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仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~  作者: 奈良ひさぎ
第5章:時には恥ずかしくもなるけれど -Shamefulness-

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48MB もう一人の幼馴染

「“ありさ”……」


 写真に写る凛紗が違う名前で呼ばれているのだということは、すぐに分かった。そしてオレのもう一人の幼馴染の名前が、まさにそれであることも。


「はると……」


 背後でのぞみの声が聞こえた。が、予想以上にはっきりしたトーンにぎょっとして振り返ると、のぞみがブランケットにくるまってこちらを見ていた。起き上がってちょこんと座っているところを見るに、オレがゴソゴソした音で起きてしまったらしい。


「……覚えてない? ありさのこと」

「ありさ……」

「うん。分かってる、忘れてるんよね。仕方ないか……」

「……ちょっと待って」


 思い出さなければならない記憶なのに。

 しかしそのもう一人の幼馴染についての記憶は、オレの頭の中のどこを探しても見つからなかった。


「……とりあえず、落ち着いて話を聞きたい。朝飯食いに行こ」


 まだオレたちは、昨日の夜の延長線上にいるような感覚だった。ひとまずそれぞれで身支度を整えて、ロビー近くの朝食バイキングをやっているレストランへ向かった。




「……ごめん!」


 一通りお皿に盛りつけてテーブルに戻ってきたタイミングで、のぞみが額をテーブルにこすりつけんばかりの勢いで頭を下げた。さすがに突然のことすぎて、オレは正直に戸惑った。


「今回はるとがこっちに戻ってきたの、全部私のせいやと思って?」

「……おう」


 そもそもどうして慌てて帰ってきたのかを、オレは考える。結局嘘だったが、のぞみが職場の先輩と結婚する、というのを知ってのことだった。


「実ははるとを呼んだ理由、それだけじゃなくて」


 いかにも申し訳なさそうにのぞみが打ち明ける。さっき見たもう一人の幼馴染のことを聞くのも、目的の一つだったらしい。


「もう一回聞くんやけど……ホンマにありさのこと、覚えてない?」

「……ごめん」


 謝るしかなかった。のぞみがはっきりと覚えていることを、オレはまるで忘れている。自分が情けなかった。


「ありさは私たちの幼馴染なんよ。ちょうどほら、はるとの家から駅に行くまでにあるマンションに住んでて」

「ああ、分かる。あそこな」

「ちょうどこの写真みたいな顔つきで。髪の色とか背丈まで、まるで一緒」

「……え?」


 オレはいい感じに焼けて香ばしいベーコンを口に入れようとして、ふと手を止める。


「ありさって私たちが小学校の頃に、東京に引っ越してんよ。何年前かな」


 夢の内容とまるで同じだ。あれはオレの頭の中で作り出された記憶ではなかったのだ。


「で、でも、こいつは」

「分かってる。この子は絶対、ありさじゃない。だってありさは、」


 東京に引っ越して一年も経たんうちに、死んだから。


 胸のあたりがぐっと苦しくなった。いずれのぞみの口からそんな言葉が出てくると、オレは薄々分かっていたのかもしれない。


「死んだ……」

「東京に行ってすぐに難病にかかって、それが偶然まだ治療法の見つかってない病気やったみたいで。私の記憶が正しかったら、はるとにもその時言うたはず」

「そうなん?」

「ありさじゃないのは分かってるんよ。仮にありさが死んでなかったとしても、こんな子供みたいな姿のままってことはないやろうし。だからこの子はありさじゃない、別の子。けど、ありさとそっくりの格好をするなんて、よほどの理由があるんやと思う」


 のぞみはケチャップをかけたスクランブルエッグを口に運ぼうとフォークを持ち上げて、すぐに置いた。そして身を乗り出してオレに尋ねた。


「この子……誰?」


 すぐには答えられなかった。ある日突然オレを知っていると言ってオレの前に現れた、凛紗という女の子だ。そうやって言うことは簡単だが、それは同時に今オレが知っている東京を全て話すことを意味する気がした。

