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仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~  作者: 奈良ひさぎ
第6章:真実はどこに -Facts in Fake World-

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58MB 凛紗と亜凛紗

「凛紗……いつからそこに」

「……最初の方からだ」


 泣き腫らした目の凛紗がオレたちの方に歩み寄ってきた。亜紗が自然に席を譲って、その後に凛紗が座った。


「……ヨド」

「ん?」


 今までの亜紗の話を聞いていたのなら、言いたいことはたくさんあるだろう。オレはなるべく話しやすくなるようにと、怖い声を出さないことに気を遣った。


「亜紗(ねえ)の話は事実だ。私に失った記憶などない。東京大事変を引き起こしたのが私たちというのも、嫌というほど記憶に刻み込まれている。だからこそ、私はこれ以上東京が悲惨な目に遭うのが耐えられなかった」

「ああ。……凛紗なら、そう思うよな」

「感情のない頃の私でも、これが正しいことなのかと疑問を抱いた。もちろん製造者である総理の意向に反することは許されない。総理が知れば、私は失敗作として“廃棄”される可能性すらあった。ヨドが東京に来る、それもよりによって警視庁に就職すると聞いたのはそんな時だ」


 もしもオレがのぞみと一緒に居続けることを選んで、東京に来なかったとしたら。オレに出会うこともなく、本当に凛紗はいなくなっていたかもしれない。ここまで来ればもう、運命に導かれた結果なんじゃないか。そう思えた。


「今だから分かる。ヨドには地元に残る選択肢も十分あったはずだ。総理はヨドの記憶さえ改ざんしているのかもしれない。私を動かすための罠なのではないかとも考えていた。だがそれでも、私はヨドに賭けるしかなかった」

「……ごめん。亜凛紗のこと、覚えてなくて」

「いいや。私が楽観視しすぎていたんだ。私はヨドの元に転がり込みさえすれば何とかなると思っていた。私の考えが甘かったんだ」


 凛紗は自嘲するような笑みを浮かべる。他人を見下す憎たらしい笑みでも、純真無垢な子供のような笑顔でもない、初めて見せる表情だった。


「都立中央高校の地下室。そこで私の感情を奪ったのがヨドだと示す書類があった、と言っていただろう? 私はあの時、ヨドの記憶や周辺が何もかも改ざんされているのを確信した。私の感情は奪う奪われる以前の問題だからだ」

「……じゃあ。そう思った時に、何で言ってくれなかったんだ。確かにお前から見ればオレはただの素人だし、あれこれ教えてもムダになることも多いかもしれない。けど、オレがその時知ってたら、もっとオレもいろいろできたはずなんだよ」

「……その理由は、ここにある。手を貸してくれ」


 凛紗がオレに向かって手を差し出した。いつもと逆、オレが後から手を出すことになった。その手はこれまで通り、のぞみたちいろんな人の手と同じ暖かさを持っていた。

 手を握ると蛍のような小さくて淡い光が現れ、隙間からこぼれた。その光は凛紗からオレに渡って、遅れてオレの頭の中に映像を映し出した。


「これは……」

「私が持つ、円亜凛紗としての記憶だ。亜紗姉も同じものを持っている。間違いなく、操作された今のヨドの頭からは抜けている記憶だ」


 頭の中で二十年も前の記憶が鮮明に映し出されて、そっとオレの中に巻き取られてゆく。生まれてから亜凛紗が東京へ引っ越してしまうまで、彼女の覚えていた五年ほどの思い出がオレに染みつく。不思議と新しい体験をしているようには思えなかった。失くしていたジグソーパズルのピースをふと、思いもしないところから見つけてきたような心持ちだった。


「あの時の亜凛紗の言葉――ヨドが好きだという告白は、本心からだった。亜凛紗の中でヨドとの記憶は間違いなく、かけがえのない思い出だった」

「……」

「ヨドが亜凛紗のことを忘れてしまっているということは、もうあの頃にはほとんど分かっていた。それでも信じたかったんだ。何かをきっかけにして、思い出してくれると。そのためにはせめて、私が亜凛紗の代わりを務めなければならないと思った」

「亜凛紗の、代わりを?」


 補完された記憶から、亜凛紗と会話をしたのがあの告白で最後だということが分かった。いや正確には、そのことは何となく分かってはいた。ろくなことも言えないままになってしまったということに、改めて気づかされたのだ。あの時ほど激しい感情を見せた亜凛紗は、見たことがなかった。


「亜凛紗に近づくには、私にはあまりにも感情が足りない。必要以上に、感情をたくさん学習することに焦っていた。だからあえて真実を打ち明けないことで、ヨドに私の心を動かしてもらおうとした」

