからそれを取ったらな~んにも残らんさね」
僕……俺の祖母で名前はミルという。
六十代くらいのふくよかな身体つきに使い古されたエプロンに身を包んだ眼鏡を掛けた老婆がおり
就寝するときに被るナイトキャップのような帽子を頭に被っていた。
婆ちゃんは俺に向かって自慢気に腕まくりをする仕草で答えてくる。
この光景もいつも見慣れた光景のためもう何も気にならなくなっていたけど
数年前のあの出来事があった直後から見れば考えられない光景だった。
外に続くドアを開け家のすぐ側に設けられた井戸に行き備え付けの桶で水を汲み上げる。
汲み上げられた水は朝の時間帯という事もあってとても冷たく澄み切っている。
その水で顔を洗うと一気に身体が引き締まる感覚を覚えるのと同時にあまりの冷たさに身を竦ませてしまう。
顔を洗い終わって家に戻ると、いつも食事をするためのテーブルの上には婆ちゃんが作ってくれた朝ご飯が用意されていた。
「やれやれまったく、あの筋肉だるま爺はどこほっつき歩いとるのかね!
これじゃあ朝飯が冷めちまうさね」
「何か言ったか、お喋りクソババア」
声のした方を見るとそこには老人とは思えないほどの筋肉を体に纏わせた人物が立っていた。
僕……俺の祖父で名をヤードという。
こちらも同じく六十代くらいの見た目に着古した薄手のシャツの上に作業着のようなオーバーオールを着込んでおり白髪白髭の鋭い目つきが厳格な印象を与える老人だ。
「爺ちゃん遅かったけど何かあったの?」
「おおサヴァンや、な~にちぃとばかし朝の走り込みに熱が入りすぎただけじゃ」
「な~にが熱が入りすぎたじゃ、もうすぐお迎えが来るのにそんな無駄なことをいつまで続けるつもりなんじゃ」
「うるさいぞぃババア、お前こそその無駄口いつになったら直るんじゃ!」
「まあまあ二人ともそのくらいにして朝ご飯にしようよ」
いつもの二人のじゃれ合いという名の喧嘩を止めつつ婆ちゃんの作ってくれた朝ご飯を食べる。
朝ご飯と言ってもそんな大したものではなくあまり質の良くない小麦で作られた黒い色の固いパンに
森で取れた食べられる野草に少し火を通した物と畑で取れた芋を使ったスープの計三品だ。
痩せこけた土地とはいえなにも作物が育たないわけではないため日々の生活を生きるために
畑は作らなければならない。
最もそこから取れる作物は極々少量ではあるがこの村にとっては貴重な食糧源となっている。
塩や胡椒などといった調味料はとても貴重なもののためとてもじゃないけど日々の生活では使えない。
けど婆ちゃんの作ってくれた料理はとても温かくて愛が籠っていた。
「おし、サヴァンや森に出かけるぞぃ。 準備はできとるか?」
「うん大丈夫だよ爺ちゃん、いつでも出られるよ」
「行ってくるぞぃクソババア。 喋りすぎで村のもんに迷惑かけんじゃねえぞ!」
「フン、あんたこそ森で野たれ死ぬんじゃないよ。 まああんたは殺したって死なないだろうけどね!」
「それじゃあ婆ちゃん、行ってきまーす」
二人のいつものじゃれ合いを見届けながら僕……俺は爺ちゃんと一緒に森に出かけて行った。