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仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~  作者: 奈良ひさぎ
第6章:真実はどこに -Facts in Fake World-
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49MB 『i-TOKYO』

『ヨドがちょうど東京を出たタイミングで起きた話だ。連絡するべきかしないべきか悩んだんだ、しかしそんな悠長なことも言っていられなくなった』


 オレはのぞみや母さん、父さんに仕事で急に呼び出された、と嘘を言って大急ぎで荷物をまとめ、結局久しぶりの地元をあまり満喫できないまま電車に飛び乗ることになった。元より少し早めに東京に戻るつもりでいたのだが、その予定が丸一日早まってしまった。


 何があったんだ、分かる限りでいいから説明してくれ。


 予約を取り直した特急列車に飛び乗り、空いていた席を取ってから、オレは凛紗にメッセージを送った。既読のサインは一分もかからないうちにつき、返事が返ってきた。


『表面上の話をするなら簡単だ。金属の塊やらカニやら大蜘蛛やら、あの手の大きな怪物が東京中で発生して暴れまわっている。新東京政府も非常事態宣言を出している』


「……おいおい、結構やばそうじゃねえか」


 あの手のデカブツが警察官たちが集まって対処できるものでないことは、何となくオレも分かる。とにかくデカすぎて、拳銃など出してきてもまるで太刀打ちできないのだ。


「凛紗は無事なのか?」

『心配するな、こうして話せていることが何よりの証拠だ。だが、人の集まる場所を中心に被害が大きい。不用意に外に出歩くのは危険だな』

「どうすんだよそれ……」


 オレは凛紗が物陰に隠れつつ、震える手でメッセージを送るのを想像してしまった。そのせいでますます心配になる。


『幸い、東京駅周辺は今のところ被害報告がない。西部リニア新幹線も通常通り運転している。ひとまず、東京駅で落ち合おう』

「いや……そりゃ、東京駅だって今は大丈夫かもしれないけど、」


 オレは巨大なカニが東京駅を襲撃した時のことを思い出す。駅舎がカニの足で潰されてぐしゃぐしゃになっていた。もう一度あれに遭遇するのは勘弁してほしい。


『問題ない。新宿、原宿あたりの被害はカモフラージュだ。奴らの真の目的は、“i-TOKYO(アイ・トーキョー)”にある』

「“i-TOKYO”?」


 わずかに聞き覚えがあって、オレはそのまま言葉を返した。凛紗の長文メッセージが呼応するように続いた。


『体力由来のデータ、あるいは貨幣として用いるためのデータを管理する中央施設だ。アレクが以前言っていた通り、虚構世界において一からモノづくりができる人間は限られている。一般的には労働力などの可視化できないものと交換で、この施設からデータを受け取ることになっている』

「……つまり、食べ物作るのも建物建てるのも、全部その“i-TOKYO”ってやつを通さないといけないってことか」


 すかさず凛紗が何やらかわいらしいウサギのスタンプを送ってきた。あいつこんなかわいいの持ってたのかよ。イラストを見るに、どうやらちょっと感心しているらしい。


『より具体的に言うとそういうことだ。理解が早くて助かるな』

「偶然だよ偶然。たぶん今は頭の回転がよくなってるんだろ」

『ずいぶん卑下するじゃないか。幼馴染とやらに会って感傷的になっているのか?』

「そういうのじゃねえよ」


 のぞみの結婚も結局嘘だったし、一日のぞみと一緒にいられる時間が減ったのは惜しいが、まあすることもしたのでオレはだいたい満足だった。


『まあいい、話を続けよう。このi-TOKYOは、虚構世界となった東京にとって非常に重要な意味を持つ。いわば東京の心臓部だ』

「そんなに重要なのかよ」

『i-TOKYOはさっき言った通り、新しくものを作るためのデータの供給源となる。実際の建材や食料を東京の外から“輸入”する必要があるのに加えて、データもつぎ込んでやらねばならないということだ。さらに、すでに作った建物や景観などを維持するために、これもまたデータが必要になる』


 凛紗の言いたいことが何となく分かった。


「……ってことは“i-TOKYO”が襲われてむちゃくちゃになったら、東京中の建物は崩れて跡形もなくなるし、食べ物は作れなくなるって感じか」

『そう考えていいだろう。四年前の東京大事変の再来と言っても、過言ではない』


 とにかくこうやって端末でやりとりをしているのではらちがあかない。オレはもうちょっと早く電車が動いてくれないかと、祈ることしかできなかった。



* * *



 結局非常事態だから早く運転してくれるとか、そういうことは一切なかった。むしろ安全確認をするということで三十分近く東京駅の手前で待ちぼうけを食らって、新幹線を降りたのは予定より一時間ほど後だった。


