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仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~  作者: 奈良ひさぎ
第5章:時には恥ずかしくもなるけれど -Shamefulness-
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42MB 再会と新同盟

「ヨドが何か隠し事をしている風に家を出て行ったものだから、後をついてきたんだが……まさかこんなところに来るとはな」


 てくてくとこちらに近づきつつ、凛紗はため息混じりにそう言った。


「そうなの?」

「すみません、ちょっとうまい言い訳が思いつかなくて」


ばふっ。


 オレが伊達さんに答えるのにも構わず、凛紗が伊達さんに抱きついた。伊達さんは一瞬戸惑っていたが、すぐに優しく凛紗の亜麻色の頭を撫でた。


「久しぶりだな、玲」

「うん、久しぶり。元気でよかった」

「前に私を見たのなら、元気なことくらい分かっただろうに」


 それは年上のお姉さん――凛紗にとっては、それ以上の存在なのかもしれないが――に甘える、一人の少女の姿だった。凛紗が他人によしよしされるがままになっているのを見るのは、新鮮以外の何物でもなかった。


「そしてアレクか。もっと久しぶりではないか?」


 凛紗はしばらく愛玩動物そのものになった後、胡散臭そうな目で見るバティスタの方を向いた。それから伊達さんと同じようにバティスタに抱きつき、


 両頬にチュッチュッと、キスを一回ずつした。


「……え」

「私のことを心配してくれていたらしいな」

「別にそんな心配してないんだけど……」


 驚いたのはオレの方だ。何せ目の前で一組の男女がキスをしたのだから。何だか見てはいけないものを見てしまったような心持ちになった。


「驚くことはないぞ、ヨド。アレクの祖国での挨拶はこれが普通だ」

「別に間違ってないんだけど、何かキスが長い。気がする」


 と言いつつ、バティスタの方もまんざらでもなさそうだった。頬が赤い。それにこっそり「いい匂いがした」とかつぶやいてるあたり、気でもあるのだろうか。


「……それで、だ。私に隠れて何をしていた? しかも理事が二人して、ヨドまで巻き込んで」


 やっぱり懐かしい感触が忘れられないのか、凛紗はまた伊達さんの方へ行った。子猫みたいなやつだな、と言いたくなるくらい伊達さんにされるがままになりながら、凛紗は急に真顔になった。


「ボクの方こそ聞きたいよ、庵郷。死んでまでこの男のもとに転がり込んで、一体何が目的なんだよ」

「死んだ? 私がか?」


 凛紗の聞き返す言葉のニュアンスは、本当に初めて聞いた時のものだった。伊達さんにほっぺたをふにふにされながら、目を丸くしてバティスタの方を見ていた。


「伊達から聞いたよ。例の地下施設に、庵郷のコピーがないそうだ。もともと東京に住んでて、一時的に東京を出たらもちろんコピーは本体と統合されていなくなるけど、本体はここにいるし」

「だが私に死んだ覚えはないぞ? まあ死んだ覚えがあっても、それはそれで問題だろうが」

「変な話だよ……」


 バティスタが頭を抱える。何が何だか、理事でも分からないらしい。


「それって、他の可能性はないのか? だってほら、手もあったかいし」


 オレは凛紗の右腕をつかんでひょい、と上げてみせた。伊達さんにひょこひょこ目隠しをされながら、凛紗は頭の上にクエスチョンマークを浮かべるのにぴったりの顔をしていた。


「他の可能性が全くないとは言い切れないけど、現状思いつかないね。庵郷本人もこの様子じゃ、手がかりもつかめそうにないし」

「すまないな、私に事故前後の記憶がないばかりに」

「その通りだよ。たったそれだけのせいで、庵郷への疑いが晴れないんだからさ」

「だいたいの感情は取り戻したように感じるんだがな。記憶に関しては、私も手がかりをつかめていない」


 凛紗の言葉が引っかかった。オレは凛紗の右腕をそっと戻して尋ねた。


「感情をだいたい取り戻したって……そんなこと自分で分かるのか」

「もちろんあとあの感情が足りない、などとは自覚できない。だがヨドに会ったばかりの頃に比べて、見える世界が違ってきているのは間違いない。玲やアレクに会って安心するというのも、以前までは考えられなかった話だ」