「……オレ、まんまと利用されたってことか」

「もちろん申し訳ないとは思った。今の今までヨドには冤罪を背負わせていたんだ。言い訳の余地はない」


 素直に凛紗がオレに頭を下げる。その姿はあまりにも健気で、オレが謝らせているようできまりが悪くなった。すぐに頭を上げるように言った。


「まあ確かに、あの時は相当悩んだけど。身に覚えもないから絶対やってないとも言えなかったし。でもまあ、それ以外に実害はないから、たぶん大丈夫だろ」

「どうせすぐに本当のことを伝える日が来ると思っていた。私の現状を亜紗姉が看過するわけはないし、亜紗姉がヨドと出会えば必然的に、真実を打ち明けざるを得なくなる。思ったよりすぐだったのは間違いないが」


 淀川君もいないのに無理をするからだ、とため息混じりに亜紗が言った。


「……だが結局、私は亜凛紗になることはできない。所詮私は亜凛紗そっくりに作られただけだ。たとえヨドが私を一人の人間として扱ってくれたとして、やはり別人であるのに変わりはない」

「けどまあ、凛紗が想像以上に健気だってのは分かった。そういうとこは妙に亜凛紗に似てる」


 とりあえずいったん話終わりにして、先に食べちまおうぜ。

 オレがそう言ったのを合図に、何も口出しせず話を聞いていた伊達さんとバティスタも目の前の食事に向き直った。しかしオレがスクランブルエッグを食べようとフォークを手に取った、その時だった。ふいにピコン、ピコン、と異常を知らせる音が場に響いた。同時にオレのベッドの枕元に置いてあった端末が振動する。


「……クレイス!」


 凛紗の話で頭がいっぱいで、今の今まで思い浮かんでもいなかった。オレがi-TOKYOに着くまではいたはずのクレイスはどこへ行ったのか。


「……移動を始めたな。それも、無理やり運ばれる形で」

「誘拐されたってことかよ」

「そうでなければ、このような異常を知らせるアラートは鳴らないはずだ。そうだろう、凛紗?」


 亜紗の言葉に、凛紗が突然のことに戸惑いながらも同意の返事をした。


「……こうしちゃいられねえ」

「どうするつもりだ」

「クレイスを探しに行く。それから、その総理ってのを止めに行く。いずれ止めなきゃいけないなら、今止めるのが一番いい」

「それはおすすめしない」


 亜紗が一人立ち上がったオレを、首を横に振って引き止めた。


「なんで」

「今外に出るのは非常に危険だ。意識を操作された900万人が、私たちを殺害すべく外で待ち構えている」

「なんだよそれ……」


 オレは反射的にそう返しつつ、亜紗の言葉に引っかかりを覚えていた。900万人というのに、妙に聞き覚えがあった。


「悠華が言っていた、私たちを殺すというのは表向きの理由だったというわけだ。実際は亡くなって“存在のかけら”だけ残っていた900万人を動かすためのデータを溜め込むためだったんだ」

「……そうだ。東京大事変で亡くなった900万人のことだよな。でも生き返らせる方法は研究途上だったとか……」

「それはハッタリだ。一度死んだ人間を虚構世界で再現して思いのままに動かすだけなら、存在のかけらと莫大なデータ量さえあればいい。その研究は実際には大成しきっている。そしてそのデータが、これまで大量の怪物を倒してきたことでついに蓄積しきったらしい」


 オレは怪物たちを倒せばそれらが分解されて、i-TOKYOにデータとして還元されるという亜紗の話を思い出した。確かに怪物たちは一つ一つの図体が大きく、これまでの分を全て合わせれば900万人分賄えてしまう、という話も納得できないわけではなかった。


「……つまり、」

「総理の命令一つで思いのままに動いてしまう900万の人形が、外で一斉に待機しているというわけだ」


 全身がぞわっとする。いくら一般人相手でも900万人という数には勝てやしない。オレは相変わらず凛紗そのものな亜紗の顔を見る。


「……だが亜紗姉。そう自信ありげに言う時はいつも、何か策を考えた上だと記憶しているが」


 凛紗が亜紗の分のはずだった朝食をぱくつきながら亜紗に言った。改めてその様子を認識した亜紗はあからさまにぎょっとした顔をしたが、すぐに話を続けた。


「無論だ。その900万人になるべく接触しないように、ここにテレポートスポットを作り出す。目的地は総理のいる、新東京政府本部。そこに直接遷移する」

「テレポートスポットを作り出す? 私たちの“創生”はそんなことも可能なのか?」


 凛紗がきょとんとしてみせる。どうやら知らなかったらしい。凛紗が知らないことなんて感情以外にあったのか、とオレは素直に驚く。


「新東京政府を抜け出して淀川君の家に転がり込むのに、わざわざ自分の足を使った凛紗には分からないかもしれないがな。虚構世界では基本的に何でも通用する。もちろん十分なデータ量さえあれば、私たちの方から怪物を作り出すこともできる」

「亜紗姉は……総理を説得すれば、何とかなると思っているのか」


 今まで怪物を散々倒してきたことに比べれば、亜凛紗のお父さん一人を説得するなんて。虚構世界のことなら何でも知っていると言っても、一人の人間だ。オレはそれほど大変なことだとは思っていなかった。


「さあ……今のところは、五分五分だ」


 一瞬でもそう思った自分を殴ってやりたいと思ったのは、それからすぐのことだった。

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