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仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~  作者: 奈良ひさぎ
第6章:真実はどこに -Facts in Fake World-
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52MB 凛紗に似た少女

「凛紗……? 何でこんなところに」

「細かい話は後だ、急ぐぞ」


 結構大事な話だけどな、と思いながらも、少女の緊迫した雰囲気からそれを口に出すことはできなかった。オレは凛紗そっくりの少女に引っ張られるようにして、再びi-TOKYOを目指して走り始めた。


「なあ、凛紗」

「初めに言っておくが」


 呼びかけをあっさり遮られた。そのあたりは凛紗そのものだった。だがそれはおかしい。テレポートスポットを壊されたのなら脱出はできないはずだ。


「私は確かに凛紗だが、同時に凛紗ではない。君が普段見ている凛紗とは、違う凛紗だ」

「……訳が分からん」


 そもそも今ので説明になったと思っているのか。オレはそう言い返してやりたかったが、仮面の下の顔が得意げな表情だということは何となく分かった。凛紗ならここで、得意げな表情を浮かべそうだと思ったからだ。説明できたと本人は思っているらしい。


「今は分からなくて構わない。虚構世界についてそこまで知ってしまったのなら、いずれ自然と理解することになる」

「自然と、理解する……」

「急ごう。凛紗が今頃まだ逃げ切れているという保証はない」


 走っている間にもあちこちで、怪物がオレたちを見つけては襲いかかってきた。だが攻撃を仕掛けてくるかなり前の段階で、少女があっさりと仕留めてくれた。オレの体力を勝手に使って。


「凛紗のと同じ能力……確か、“創生”って言うんだっけな。いったい何なんだ、あんた」


 少女の攻撃は破壊光線を放つやら、オレの背丈くらいの体長のライオンを生み出すやら、大量のスズメバチを生み出して向かわせるやらと多彩だった。そしてそのどれもがことごとく命中し、怪物を次々に倒していった。


「i-TOKYOは虚構都市東京の要だ」

「知ってる。それは凛紗から聞いた」

「ではああやって息の根を止めた怪物を分解してデータに還元したり、損壊した建物を元に戻したりするのにもi-TOKYOが関わっている、という話は?」

「それは……」


 言われてみれば理解できるが、凛紗から直接聞いたことはなかった。


「君たちが盛大に東京の街を荒らし、怪物をなぎ倒した後片付けをやっていたのは他でもない、この私だ」

「それは……ごめんなさい」


 建物やら何やらをぶっ壊しておいて、次の日には元通りになっていた。考えてみれば誰かが片付けないとつじつまが合わない。


「いや、謝る必要はないさ。結局のところ私が片付けることによって、これまでこの虚構都市がそれほどの問題もなく機能してきたのだから。……もっとも、今は例外だが」


 少女はそうやってオレと話しながら、次々向かってくる怪物の相手をしていた。これほどひどい襲撃を受けているというのに、東京駅にいた人間がみな落ち着いていたことがオレはだんだん不思議に思えてきた。何度もその手の怪物を目の当たりにしてきて、ある程度耐性のあるはずのオレでさえパニックを起こしそうだ。


「……凛紗とは、仲良くしてくれていたか?」

「え、まあ……って、やっぱりあんた、凛紗とどういう関係なんだよ」

「そうか、それならいい。それに、私のことなどどうでもいいだろう」

「よくねえよ」


 オレは一旦立ち止まって、少女の顔を見つめる。仮面の下でどんな表情をしているのかは分からない。オレは息を整えるのに少し時間を取ってから、続けて彼女に言った。


「確かにオレはただの上京したてのヒラ警察官だよ。虚構世界なんてのは凛紗に教えられるまで知らなかったし、今も正直ちゃんとは理解してない。けど、凛紗は昔の幼馴染そっくりなんだ。オレはどういうわけか覚えてないけど……でもそれだけで、凛紗やあんたのことを知っていい理由には、十分なるはずだ」


