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仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~  作者: 奈良ひさぎ
第6章:真実はどこに -Facts in Fake World-
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53MB 敵対する理事

「理事……」


 それは聞き慣れた言葉のはずなのに、同時におぞましさを帯びたものだった。声色が妙にねっとりしていて、聞いているだけでぞっとするものだからだろうか。


「隠れていろいろヤバいことやってるアンタらと違って、アタシは総理の命令で動いてるから。悪く思わないでねえ」

「……凛紗たちをこんな目に遭わせたのは、お前か」


 オレは静かに問う。無力だったとはいえ凛紗たちをこんな目に遭わせた目の前の女が、本当は怖かった。だがそんな弱音は吐いていられなかった。


「アタシだ、……って言ったら?」

「オレはお前を許さない。警察官として、やるべきことを……」

「ちょっと待ってよ、警官さん」


 初めて会うというのに、親しい友達に対するような話し方だった。


「何か勘違いしてない? そもそもこの虚構都市の歯車が狂って、維持できなくなりそうになってるのはほかでもない、そこの庵郷サマのせいよお。しかもアンタみたいな素人にベラベラ虚構都市の話までしちゃって。ま、それに関しては伊達もバティスタも共犯だけど?」

「凛紗が悪い? ふざけんなよ。凛紗とオレはこの東京で何が起こってるのか調べて、襲ってきた怪物を倒してるだけだ。ここにいる人間として当たり前のことだろ」

「……それが迷惑でしかないつってんのよ」


 ばきん、とガラスの割れるような音がして、空間(・・)にヒビが入った。その裂け目を押し広げながら、さっき見たような大蜘蛛が姿を現す。


「伏せろ! 手を出せ!」


 オレはとっさに隣にいた仮面の少女の指示に従った。一瞬のうちにオレの体力データが消費されて、破壊光線が大蜘蛛を貫いて消し飛ばした。


「……そもそも時代遅れの地方からのこのこやってきたバカに東京のことを教えてくれなんて、誰が頼んだってのよ。どうやって記憶処理もされないまま政府の施設を脱走できたのか知らないけど、そこの庵郷サマはやましいこと企んでるわよ。……確実に、ねえ」

「記憶処理を、されてない?」

「あら知らない? もしかして記憶喪失なんだ、とか吹き込まれてた? ダメよお、そんな甘言信じてちゃ。全部、何にも知らないアンタをだますための作戦なのにい」


 凛紗がオレをだます?

 そんなの信じられるか、とすぐにでも言いたかった。だが言い出す直前でふと思いとどまった。もし、もしも万が一、この松平という女の言うことが正しいとしたら。


「その顔、思い当たるフシがあるって感じね。新東京政府が何やってるか分からない、怪しい組織だと思うように誘導した上で、自分がその新東京政府に記憶を奪われた、なんてありもしない事実を添える。なかなか庵郷サマにしてはよく考えたシナリオじゃない?」

「……900万人も人が死んでんのに、その実験を強行してる。それだけで十分、新東京政府は怪しい組織だ」

「その言い方だと、2120年のあの事故はわざと起こされたものだ、とか聞いちゃった感じ?」


 オレはずっと松平をにらんでいた。オレが言葉の一つ一つに露骨に反応してしまうのを、心底楽しんでいるような表情だった。


「じゃあ問題。例の事故が新東京政府によって計画的に起こされた……これは正しいかしらあ?」

「……っ!」

「分かってたでしょう? 誰かが起こすんだとしたら、それはもう政府しかないって。虚構世界について日本で理解があるのは、新東京政府だけなんだから」

「……よくも、よくも平気で」

「900万人の命を奪っておいて、そんなことが言えるな、って? そう言いたいの?」

「てめえ……!」


 ついに松平がこらえきれずに笑い出した。対照的にオレの怒りはふつふつと沸き上がる。


「手に取るようにわかるわあ。でも分かるわよ、その気持ち。もしも900万人が死にっぱなし(・・・・・・)だったら、誰だってそう言いたくなるわよねえ」

「ふざけんな……生き返らせる研究をしてるだかなんだか知らねえけど、そんなのが簡単にできてたまるか」

「何言ってんの」


 急に松平が真顔になる。冷たい、氷をそのまま宿したような瞳だった。オレはその豹変にぞっとする。


「アンタはここが虚構世界だってことを、もう一度認識した方がいい。現実では決して起こり得ないことが、虚構世界では意図的に起こせる。人間の代謝の限界を超えた肉体強化も、地上何十階とある建物を一瞬で建築するのも。死んでから何年も経った人間たちを、思うがままに蘇生させることも」


