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仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~  作者: 奈良ひさぎ
第5章:時には恥ずかしくもなるけれど -Shamefulness-
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43MB “創生”

「蜘蛛はその忌避されやすい見た目に反して、多くの種が益虫の部類に入る。農作物や建築物を荒らす害虫の駆除に役立ってくれるからな。しかしああなってしまえば話は別だ。大人しくなってもらうしかあるまい」


 凛紗は左手でオレの右手を握りつつ、右手を卵を持つように空中にかざした。手のひらの中で淡い光の渦が生まれ、そこからスーパーボール大のスズメバチが次々と飛び立ってゆく。


「序盤の余裕があるうちは、数で押し切った方がいいだろう。それで倒せればラッキーだ」


 あまり序盤の作戦がどうとかはオレには分からなかったが、とにかくスズメバチはあっという間に大蜘蛛を丸ごと覆ってしまった。


グギギギギギギュウウゥ


 大蜘蛛は言葉にし難い悲鳴を上げて、一瞬動きを止めた。やがてブルブルと体を震わせ、振り落としたハチを太い足で踏み潰した。しばらく大蜘蛛のジタバタが続いた。


「多少動きが鈍くなったか?」

「かもな。一応なんか、足がしびれてます、みたいな動きはしてる」


 さっきのスズメバチ攻撃が無駄にならなかったことに、とりあえずオレは安心した。オレが凛紗より体力があると言っても、限界はある。


「まあ、あれで倒れるとは思っていなかったが、別な策が必要だ。どうする?」

「どうするって言われても」

「蜘蛛の天敵は寄生性のハチか、蜘蛛を専門に捕食する蜘蛛といったところか。あるいは鳥もあるかもしれない。いずれにせよ、私たちの方から大きなものを出してここを盛大に破壊するのは避けようと思うんだが」


 つまり前に東京駅でカニに遭遇した時、ティラノサウルスを出して無理やり押し通したような手は、使えないということだ。ただオレたちが呆然としている間にも、大蜘蛛は着実に地下施設を破壊していく。


「……そういや、凛紗」

「どうした?」

「これって、オレの体力を使っていろいろ作り出してるってことなんだよな?」

「そうだな」

「じゃあ前にティラノサウルスを出してきたってことは、実際はあり得ない化け物みたいなやつも作れる、ってことだよな?」


 凛紗はオレの言葉の続きを待つかのように、こちらをじっと見つめた。あまりまじまじと見てくるので、恥ずかしくなってオレの方から目をそらしてしまった。


「ふむ。まあ可能なんだが、あまり気持ち悪いのは言ってくれるなよ? 私がその手のものに耐性があると思ってもらっては困る」

「大丈夫だ。オレが作ってほしいのは、羽とか体を金属にした鳥だから。できるよな?」


 オレは凛紗の返事を待たずに、彼女の左手を握る力をそっと強めた。オレの方を見るのをやめ、まっすぐ大蜘蛛を見据える凛紗が、少し自信のある笑みを浮かべたように見えた。


「使用データ量は可能な限り最大。個々の強度ではなく、個体数を優先。体長は平均25cm、最小値20cm、最大値30cm、姿形はムクドリをベースとする。ただし相違点として羽を金属製とし、材質は揚力、重力等力学的な限界の許す限り高密度なものを選択する。達成目標は大蜘蛛の捕捉と捕食完了、大蜘蛛の生命活動ないしは破壊活動が停止した時点で終了とする。また大蜘蛛の分解吸収後はi-TOKYOに還元されるものとする」


 これだけの言葉を、凛紗はほとんど一息で言い切った。早口すぎてオレはあまりピンと来なかったが、あれだけでオレの説明をほとんど理解してくれた、ということは分かった。そろそろ以心伝心とかできそうで、オレは複雑な気分になる。


「ヨドが歩いて帰るのに最低限必要な体力を残して、ここで使い切るかもしれない。構わないな?」

「ああ。できればやめてほしかったけど、あんだけでっかいの相手じゃしょうがないんだろ」


 凛紗の右手に浮かぶぼんやりとした青白い光から、今度は小さめの鳥がたくさん出てきた。さっきのスズメバチと感覚的には同じくらいの数に見えたが、そのどれもが頑丈そうな、光沢のある翼をきちんと持っていた。


