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仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~  作者: 奈良ひさぎ
第1章:感情のない少女 -Emotionless Girl-
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5MB 東京の技術

 オレはベッドに座る亜麻色の髪の少女を、じっと見つめていた。


「……嘘だろ」

「分かったか?」


 ヤツはオレの方を見てニヤニヤしつつ、足をぶらぶらさせていた。


「……いやでも、中身がこんな人だとは予想できねえよ」

「当たり前だろ。変装しているのにもとの人間の特徴を反映していてどうする」


 ここに来てオレが困ったのは、ヤツがせいぜい中学生か高校生かというところだ。オレと同い年か、二つ三つ違う程度ならまだ問題ないのだが、十ほども歳が離れているとなると話は変わってくる。


「……一応、聞いておきたいんだけども」

「私の話か? 少し程度なら漏らしてやらんこともないが、代わりにお前の話もしてもらうからな」

「分かったよ」


 確かに情報を聞くだけ聞いておいてこっちは何も言わない、というのは不公平な気がしたので、オレは素直に返した。


「……さっきも言ったが、私の名前は庵郷凛紗だ。変わった名前だ、覚えやすいだろう? 歳は13、職業は新東京政府の理事だ。筆頭理事ではないから、大したことはないがな」

「待て待て待て、情報量が多い」

「今の話のどこが多いんだ」


 一応情報は手に入ったが、しかしそれをオレの頭の中でどう処理していいのか分からず、反射的にそう言ってしまった。


「まず……やっぱり中学生だったのか。やべえな……」

「私は”中学生”などではないぞ」

「……は?」

「私ははっきり職業がある、すなわち働いていると言ったはずだぞ。それに、今の東京に”中学生”という身分は存在しない。もう遠い過去の話だ」


 オレの記憶が正しければ、中学校というのは義務教育で、誰しもが通る道のはずなのだが。しかしここ東京では、そうではないらしい。オレの地元ではほとんどの連中がそのまま高校に進学していたから、高校も義務教育化していいだろう、と言う人も結構いた。それなのに、ただ中学校に行っていないだけでなく、そもそも中学生というのが存在しないとはどういうことなのか。


「……それに、新東京政府?の理事って」

「もしかして、何も知らないのか? 新東京政府の名前さえ知らないのは、さすがに無知すぎる」

「無知で悪かったな。あいにくこっちは東京に来たばっかなんだよ」

「……なるほど。そういうことか」


 ヤツは妙に納得したような表情をしたが、しかしすぐにまた見慣れたほくそ笑みを浮かべた。それからベッドのそばに置いてあった小型端末を手に取って、まじまじと見つめ始めた。


「どうりでこんな旧世代的なものを持っているわけだ。東京出身の奴がこんなものを持っているはずがないからな」


 その小型端末とは、それ一つで他人との連絡やメッセージのやり取りから、文書作成までできるスグレモノ。かつてはスマホ、と呼ばれていたものの進化形らしい。

 しかし少なくともオレの地元では、この端末は最新技術の詰まったみんなの必携品だった。決して時代遅れとか、そんな言葉が使われるようなものではなかったのだ。


「これが旧世代……って」

東京以外(・・・・)では最新機器かもしれないが、ここではこんなもの、誰も持っていないぞ。ほら」


 ヤツはオレの端末をベッドそばのテーブルにもう一度置いた後、ぶかぶかのグレーのパーカーの袖をまくって腕をオレの方に見せてきた。日焼けというものを知らないのか、と言いたくなるほど、生っ白くて細い腕だった。

 そうやってオレの前に差し出された右腕には、先ほどまでヤツが握っていた端末と同じような画面が映し出されていた。ヤツがそれを軽く指で手の甲の方へスライドさせると、画面がその方向に動き、そのまま部屋の壁に映し出された。


「東京に住む奴はみな等しく、右腕にチップが埋め込まれている。それでこんな画面を映し出すわけだ。だからこの技術を知らないならまだしも、これに置き換わる前の端末を持っている時点で、東京出身でないことが明らかになる」

「マジかよ……」


 オレは単純に知らなかったことより、この端末を持って何気なく使っていたせいで、みんなに地方出身だと一発でバレていたのかもしれない、ということの方がショックだった。オレもなんだかんだ東京に早く馴染んで、まるで東京人、みたいな雰囲気を出したいのかもしれない。


「……といった話は、全て警察学校で教わる内容のはずだが。東京の特殊性しかり、東京でのみ適用される技術しかり」

「……そう言われれば、聞いたことがある気がする。全然分からなくて聞き流したけど」

「それでよく東京で生きていこうと思えたな。今の東京をお前の常識の範囲内で理解するのは、不可能だぞ?」


 確かに警察学校で座学の授業を聞き流していたことは悪いと思っている。同時にそれでも卒業できたのだから、あまり重要なことではないのだろう、ともオレは思っているのだが。

 しかしオレはなんだかムッときていた。一度会っているとはいえ、見ず知らずの子にここまで言われる筋合いはないだろ、という話だ。


「オレだって言われなくても東京のことくらい知ってる。十歳も年下の子に教えてもらわなくてもな」

「それが、全く分かっていないことの何よりの証拠だ」


 断言された。大真面目な顔でヤツはそう言った後、不意に例のしたり顔に似た笑顔を見せた。


「東京を本当の意味で全て理解している奴など、一握りもいないさ。もちろん、私も含めてな」

「……」


 新東京政府の理事だとかなんとか言うから、かなり東京のことを知っているのかと思いきや、そうでもないらしい。

 オレが黙っていると、ベッドに腰掛けていたヤツはこてっ、と寝転んでしまった。突然電池が切れたロボットのような動作だった。


「……寝る」

「は?」

「教えてやってもいいんだが、疲れた。話も長くなるだろうし、明日でも十分間に合う。家に入れてくれて助かった。また明日」


 一方的にそう言うと、ヤツはそのまま本当に眠ってしまった。オレのことを信用しているのか、はたまた全く気に留めていないのか。どっちにしても複雑な気持ちになるな、とオレは思っていた。


「あ……」


 ヤツはびっくりするくらい、すやすやと寝息を立てて深い眠りについていた。それを見てから、飲み損ねた酒をどうしようかと考えつつ、オレはシャワーを浴びようとして、ふと気づいた。


「オレ、寝るとこないぞ……」


 酒がどうこう言っている場合ではない。しれっとベッドをとられたことに、だいぶ経ってから気づいた。酒も入れていないのに硬い床に寝るのはごめんだったので、オレはシャワーを浴びた後、片付けが面倒なのを承知で寝袋を引っ張り出した。

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