 そこまで言ったかと思うと、急に松平は表情を崩して軽快に笑った。笑いが起こったのに、その場には緊張の糸が張りつめたままだった。


「……もちろん、こそこそ企んでる理事四人と素人警察官。アンタたちを殺して、最初からいなかったとこの世界に認識させることも」


 それが戦闘開始の合図だった。松平を中心として、空間にいくつもの裂け目ができる。そのどれもが初めはスーパーボールほどのサイズだったのが、すぐに加速度的に膨張してぐにゃり、とねじ曲がった。そこをかき分けるようにして、次々に体の一部が異常に強化された怪物が生まれる。


「……凛紗は今、戦える状態ではない。同じ力を使える私がその代わりを務められるが、君はどう思う?」

「決まってる。力を貸してくれ」


 今はこの少女が誰なのか、凛紗とどういう関係にあるのかなんて気にしている場合ではない。オレは即答して、少女の手を握った。


「ほらほら、まとめて食べちゃうわよお」


 足が異様に硬く鋭くなっていたり、蜘蛛の形をしながら足が数十本あったりと異常な強化をされてはいたが、怪物単体は敵ではなかった。オレはあくまで体力をデータとして供給することが中心で、時々処理する敵の優先度を意見する以外は基本的に少女任せだった。対する少女はオレから受け取ったデータを的確に多彩な攻撃手段に変換して、怪物を確実に倒してゆく。その身に余る攻撃を受けた怪物は散って光の粒となり、そのまま地面に吸収されていく。


「悪あがきにもそのうち限界が来る。遠慮なく叩き潰して、i-TOKYOの糧になってもらうからねえ」

「……まずいな」


 何体潰したかも分からなくなってきたところで、少女がふと声を出す。オレは少しだけ少女の方に目線をやった。


「悠華が体力を消費して怪物を生み出しているという痕跡が見当たらない。このままでは無限に怪物を産生されて、いずれ押し切られる」

「体力を消費してない……?」


 松平は華奢な体型で、決して体力のある方には見えなかった。にもかかわらず、これだけ大量の怪物を生み出しておいて、呼吸一つ乱れていなかった。体力を全く使っていないというのは本当なのだろう。だが、


「……じゃあどうやって生み出してるっていうんだよ」


 体力を使わないで虚構世界に物を一から作る方法はあるのだろうか。凛紗やオレの隣にいる少女とは違う仕掛けなのだということは分かるが。


「“壊生(かいせい)”だ」


 少女はすぐに答えを告げた。どういう字面なのかさえ分からなかったが、それはすぐに「壊して生み出すと書く」と補足があった。


「虚構世界においてデータを材料にして一から物を作り出す“創生”とは異なり、データを媒体としない代わりに一度破壊の過程を経てから、物を作り出す。“創生”と並行して研究されていた力だ」

「一度破壊する……」

「空間に入ったヒビはまさしく、虚構世界に対する破壊行為の証拠だ。破壊することでごく狭い範囲に現実世界とのつなぎ目を生み出し、虚構と現実が同時に同じ場所に存在する、という矛盾そのものを媒体として、物体を産生する」


 凛紗がするのと同じ、難しい説明だ。オレには案の定理解できない。いや正確には、理解しようとしても引っかかるところが多すぎて、その疑問で頭の中がいっぱいになってしまう。だからオレはあえてムッとされるのを承知で、手短に尋ねた。


「それでだ。……どうすれば、あいつを止められるんだ」


 するとほんの少し間を空けてから、少女が答えた。それこそ出会ったばかりの凛紗がよくやっていたような、得意げな声色。



「簡単な話だ。悠華が空間にヒビを作ったその瞬間に、ヒビの拡大を止めればいい。そうすれば矛盾は発生せず、悠華は無力化する」

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