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仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~  作者: 奈良ひさぎ
第1章:感情のない少女 -Emotionless Girl-
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7MB 直々のお願い

「……どういうことだよ」


 まあ座れ。


 オレは偉そうにヤツにそう言われ、しぶしぶヤツの向かいにあるソファに腰かけた。とりあえず状況が全く分からないので、一番事情を知っていそうなヤツに尋ねた。


「すぐに分かる。もうすぐ事情を知る人が来るからな」

「待たせて申し訳ない」


 ヤツの声にかぶせるようにして、いかにも威厳のある声が響き、応接室のドアが開いた。入ってきたのは髪に若干白いものが混じった、初老近い男性だった。着ている警官服からしてお偉いさんだと気づいたオレは、すっくと立ち上がって深くお辞儀をした。


「いや、いいんだ。今回はこちらからお願いがあって君を呼んだんだ、そこまでかしこまる必要はない」


 その言葉を聞いておそるおそる顔を上げると、にこやかに微笑む男性の姿があった。


「どうぞ、座って」

「は、はい」


 オレはふと、まじまじとオレの方を見つめるヤツの方を目の端で見た。しかし特に何も考えていないのだろうか、無表情そのものといった顔をしていた。表情に変化もなさそうだったので、オレは男性の方に向き直った。


「警視総監の、山内だ。私のことは、よく知っているだろう」

「警視総監……?」


 確かに警視庁所属の警官として、警視総監がどんな人なのかくらいは知っている。警察学校にいた時も集会で激励の言葉をかけられた記憶がある。


「もしかして、」

「そうだ。君のよく知る山内が、私の息子だよ」


 オレと同じ交番に勤務している山内さんの、お父さんだった。比較的知っている人の範囲内だと分かって、オレはほんの少しだけ緊張が解けた。

 しかし同時に、疑問が生まれた。


「……どうして警視総監が直々に、一警官に」

「君に、頼みごとがあってね」


 警視総監はヤツの方を示して、オレの注意を向けた。その手に気づいたようにヤツは少し顔を動かしたが、それ以上のことはしなかった。


「しばらく彼女の面倒を、見てほしいんだ」

「……え?」


 オレの反応が予想通りだったのか、ヤツが少し笑っているのが見えた。しかしオレはつられて笑っている場合ではなかった。


「いや、えっと、面倒を見る……とは」

「彼女はああ見えて、新東京政府の理事の一人だ。しかしほんの数週間ほど前に不幸にも事故に遭って、記憶喪失になってしまっている。一時的なものであるとは、思うがね」

「記憶、喪失?」


 今もこうして偉そうに、応接室のソファに座ってふんぞり返っているヤツが、記憶喪失。

 まさかと思ったが、警視総監の顔は至って真面目だった。


「名前や自分の身分などは覚えているようだが、事故前後の記憶がないようだ。政府理事としての仕事に支障が出るから、生活の保障はしばらく警視庁が請け負うこととなった。そこで、君に白羽の矢が立ったというわけだ」


 そこでオレが選ばれる理由がよく分からなかった。しかし、心当たりがないわけではなかった。


「それは、……違法カジノの潜入捜査で会った顔見知りだから、でしょうか」

「ほとんど正解だ」


 ヤツがやはり足をぶらぶらさせながら、ばっちりオレの方を指差して返してきた。お前には聞いてない、と言いたかったが、警視総監がヤツの言葉を継いだのでオレは黙った。


「警視庁として彼女の話を聞かせてもらったところ、君の名前が出たんだ。警視庁で預かるというのも不可能ではないんだが、面倒を見ると名乗りを上げてくれた課はどこも女性が少なくてね。彼女も居づらいだろうし、それならば警視庁の警官の中でも特に真面目だと評価されている君に預けるのが手だと、結論が出たんだ」

「いや、でも」


 残念ながらオレには何か際立っていいことをした、という記憶はなかった。それに今の警視総監の話は筋が通っているようで通っていない。女性警官の少ない課に置かれるのは不安だろうから顔見知りの男と同居させるというのでは、意味がない。むしろ逆効果ではないかとさえオレは思った。


「あとは、私自身の後押しだ」

「……は?」


 警視総監のいまいちピンと来ない言葉を、再びヤツが継いだ。


「あのカジノで会って以来、お前のことを少し調べさせてもらった。場合によっては他の潜入捜査官に接触することも考えたが、やはりお前が一番付け込みやすそうだったからな」

「付け込みやすいってなんだよ」

「実際、お前もそれほど嫌がっていないようだしな」

「割と嫌がってるんだけどな」


 オレはそれなりに不平を言ったつもりだったのだが、ヤツには通じなかったらしい。再び警視総監の番になって、


「そういうことだ。すまないが、よろしく頼む」


 という言葉で締めくくられてしまった。

 そう言われてしまった以上、警視総監に文句を言う勇気は残念ながらオレにはなかった。分かりました、失礼します、と決まりきったあいさつをオレはして、応接室を後にした。



* * *



「私が転がり込むという話、断りはしないだろう?」

「断れねえよ、あんなの……」


 きっとオレが立場上断れないのを見越して、最初からこの話を警視総監にしたのだろう。どうやら新東京政府の理事とやらは警視総監も認めるお偉いさんの一人らしい。年齢からして違和感しかないが、もしも本当にお偉いさんなら、そういうこともできるのかもしれない。


「まあお前にとっても、悪くない話だ」

「どこがだよ」

「例えば、今の東京に移住して一年も経たない新参者にとっては、あれ(・・)に対処できるというだけでも大きい」

あれ(・・)?」


 警視庁本部からの帰り道、突然隣にいたヤツがそう言った。ヤツの指差した方向を見ると、


「……え?」


 すぐ目の前に、何かがいた。

 それは何か、としか言えないような金属の塊だった。ロボットっぽい外見でもなければ、何か専門的な仕事に使いそうな機械の類でもない。ただ、オレと同じような背丈ほどに大きかった。


「あれが何か分かるか?」

「……いや。さっぱり」



『処理ヲ開始スル』



 金属同士を擦り合わせたような、きりきりとした音が聞こえた。甲高い音ではっきりとは聞き取れなかったが、金属の塊がそう言っている気がした。


「逃げるぞ」

「あ、ああ」

「早く!」


 オレが金属の塊の方をにらんだまま後ろに一歩下がった、その瞬間だった。

 ずどっ、と音がしたかと思うと、オレの足のすぐそばの地面がえぐれていた。金属の塊からは水道管に似た筒が伸びていて、その先からは煙が立ち上っていた。


「わっ」

「何をしている、逃げるんだ!」


 ヤツが叫んだ。今までの様子とは何かが違う。そう思ってヤツの方を振り返ると、ヤツの顔に浮かんでいた表情は焦りではなく、怒りだった。いや、正確には怒りとも少し違う気がしたが、オレの足がすくんでいることに対する焦りでないのは、間違いなさそうだった。


「お前……それとまともに戦えると思っているのか?」


 改めて発せられたヤツの言葉も、やはり怒りを含んでいた。オレが逃げようとしないのに対して、怒っているのだ。

 しかしそれでも、オレの足はすくんでいた。この期に及んで、今オレは目の前の金属の塊に何をされたのか、理解しようとしていた。


「お前がそれを倒せる方法は、存在しない……逃げの一手しかないぞ!」

「……!」


 その一言が、オレを動かした。倒せないと分かってようやく、オレは逃げることができた。


「奴の行動範囲内から抜けられればいい……急ぐぞ」


 本来率先して人を逃がす立場にあるはずのオレは、ヤツに腕を引っ張られるようにしてひたすら道を走った。

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