 オレが何も言えないでいるのを見て、のぞみが今度は心配そうな顔をした。


「念のために聞くけど……はるとの子どもとかじゃないやんな?」

「はっ⁉︎」


 意外な言葉に思わず変な声を出してしまった。のぞみもさすがに自分が変なことを言っていると気づいたか、すぐに首を横に振った。


「いや、ちゃうよな。だってはるとの特徴が一つもないし」

「そこ?」

「そこしかないやん。はるとも説明したくなさそうやったし」


 たぶん偶然迷子になった子の手を引いていたんだ、などとしょぼい嘘をついても、のぞみには通じないだろう。諦めてオレは、嘘ではないがなるべく本当のことを隠して話した。


「……向こうに行った時に、なんか流れで預かることになってんよ。確かに、オレのこと知ってるとは言うてた。記憶喪失で、なんでオレの名前だけ覚えてるのかも分からんって言いよったけど」

「その子の名前は?」

「庵郷凛紗。字は、」


 ――故郷の庵が、凛々しく蜘蛛の糸も少ないと書く。これからよろしくな、ヨド。


 凛紗のあの日の言葉を思い出しながら、オレはのぞみに説明した。


「ん? ありさの字とかぶってない? だってありさってこう書くで」


 のぞみが端末を見せてきた。


『亜凛紗』


「……ほんまや」

「なんか、いよいよ怪しいな。その子からありさの話は聞いてないん?」

「いや……聞いてない。知ってる感じでもなかった」

「それ、直接聞いてないだけちゃうの」

「……それは」


 痛いところを突かれた。勝手に聞いてはいけないのだと思い込んで、話を深掘りできていなかった。


「東京で、ありさによく似た女の子やろ。しかも記憶がないって、絶対何か隠してる。私の勘がそう言うてる」

「……分かった。聞いてみる」

「また教えてな。私も気になる」


 もしありさが生きてるんやったら、とのぞみは言って、そこまででやめてしまった。その言葉の続きが気になって、オレはとっさに口に出していた。


「……生きてるんやったら?」

「え? ……うん。あの時の言葉の続き、聞いてみたいなって」

「あの時の……?」

「ありさが引っ越す当日。お父さんお母さんの車に乗るホンマに直前に、私のところに来てんよ。はるとは呼んでないみたいやったし、私の前に何か言いに行ったわけでもなさそうやってん」


 つまりオレより後に会って、のぞみに何か伝えようとしていたということか。東京に行ってしまう前にどうしても伝えたかったと前置きして、オレに好きと言うことより、大事なこと。


「……こんなことやったんかも、みたいなんはあるん?」

「どんなこと言いたそうやったかってこと? そうやなぁ……」


 コンソメスープを何度か口に運んで、のぞみは少しうーん、とうなった。それから、あっ、と口に出した。


「言いたかったことはあんまり分からんけど……でも、東京に行くのは嫌って顔はしてた。それは間違いない」

「嫌そうな顔、か……」


 それだけではどんなことを考えていたのか分からない。好きだったオレのことを考えていたのかもしれないし、もっと他の理由があるのかもしれない。

 だがその前に、オレは夢の内容を思い出して気になったことがあった。


「……のぞみってさ。ありさのこと嫌いやった?」

「は? 嫌い? 何言うてんの」


 オレはここ最近見た夢の話をした。もしかすると他の記憶が中途半端に混ざっているのかもしれないが、それでも嘘にしてはできすぎた夢だった、と。そして夢の中でありさが、どうせのぞみは自分のことが嫌いだから、と言っていたことも話した。


「んー……聞いたことないけどなあ。まあ、本人に直接嫌いって言うことなんかないとは思うけど」

「そうよな……まあ、ええわ。とにかく、あいつに直接……」


 というところで、オレの端末が震えた。ちょっとごめん、と席を離れて、電話に出た。


「もしもし」

『緊急事態だ。今日中にもこっちに戻って来られるか?』


 相手は凛紗だった。そして彼女には珍しく動揺しているようだった。声だけでそれが分かるほど、怯えた声だった。


「あ、ああ。分かった」


 オレの悪い癖だ。どんな要件なのか聞くこともせずに、オレは返事をしてしまった。しかし電話を切る直前、凛紗は確かに恐ろしいことを口にしていた。


『……東京中で怪物による被害が出ている。さながら、あの東京大事変のようだ』

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