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仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~  作者: 奈良ひさぎ
第6章:真実はどこに -Facts in Fake World-
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56MB 凛紗の感情

「ヒューマノイド……?」


 人間っぽい、という意味。つまり目の前の亜紗も凛紗も人間ではない。言うなればロボット。


「そんな、まさか」

「そのまさかが起こっているのが、この東京だ。私も凛紗も、人間に限りなく近い体を持っている。血液も皮膚もあらゆる細胞も、人工的に作ることのできる最先端のレベルで再現されている。君も凛紗の手を握った時、特に違和感は覚えなかったはずだ」

「それは……でも、」

「信じられないということは分かる。だが、事実なんだ」


 亜紗は食べながら自分の話を聞くようオレたちにうながした。だがそんな場合ではない。伊達さんもバティスタも、その思いは同じようだった。


「だから君が凛紗に出会った時、最初に凛紗が伝えた情報はほとんど全て嘘だ。私たちの製造(・・)年月日は2118年4月20日。東京大事変のちょうど二年前であり、私たちは生まれてからまだ六年ほどしか経っていない」

「13歳だってのが、嘘なのか」

「年齢として名乗るのは間違っている。私たちは円亜凛紗(まどか・ありさ)が亡くなった10歳3ヶ月時点での容姿を再現して製造されている。一方で彼女の精神年齢が13歳相当という結果が出たために、私たちは年齢を13歳と名乗るよう決められていた」


 そんなところからウソだったら、オレはもう何も信じられない。逆に凛紗がこれまで言ったことの中に真実はあるのか、という思いにさえなる。


「凛紗は君に出会った時、こう言わなかっただろうか。何者かによって、感情と記憶を奪われたんだ、と」

「……それも、」

「嘘になる。そもそも私たちは、感情を与えられないまま製造された。君たちには私と凛紗に違いが一切ないように見えるかもしれない。しかし一つだけ、感情を持つか否かというところだけが異なる」


 オレはがたがた震えていた。あれだけ凛紗はオレのことを信用してくれていたのに。オレだって、凛紗のことを信用していたのに。裏切られた、という思いとはまた別の、やり場のない感情がオレの中で沸き起こる。それなのに亜紗は顔色一つ変えず、無表情で話を続ける。


「正確には、感情を学習するプログラムが組み込まれているのかいないのか、という差だ。感情が人間の行動にどの程度の影響を与えるのか、その対照実験を行うのが、私たちが製造された最大の目的だ」

「製造、製造って……うるせえよ。凛紗は人間だ。たとえ作られたんだとしても、あいつをモノ扱いすんじゃねえよ」

「……落ち着いて、淀川くん」


 伊達さんがオレに声をかける。だがその伊達さんでさえ、声がくぐもっていた。オレははっとしてみんなを見る。バティスタも、唇を噛んでうつむいていた。


「すまない。事情を知らない者にとっては、少々酷な現実を突きつけすぎた。しかしこれを知ってもらわなければ、私が君たちと接触した目的を果たすことはできない。特に、亜凛紗の幼馴染である淀川君にとっては」

「……いいのよ。淀川くんも、それは分かってくれるわよね?」


 特に何の目的もないのに、凛紗の姉と名乗るこの少女が現れるとは思えない。そのことはオレも、何となく分かっていた。


「話を続けよう。……分かっているかもしれないが、感情を学習するプログラムを与えられたのは凛紗の方だ。私は感情の起こるべき場面がどういうものか理解できるが、それを表現するのは不可能だ。ちょうど、君に出会ったばかりの頃の凛紗を想像してくれればいい」

「……でもあいつは、最初からオレを見下すような態度ばっかとってたぞ」

「それは初期状態で手違いにより、凛紗が怒りの感情と侮蔑の感情を学習してしまったからだ。そのため私にもその二つは“インストール”された上で、実験が始まった」

「……何もかも、仕組まれてたってわけか」

「学習方法は簡単だ。もう一人の理事である悠華が怪物を生み出し、それを倒す際に君と協力させ、学習プログラムに間接的な衝撃を与える。それによってプログラムが作動し、最初に凛紗が感じた感情を凛紗自身にインストールする。喜び、思いやり、寂しさ、悲しさ、恥ずかしさ。これらが実験開始以降、凛紗の獲得した感情だ」

「獲得した、感情」


 オレは今まで、凛紗がどんどん忘れていた感情を思い出して、人間らしくなっているのだとばかり思っていた。でも違う。凛紗は最初から人間ではなくて、本当に人間“らしく”なっていっただけだったのだ。


「……君は凛紗に、ある種愛情のようなものを感じてはいないか。異性として意識するには凛紗は幼すぎるが、守ってやらねばならない存在だという認識は持っているだろう」

「そりゃ、もちろん」


 何だかんだ一緒に暮らすうちに、意外に凛紗が非力であることに気づいた。怪物と戦う術は持っている。だがその術は一人では活かせない。


「凛紗自身も、君に相当な親愛の情を抱いている。それをうまく表現する方法は見つけられていないが」

「凛紗が、オレに……」

「しかし同時に、酷な事実も知っておいてもらわなければならない。凛紗を君に接触させ、いろんな経験をさせて、豊かな感情を学習させる。それは凛紗の作られた目的の、第一段階にすぎない」


 そこまでやって、やっと第一段階。改めてオレは、凛紗を本当に信用し続けてきてよかったのかと不安になる。そして、不安になってしまったオレ自身にショックを覚えた。


「じゃあ、次の段階って」

「日本の首都である東京の制圧だ。もっともこれは、ほとんど達成されているとみなせる。東京大事変の後に横浜に遷都してしまったのが、唯一の誤算と言える」


 亜紗は淡々と話を続ける。それは今の凛紗と違って感情の表現の仕方が分からない亜紗だからこそできることだと、オレは思った。


「新東京政府の前身が虚構世界の研究を行っていた専門家の集団だった、ということは知っているか」

「それは、凛紗から聞いた」

「東京大事変の後に新東京政府と名前を変えたのは、従来の政府に代わって東京を統治する機関だ、と周知させるためだ。表向きに持つ機能は東京都庁とほとんど変わりない上に、いまだ横浜の旧政府の管轄下という扱いになっている。しかし、実際は違う。新東京政府はすでに、日本全域の制圧に向けて動き出している」


 オレは眉をひそめる。主語が急に大きくなった。しかも日本全域の制圧だなんて、胡散臭いにもほどがある。


「虚構世界という概念は、それほど大きな力を持ったものだ。そして新東京政府内の権力はほとんど、“総理”と呼ばれる一人の男に集中している」


 オレはi-TOKYOで松平が総理の命令で動いている、と言っていたのを思い出した。わざわざ同じ理事である凛紗たちにそう言ったということは、凛紗たちは逆に命令を受けていないか、受けていながら無視しているかのどちらかを意味するのだろう。



「日本において虚構世界に関する研究の第一人者であり、世界で初めて虚構世界を作り出し維持することに成功した業績で、昨年にノーベル物理学賞を受賞した。……円昴度(まどか・たかとし)。それが、“総理”の本名だ」

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