ググギギギ、ギギシャアアア


 鳥たちは凛紗の言うことを聞いて、まっすぐに大蜘蛛に飛びかかりその足をついばみ始めた。痛みのせいかはっきりと苦痛をうかがわせる叫び声を大蜘蛛が上げた。抵抗しようと残りの足を鳥たちに突き立てるが、金属でできた翼であることを理解しているのか、鳥たちは的確に自分たちの羽を突き出して防ぐ。隙ができたところをまたついばんで、大蜘蛛が徐々にバランスを崩していった。


「なんとか、アキバ・ゼロを盛大に破壊せずに済みそうだな」


 オレは呆然とするバティスタの方をちらりと見やった。オレの視線に気づくと、バティスタは立ち上がって、オレと崩れゆく大蜘蛛とを交互に見た。

 そこから大蜘蛛が全ての足を失い、ぴくりとも動かなくなるまでにそれほどの時間は要さなかった。さすがに顔やら胴体やらをついばまれるところは見たくなかったので、目を覆う準備をしていたのだが、それも必要なさそうだった。


「大丈夫だ。活動を停止した時点でデータとしてこの虚構世界に還元されるよう、あらかじめ設定してある。大蜘蛛も、鳥の方もな」


 凛紗のその言葉通り、何回かまばたきをした後には両者の姿はきれいさっぱりなくなっていた。ことが落ち着いたのを確認して、バティスタと伊達さんがオレたちの方に近づいてきた。そして、バティスタが一番に口を開いた。


「ようやく納得がいった。庵郷、お前“創生”持ちだったんだな」

「“ソウセイ”?」


 そもそも頭の中で漢字に変換できず、オレはそのまま聞き返してしまった。


「新東京政府の理事はみんな、ある程度虚構世界の操作ができる能力を持ってるんだよ。さっき言った、触れたところだけ現実世界と虚構世界を入れ替えられる、っていうのがそれ。庵郷の場合はもっとすごくて、虚構世界で一から物を作れるんだ」

「一から物を作る……って、そんなにすごいことか?」

「すごいよ。だって今の東京は衣食住からほんのちょっとした小物まで、全部都外からの仕入れで(まかな)ってるんだから。庵郷みたいな能力がない限り、都内にいながら何かを作り出す、なんてことはできないよ」


 何かを作り出す、っていうのは農業も含むのよ、と伊達さんが付け加えた。なるほど、そこまで言われるとさすがにすごいことだと分かる。


「いずれ一般の人にも広く適用される能力とは言っても、まだわたしたちの能力でさえ試験段階だったはずなのだけれど」

「そう。まして“創生”――創り出す、生み出すって書くけど、そんな能力は実験以前に非公開のもののはず」


 納得がいった、と言う一方で、バティスタも伊達さんも不思議そうな表情だった。そして張本人の凛紗も、同じような顔をしていた。


「私も特に、この力を意識して手に入れた記憶はないな。そもそも、特別な力と認識したこともない」

「確かこの手の能力が理事に分配されたのは事故の後のはず。庵郷にその辺りの記憶がないって言うなら、もっと面倒なことになる」


 といっても、庵郷が何も思い出せないんじゃ意味ないけどね、と言い残して、今度こそバティスタは階段を上っていってしまった。代わりに伊達さんが、オレたちの方を向いて微笑んだ。


「今日はありがとう、淀川くん。協力してもらえて、助かるわ」

「いえ、オレも今日だけでいろいろ分かったんで。虚構世界っていうのが予想以上にヤバそうだってこととか」

「それから凛紗ちゃんも。だましたみたいで悪かったわ」

「いや。玲は昔からちょっとした隠し事が得意なタイプだったからな。別に驚きはしないし、裏切られたとも思っていない」

「それはそれで悲しいわね……」


 伊達さんも結局、しばらくバティスタの調査に付き合うと言って、先に階段の方へ行ってしまった。


「帰るか」

「そうだな。たまにはまともな休みを取らないといけない」


 そうだ。今日は休みなのだ。そう考えると急に、帰ってから何をしようかというので俄然楽しみになった。


 しかしその気分が続いたのは、都外でのロケ映像が中心になった番組を見つつ、寝落ちしてしまうまでだった。

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