 少女はひたすら黙ってオレの話を聞いていた。オレが口を閉じた後もしばらく、言葉を発しようとはしなかった。何とか言えよ、とオレがしびれを切らして言いかけたタイミングで、少女がようやく口を開いた。


「そうか。凛紗やその幼馴染――亜凛紗への想いは、よく分かった。それに関しては、いずれ話すべき時が来るだろう。だが今はまだそのタイミングではないというのも、また事実だ」


 回りくどい言い方だった。それこそ、


「……誰にも口外するなって、言われてるのか」


 オレでもそう思ってしまうくらいに。


「まあ、そう思うといい。今は目の前の脅威に対処することが最優先だ」


 悔しいが少女の言うことは正論だった。オレはもう一度端末でクレイスの位置に近づいていることを確認して、少女と一緒に走った。


 それから何分、何十分経ったのかは分からない。少女がふいに立ち止まったのに従って、オレも走るのをやめて目の前の景色を見た。


「位置情報を見ろ。ここがi-TOKYOで、間違いないはずだ」


 少女の言う通り、ちょうどオレのいる位置とクレイスの位置を示す赤い点が重なるくらいの場所にオレたちはいた。しかし、目の前には平屋の寂れた小さな倉庫があるだけだった。外壁の塗装があちこちはがれていた。


「i-TOKYOはこのあたりの地下一帯に広がっている。この倉庫もそれらしくあるだけで、ただのカモフラージュだ」

「そんなことしてまで……」

「見ろ」


 少女の声がより緊張感を帯びる。右を振り返ると、大蜘蛛の姿をした怪物が、その身に似合わない頑丈そうな太い足であたりを壊して回っているところだった。黒く不気味な光沢を持つその足が三発地面を殴った時、大きく地割れが起こった。

 言われなくても危険だと言うことは分かっている。だがオレは迷わず怪物に向かって走った。すぐに少女がオレの手を握って一瞬で怪物を吹き飛ばし、二人同時に地下へ続く空洞へ飛び込んだ。


「なっ……」


 少女がとっさに作り出したらしいトランポリンにふよん、と着地し、周りを見渡す。すぐそばに背丈の小さな二人と、大人の女性が一人倒れていた。間違いない。


「凛紗……!」


 その中でも亜麻色の髪をした小さな少女にオレは駆け寄る。オレの呼びかけが聞こえたか、うめくような声を出してうっすらと目を開けた。


「ヨ……ド……」

「大丈夫か⁉︎」

「……なに、少し油断しただけだ……致命傷は、負っていない」


 凛紗の声はか弱かった。さっき電話越しに聞いたのは別人の声かと思うほどだった。凛紗はそれだけやっと言ったかと思うと、再び目を閉じてかすかな寝息を立て始めた。それでも、オレは何とか凛紗たちが無事でいてくれたことに安心した。


「私が簡易的な治療をしておこう。君はアレク君と玲君の無事を確かめるといい」


 その言葉に従ってオレは凛紗のもとを離れ、ひどく擦りむいているバティスタと、スーツのあちこちが汚れて破れ、血もにじんでいる伊達さんの方へ駆け寄った。一瞬揺り起こそうかと考えたが、致命傷でないのが表情から分かった。今は寝かせてあげるべきだ。


「一旦戻って、態勢を立て直した方がいい」


 凛紗の状態を一通り見終わってから、少女が小さく口にした。オレはうなずき少女と交代で凛紗の方に戻ろうとした。


「あーら。困るのよねえ、そういうの」


 暗くてよく見えない奥の方からコツ、コツと靴音が聞こえた。オレはねっとりとした声に思わずびくっとして、反射的に近寄る人影をにらんだ。


悠華(ゆうか)……!」


 一番に反応したのは少女だった。影から出てきたその女はふふ、と笑う。


「こんなところに理事が四人(・・)も。手間がかからなくて助かるわあ」


 そのまま女はねっとりとした声と目線を、オレに向ける。無造作に広がったくしゃくしゃの金髪と、生気のない赤い瞳がやけに特徴的だった。



松平悠華(まつだいら・ゆうか)。アタシも新東京政府の理事ってやつ。よろしくう」

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