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仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~  作者: 奈良ひさぎ
第6章:真実はどこに -Facts in Fake World-
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55MB みんなで迎える朝に

「ん……?」


 目覚めの悪い朝だった。体がどうしようもなく重くて、今日は一日こうやってゴロゴロしていてもいいんじゃないかと思うくらい。これまで一度も、そんなこと考えた試しもないのに。


「……目覚めたか」


 凛紗の声だ、ととっさに理解して、声のしたキッチンの方を見た。しかしそこで朝食を作っていたのは仮面の少女の方だった。


「……あんたか」

「期待させたようで悪かったな。君がお呼びの凛紗はまだ起きていない。単に体力を使い果たした君と違って、他の三人は怪我を負っている。玲君とアレク君は大したものではないが、凛紗は少なくとも、今日一日は安静にした方がいい程度だ」


 そう説明している間にも、少女はてきぱきと朝食をこしらえていく。その後ろ姿はやはり凛紗そのものといった印象だ。

 オレは重くて仕方ない体を何とか起こす。オレはいつものようにベッドで寝ていて、すぐそばに用意された寝袋の中にバティスタが入っていた。この時ばかりは年相応の少年らしく、穏やかな寝顔をしてすやすやと眠っていた。


「別室に凛紗と玲君がいる」

「分かった」


 実を言うと、オレはその別室が凛紗専用になってから立ち入ったことがなかった。オレが年頃の女の子に見られるとよくないものをいろいろ家に置いているのと同じように、凛紗もそれなりに部屋をのぞかれたくない理由の一つや二つあるだろう、という考えからだ。しかしオレが早く駆けつけられなかったせいで凛紗たちが怪我をしてしまったと思うと、様子を見るくらいはしないといけない。


「入るぞ」


 軽くノックをして、部屋のドアを開ける。


「あ……あら」


 まずオレの目に飛び込んできたのは、無防備な格好をした伊達さんだった。ノックした時に返事がなかったからまだ寝ていると思っていたが、違ったらしい。……いや、気にするのはそこではない。


「す、すみません」


 一番最初に見えたのが、伊達さんの白くて綺麗な背中だった。もう少し健康的な色をしているのぞみとは大違いだ。肌の白さで言えば、たぶん凛紗といい勝負だろう。偶然オレに背中を向けていたとは言え、伊達さんはちょうど着替えの最中だったらしい。オレは慌ててドアを閉めて外に出た。


「なんだ、着替えの最中だったか?」

「知ってたんなら早く言えよ」


 相変わらず感情の読めない声で少女が尋ねてくる。昔高校の頃に、同じようなことをのぞみの着替え中にやってしまったことを思い出した。あの時は確か、腹をグーで何発か殴られたっけ。


「……お待たせ、ごめんね」


 数分して、内側からドアが開いた。今度はカジュアルな私服を着た伊達さんが立っていた。さっきは気にする余裕もなかったが、いつものポニーテールはそこにはなく、ほどかれた髪が(くし)でとかされただけだった。


「ちょっと早く目覚めちゃって。一旦家から着替えを取ってきて、シャワーを浴びさせてもらって。ちょうど今、上がったところだったの」

「……なんか、自由ですね」


 別にシャワー浴びるなとか、そんなひどいことを言うつもりはなかったが、伊達さんがオレの家をそこまで使いこなしていることに素直に驚いた。


「あの子がいいって言ってたから。もちろん、申し訳ないとは思っているわ。水道代の請求が来た時に、よかったら連絡してくれないかしら」

「お前のせいかよ」


 人の家のシャワー使う許可を勝手に出すな。オレは台所に立つ少女に向かって文句を言ったが、対する彼女は「何のことだ?」と一言。白々しいにもほどがある。


「……あとは、朝にラジオを聴くのを習慣にしてて。ラジオの近くで聞いていたものだから、淀川くんのノックの音に気づかなくて。ごめんなさい」

「あ、いえ。それはいいんです。オレが気づかなかっただけなんで」


 さすがの大人の対応だ。無言かつ本気で腹を殴ったのぞみが野蛮に思えてくる。オレはふう、と軽くため息をつく。


「凛紗ちゃんはまだ寝ているわ。あとはバティスタだけね」


 バティスタは寝袋にくるまって、相変わらず起きる様子がない。すると少女がお皿をテーブルの上に置きつつ、オレに声をかけた。


「そろそろ朝食ができる。アレク君を起こそう」


 それを合図に、伊達さんがバティスタを軽く揺さぶった。うーん、とうなって寝返りを打ちかけたところで、バティスタがぱちりと目を開ける。


「……朝?」

「ああ。ちょっといろいろあって、とりあえずオレの家に来てもらった」

「なるほど。そりゃありがたい」

「なんか勝手に四人分朝飯作ってんのは、気に食わないけどな」


 少女はテーブルにてきぱきと、四人分の朝食を並べていた。バタートーストにスクランブルエッグ、レタスにトマトとスモークサーモンの入ったサラダ、加えてヨーグルト。凛紗が気合を入れて作ってくれる朝食と、ほとんど同じメニューだった。


「……庵郷と伊達までいながら、ボクら三人では悠華に手さえ出せなかった。申し訳ない」

「いや、仕方ねえよ。結局訳分からん攻撃しかされなかったし、無力化したのも訳分からん方法だったし。分かったのは今まで怪物を生み出してたのがあいつだ、ってことくらい」

「それなんだけど。ボクや伊達は、悠華が主犯だってこと自体は分かってたんだ。ただ、あいつの“壊生”があそこまで圧倒的だとは思ってなかった」


 バティスタの口から意外な言葉が飛び出した。補足するように伊達さんが続ける。


「“壊生”は“創生”よりさらに使いこなすのが難しいとされていたの。悠華を実験台として研究が進んでいたけど、一般人が使いこなすのは無理だって結論にほとんどなりかけてた。政府が“創生”の研究に一本化したのは、そのためよ」

「ボクたちは悠華があの能力に操られて、ひどい怪我を負うところまでしか見ていなかった。あの後あんなに使いこなせるようになっていたなんて、思いもしなかったんだ」


 新東京政府がそう判断するなんて、よほど使いにくいものだったのだろう。オレはおぞましい量の亀裂を一度に生み出す松平を思い出して、改めてゾッとした。


「さあ。朝食にしよう」


 オレたちの話に割って入るようにして、仮面の少女が言う。


「凛紗はいいのか」

「凛紗以外に、話しておきたいことがある。これでいいんだ」


 せっかく用意してくれた食事を目の前にして食べないというのは、さすがに失礼というものだ。オレたちは素直に席についた。オレは手前の左側に。右にバティスタが、オレの正面に仮面の少女が座り、その隣に伊達さんが来た。


「まず、私と凛紗の話からしようと思う」


 そう言って少女は鉄の仮面を両手で取り去った。その下の顔があらわになった時、オレたち三人は一斉に固まった。


「凛紗……?」


 その顔は凛紗そのものだった。髪型から容姿だけでなく、顔まで同じとなれば、それは凛紗そのものだ。そうでなければあるいは、


「私の名前は、庵郷亜紗(あんごう・あさ)。凛紗の双子の姉であり、凛紗に同じく新東京政府理事の一人だ」

「凛紗が、双子……」

「もう一つ、前置きしておかなければならないことがある」


 仮面の少女――亜紗は、いったんオレたちが注目するのを待ってから、再び口を開いた。



「私と凛紗は淀川遼斗の幼馴染である、円亜凛紗(まどか・ありさ)の生体データを元にして製造された、ヒューマノイド(・・・・・・・)だ」

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