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仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~  作者: 奈良ひさぎ
第6章:真実はどこに -Facts in Fake World-
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54MB “壊生”

「ヒビを作った瞬間に、ヒビの拡大を止める……」


 オレは少し、少女の言葉を心の中で反芻する。きっと少女の力なら、拡大を止めること自体はできるのだろう。


「あらあ、気づいちゃった? でも意味ないわよ、体力を使わなくていいってのがどういうことか、教えてあげなきゃねえ」


 松平のその言葉を合図に、さっきの十倍以上のペースで亀裂が生まれる。やはり無制限に怪物を生み出せるということらしい。


「ありかよそんなの……!」

「だが悠華とて人間だ。必ず隙はある」


 間髪入れず少女の助言が飛ぶ。しかしその間にもあざ笑うかのように空間のヒビ割れは増えてゆく。グラデーションのように次々と亀裂が大きくなり、すぐに亀裂の中から押し広げるようにして規格外なサイズの怪物たちが生まれる。そんな怪物たちによってとうに天井は破壊されていて、空がだんだん暗くなってきているのが分かった。オレはその暗さに気づいて、ふと上空を見た。


「まずいな」


 暗くなればその分、黒に近い体をした怪物たちは見えなくなる。攻撃がだんだん当たらなくなる。その問題を少女も認識したらしく、深刻そうな声でつぶやいた。すかさずオレの体力を消費してゴルフボールほどのサイズの球状の明かりを大量に作り出し、辺りにばらまいた。


「なっ……⁉︎」


 これで明るくなったし大丈夫だ、と思った瞬間だった。オレは自分自身の意思に反して、がくりとその場に膝をついた。すぐに立ち上がろうとしたが足は言うことを聞かない。


「……すまない。とっさに照明の設定を行ったせいで、必要以上に君の体力を消費してしまった」


 オレたちの周りにばらまかれた照明は一つだけでも視界が覆われるほどまぶしく、明るくすることにかなりオレの体力を割いてしまった、という意味だと理解した。しかしそれでも、立てなくなるほどとは相当だ。


「あれを、……照明を元に戻すことは」

「不可能だ。分解すればそれに使用されたデータは自動的にi-TOKYOに還元され、東京という都市自体の所有物になる。失われた体力は、元には戻らない。すまない」


 少女は改めてオレに謝る。オレはさっきまで何ともなかったのに、急に呼吸が早くなったと感じた。オレは皮肉にも明るくなって見やすくなった松平の顔を、ぎりっとにらむ。


「そろそろ終わってくれるかな、厄介だからさあ」


 オレの残りの体力ではどうやら、大量に生まれた怪物を処理しきれないようだった。機能を停止してその場に倒れこんだ怪物が光の粒に分解される一方で、倒せなかった分がオレたち目がけて襲いかかる。


「……っ!」


 腹を貫通してなおあまりあるほどの長さをした、鋭い大蜘蛛の足。それがすぐそこまで迫ってきたタイミングで、オレは反射的に目を閉じた。その直前、さっきの瞬間まで怪物の体を構成していた光の粒が地面に染み込むのがちらっと見えた。



「わ……わあっ! 何なのよアンタたちい!」



 少しの沈黙の後、次にその場に響いたのは他でもない、松平の声だった。悲痛さも何もない、単に驚いた声だった。


「なに……?」


 オレは危機が去ったのかと、不用意に目を開けてしまった。確かに目の前にあったはずの大蜘蛛の足はどこかに消えていた。しかしそれよりもっと目を見張らければいけない状況が、目の前に広がっていた。

 地下空間を埋め尽くす大量の人。服装も顔つきもバラバラで、どこの誰かなど見当もつかない。でも彼らの目線だけは松平にいやに集中していた。オレたち六人しかその場にいなかったのが、急に百数十人に増えていた。さながら都会のラッシュ時の電車内のようだった。


「い……今だ!」


 突然見ず知らずの人に囲まれ見つめられて、松平は目に見えて動揺していた。オレはしばし呆然としていたが、その隙に気づいてとっさに叫ぶ。少女が反応して、松平も我に返る直前でヒビを封じ込めた。


「くそっ……てめえら‼︎」


 すかさず少女は縄を作り出して松平の手を封じ込める。オレは松平への追撃を見届けてから、使えるギリギリの体力まで費やして今度こそその場にへたれ込んだ。


「……やった」

「まだだ」


ぞろっ。


 さながら、極端に規則的な集団行動。その場に突如として現れたオレたち以外の百数十人が、無力化された松平を見つめるのをやめた。代わりに全員きれいに回れ右して、オレと少女の方を向く。


「な……なんだよ」


 誰の目も一様に、ただオレたちを見つめるためだけにあった。そこには何の感情もない。期待も喜びも怒りも悲しみも恨みもない。感情を丸ごと抜き取られたロボットのようだった。

 その人の形をしたロボットが、オレに向かって一斉に歩き出す。運動会の入場行進なら一発で合格できるほど統率が取れていて、オレは気味が悪かった。今見ているのは幻覚ではないか、という気さえした。


「……逃げるぞ」

「に、逃げる? どうやって?」

「私に考えがある。君はこの人間たちの気を何とか引きつけてくれ、三十秒でいい」


 大量の照明を作り出すのと、怪物の相手をするのでオレの体力は生きるのに最低限必要な分以外、すっかり涸れてしまったらしかった。自分で立ち上がることすらままならない。


「くそ……っ、何だよこいつら……!」


 オレにできることと言えば、何とか這いつくばりながら比較的近くに転がる照明を手に取り、なるべく遠くへ転がしてそっちの方に気を向けることくらい。松平の方を向いて、松平よりさらに奥の方へ球状の照明を転がすと、再びぞろっと音がするほど一斉に人々がそちらの方を向いた。必死に力を振り絞って照明を手に取っては転がす、というのを続ける。


「凛紗、玲君、アレク君。力を貸してもらうぞ」


 その間に少女は三人の手を握り、そっと目を閉じてその場に正座し、しばらく祈るような格好をしてみせた。オレは目の端で、少女が祈る先に何か見たことのあるものがゆっくり、3Dプリンターよろしく形成されるのを捉えた。


「あれは……テレポートスポット?」


 黄緑色のキーボードがまず現れて、オレは思わずそうつぶやいた。テレポートスポットって作れるのか。実際作れているのを目の当たりにしてもなお、オレは自分の見る世界に対して半信半疑だった。


「……できた。君はそこのキーボードに、自宅に最も近いテレポートスポットの番号を入力してくれ。私はこの三人を何とか、そこまで引き寄せる」


 本当なら気を失った人を運ぶなんてこと、見るからに華奢な女の子にやらせるわけにはいかない。しかしそれすらできないほどオレは疲弊していた。悔しさをにじませながら、オレは少女の指示に従う。

 壊れたはずが思わぬ形で復活したテレポートスポット。オレは赤ちゃんがするように必死で黄緑色のキーボードまで這っていき、オレの部屋のあるマンションの目の前のテレポートスポットに登録された番号を打ち込んだ。その間にバティスタ、伊達さん、凛紗の手を半ば無理やり組ませて、最後に少女が右手で凛紗の手を、左手でオレの手を握った。


 次にまばたきした時には、松平もあの人だかりもいなかった。オレは最後の力を振り絞って比較的軽い凛紗を部屋に運び込み、残る二人も少女が運び込んで、オレは死んだように眠りについた。

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