「遅かったな。やはり全く影響が出ないということは、あり得ないか」


 金属センサーのようなコピー生成機を通り、改札を抜けるとすぐ近くに凛紗がいた。例によって新東京政府の制服を着て、腕にはクレイスを抱き抱えていた。


「何でクレイスも一緒にいるんだよ」

「こんな時にクレイスを置いていくのはかわいそうだと思ったからだ。そうは思わないか?」


 同調するようにクレイスがにゃーっ、と鳴いた。なるほど、確かにかわいそうだとは思う。だが当然、この東京駅という場所で猫を抱えている人は凛紗以外にいなかった。

 そしてこんな非常事態だというのに、東京駅は人で溢れかえっていた。それを不思議に思って、オレは凛紗に尋ねた。


「非常事態宣言の効果範囲は東京都全域のはずなんだがな。まさかこの事態を把握していない、ということはないだろうから、都外へ逃げようとしているのか」

「ああ、なるほど。確かに折り返しの新幹線に乗ろうとしてる人は多かった」


 オレが新幹線を降りる時にはすでに、座席の間の通路も人で埋まりそうなほど多くの乗客が並んでいた。


「無事で何よりだ、ヨド」

「そっちこそ。不安で震えているんじゃねえかって、心配だったんだからな」


 心配してくれていたのか?

 凛紗の声のトーンが急にか弱いものに変わった。クレイスを抱える手の力が、少し強まったように見えた。


「……そうか。よもや、私がヨドに心配される日が来ようとはな」

「どういう意味だよそれ」

「そのままの意味だ。私もそれだけ、人間らしくなってきたということなのだろう」


 弱い声だったが、凛紗の表情は安心して緩んでいた。


「今すごい嬉しそうだぞ、凛紗」

「気のせいだろ。私はそんなに、感情が表に出るようなタイプでは、」


 そう言いつつ片手を少し顔に押し当てて、ぎょっとしてみせてから、


「……ないからな」


 と言葉を結んだ。


「めちゃくちゃ出てんぞ」

「……知らない」


 凛紗の顔が赤くなっているように見えた。凛紗は少しうつむいてから、わざとらしく咳払いをした。


「そんなことより、だ。この間にもi-TOKYOの崩壊は近づいている。急ぐぞ」


 凛紗の言葉を合図に、オレたちは一番近くのテレポートスポットへ急ぎ向かった。



「i- TOKYOは機密度の高い施設だ。通常はパスコードが何重にもかけられた上、“負の数”と定義されたスポットナンバーの入力が必要になる」

「……なんか聞いただけで無理ゲー感がすごくするんだけど、そう言ってるってことは」

「全く問題ない。よかったな、私が新東京政府の理事で」


 どうやらそのパスコードとかスポットナンバーとかは、理事なら比較的簡単に閲覧できるらしい。凛紗の自信ありげな顔がそれを物語っていた。


「しかしロック解除まである程度の時間を要してしまうことは変わらない。最長で五分ほどかかる」

「五分⁉︎」


 とてつもなく長いパスコードを一文字も間違えずに打つことが要求されるらしい。当たり前の話だが、オレはそれほど面倒なセキュリティにあいにく出くわしたことがないので、普通に驚いてしまった。

 歴史の資料集なんかで見たことがある公衆電話ボックスに似た、テレポートスポット。凛紗が空中に浮かぶ黄緑色の仮想的なキーボードを操作している間、オレはその透明な壁を透過して見える外の景色を見つめるしかなかった。凛紗が途中で一息ついたタイミングで、爆発音が辺りに響いた。


「なっ……⁉︎」

「例の怪物による破壊が進んでいるようだな。もっとも、昨日から聞き慣れた音ではあるが」

「これ聞き慣れちゃまずいだろ……」


 それほど大きな音だった。建物とか景色がめちゃくちゃになっているのが容易に想像できた。早くそのi-TOKYOとやらに行かなければ、という思いをオレは強める。


「成功だ」


 きっちり五分経って、凛紗が声を上げる。その瞬間にオレたちは光に包まれて、瞬きをした頃にはテレポート先に着いていた。


 そこは明らかにそれらしくない巨大な建物の前だった。そして、隣にいたはずの凛紗はいなくなっていた。

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