45MB 初めての帰省
「じゃあな。久しぶりの帰省なんだろ? 私のことはいったん忘れて、ゆっくりしてこい」
「ああ。でも本当に悪い。あんなこと言った矢先に……」
「気に病む必要は全くない。せっかくめったにないことなのに、それを祝わないわけにはいかないからな」
凛紗に似た幼馴染の夢を見た日から、数日後。オレはわがままを言って週末に三連休をとらせてもらって、実家に帰ることにした。まさに、凛紗の居場所を守るなどと、かっこつけたことを言った矢先の出来事だった。
「そう、だよな。でも別に飯も気にせず食いたいもん食えよ。ちょっと節約しよう、とか考えなくていいから」
オレがここまで凛紗に言うのにも理由がある。全てはちょうどあの夢を見て飛び起きた日、交番でいつものように仕事をしている時から始まったのだ。
『はると、元気してる? こっちに帰って来れる日ってありそう?』
何の前触れもなく、幼馴染ののぞみがそんなメッセージを送ってきたのだ。
「珍しいな」
のぞみはこんな風に、メッセージでやりとりするのがどちらかというと嫌いだ。何でも、文面だけだと話がこじれることが多いと思っているらしい。実際、書き方に気をつけないと相手に誤解を与える、というのは聞く話だ。それにオレとのぞみが何だかんだ大学卒業までうまくやってこれたのも、そういうのぞみの気遣いのおかげだと思っている。
「でも、正直なあ」
帰れないと言えば嘘になる。きっと申請すれば休みをもらえて、いつでも帰省できる。だが、どうも気が進まなかった。家族やのぞみと仲が悪いとか、よほど帰りたくない事情があるとか、決してそういうわけではないのだが、単に帰る気になれなかった。
その時もとりあえずスルーしてみて、もしのぞみに返信を急かされたら適当にごまかそう、くらいにしか考えていなかった。……しかし。
『実は、仕事先の先輩と結婚することになって』
数分も経たないうちに追いかけて来たメッセージの内容を見て、オレはひっくり返りそうになった。何度も何度も、メッセージに目を通す。
『今まで何度か、はるとの方に行こうとは思ってたんやけど。そうこうしてるうちに結婚することになって。結婚したら余計にそっちには行けへんから、せっかくやし来てほしいなって』
「分かった。そういうことなら」
びっくりはしたが、落ち着いて考えればお祝いすべきこと。なるべく早い方がいいと、オレはすぐさま週末に三連休を申請して、地元に帰ることにしたのだ。下っ端も下っ端のオレがまとまった休みを取るのは気が引けるし、何だかんだ通らないだろう、と思っていたが、案外あっさりと認められた。
「せっかく帰るんだしな。家でゆっくりしないと。のぞみ、どうしてるかな」
いくら気が向かないと言っても、さすがに二十年以上の付き合いがある幼馴染が結婚するというのに帰らないのは、薄情すぎる。そして休みを一度取ってしまったら、今度は楽しみに思う自分がいた。
「結婚祝いって、……何贈ればいいんだ」
何せのぞみと会うのは大学卒業以来。のぞみと結婚するとしてもだいぶ先の話だろう、としか思っていなかったから、何を贈ればいいかなど考えたこともなかった。
「結婚式に出るなら、別に用意する必要はない……か」
調べればすぐに出てきた。のぞみの結婚式には出席するだろうが、何もプレゼントしないのは何となく気が引けた。
「何か慌てて買いました感があるけど、夫婦茶碗とかにするかな」
東京駅にそんな店はなかったので、諦めて実家に帰ってから買うことに決めた。リニア新幹線専用となった日本橋口から、駅構内に入る。
『荷物はこちらへ』
改札を通って二階に上がれば、ずらりと並ぶセキュリティチェックの機械。通路をふさぐようにそれら機械は鎮座していて、一方通行になっている。さらに通路の左寄りにある機械しか通れないようになっていた。凛紗によると、東京駅に着いてから通る機械は自分のコピーを作って、体を虚構世界に対応できるようにするものらしいから、オレが今から通るのはおそらく、コピーと今ここにいるオレを合体させて現実に戻す装置、といったところか。
「なーんか、やっぱよく分かんねえな」
機械をくぐって別の通路に通した荷物を取り、西部リニア新幹線の乗り場に続くエレベーターに乗り込む。やっぱり機械を通った時も違和感はなかったから、オレは心の中で首をかしげるしかなかった。というより、違和感がないからこそのシステムなのかもしれない。
“西部リニア新幹線 那覇中央ゆき 3番線に停車中です”
自分が乗る新幹線の表示を電光掲示板で軽く確認してから、指定席の号車に乗り込む。上京して初めて帰るから、と少しだけ奮発した。
「のぞみが結婚か……」
連絡を取ることもなかったから、まさに寝耳に水だった。
「懐かしいな、……」
高校生活初日。真新しい制服を着たあの日、帰り道に告白したことを思い出す。オレは座席に座って背もたれを軽く倒してくつろぎ、まどろみ始めていた。
「……オレ。やっぱのぞみのこと、好きやわ」
「……え?」
今でも忘れはしない。あの時の、のぞみの驚きに満ちた顔。
「なんか、こんなんやったらカッコつかへんけど。でもこう、わざわざ屋上に呼び出して言う、みたいな大胆なことはオレにはできんくて」
「う、うん。それは、そうなんやけど」
「……嫌やった?」
「え? ううん、全然。むしろ昔から知ってるし、はるとなら安心できる。……やっと、言うてくれたかな、って感じ」
それまでずっと、オレとのぞみは“幼馴染で、親友”だった。小学校や中学校でできた友達とは話さないようなこともいろいろ話していたし、困った時はいつも最初の相談相手になっていた。それが付き合うようになって、いろいろ意識するようになった。オレは恋人同士っぽいことをいろいろ調べて提案してみたり、あっさりのぞみに断られたり。結局付き合い始めて数ヶ月も経つ頃には、“恋仲になった”ところが変わっただけで、関係はほとんど元通りになった。
せっかくだし、相手の顔も一度でいいから見ておきたいな。
そう思ったのを最後に、オレは熟睡してしまったらしかった。目が覚めると、ちょうどオレの降りるリニア新大阪駅のホームに滑り込むところだった。