 そろそろ伊達さんに撫で回されすぎて、ごろごろと喉を鳴らしそうな勢いの凛紗。そんなすっかりだらけきっている凛紗を指差して、バティスタが口を開いた。


「それでだ、庵郷。いつからそこにいたのか知らないけど、たぶん聞いてたんだろ。ボクたちが例の事故のことをずっと調べてるって」

「ん? ああ、聞いていたぞ。何せあの映像が動き出した時には、こっそり後ろの方で見ていたからな」


 そんな前からいたのかよ、と言おうとすると、凛紗がこちらを見てニヤリと笑った。どうやらオレの顔がすでにそう言いたげだったらしい。


「まあアレクが言っていたことは大方妥当だろう。私がいまだ容疑者候補から外れていない、という話も含めてな」

「おい、それじゃあ」

「しかし私が改めて、玲やアレクと協力関係を結ぶ意味はある。ここで同盟を組まなかったとすれば、後々理事の連帯責任とやらを私も問われそうだからな」


 それに、ヨドが入ってしまった以上、私が見て見ぬ振りをするわけにもいかないからな。


 凛紗はその言葉で締めくくった。オレをちらりと見た後、今度はバティスタに向かって笑顔を見せた。


「……分かった。なんか予定とは違うけど、当分は問題ないってことにしよう」


 同盟を受け入れる返事をして、バティスタは一番にだだっ広い地下空間を出ようとした。


「どこに行くんだ、アレク」

「今日はもう終わりにするよ。そこの彼に説明するのに、力を込めすぎた」


 オレのせいかよ、という言葉も虚しく、バティスタの姿はどんどん薄くなっていく。


「……いや。どうやらそうやすやすとは、帰らせてくれないようだぞ」


 しかし凛紗の言葉を合図にするかのように、壁や天井、地面のあちこちから地響きのような音が聞こえ出した。


「上だ!」


 凛紗が叫んだ瞬間、天井が割れて何か大きな物体が降ってきた。しばらく土煙で見えなかったが、やがてはっきりと見えた時、言葉を失う他なかった。


蜘蛛(くも)……!」


 体長から高さまで5メートルくらいありそうな、大蜘蛛が目の前にいた。こちらを向いて、口のあたりをモゴモゴと動かしていた。


「二人は大丈夫か?」

「凛紗ちゃん、淀川くん!」


 伊達さんとバティスタの二人は、自分たちの周囲だけ一時的に現実世界に切り替えて難を逃れていたらしい。オレは蜘蛛が降ってくる直前に何とか凛紗の手をつかみ、ちょうどオレたち二人を覆うような壁を作り出して何とか防ぐことができた。


「助かった……」

「安心するのはまだ早いぞ、ヨド。どうやらあの蜘蛛は、私たち以外にも目的があるらしい」


 口のあたりをモゴモゴと動かしていた蜘蛛は、そのままそっぽを向いて、鋭く太い足で辺りを破壊し始めた。


「あいつ……ボクがせっかく集めた証拠を壊す気か?」

「あるいは、この『アキバ・ゼロ』ごと更地にするつもりなのかもしれんな」


 バティスタが初めて血の気の引いた顔をした。しかしそれに答える凛紗は頼もしい声。


「しかし状況が絶望的というわけではない。なぜなら、現状打開の方法が存在するからだ」


 凛紗がオレの方を向く。今度は笑顔というより、自信に満ちた表情だった。


「どうせ『アキバ・ゼロ』は壊れかけだ。体力全部使い果たして、派手にやるぞ」

「おい、やめろ」

「できるな? ヨド」


 半泣きのバティスタの顔がちらっと見える。『アキバ・ゼロ』が更地になれば、2120年の事故がわざと起こされたものだと示す証拠はなくなる。いざという時困るかもしれない。それでも、


「あいつがここを全部壊したら、オレたちも巻き込まれるかもしれない。そうなる前に、あの大蜘蛛を倒す」


 オレは凛紗の小さな暖かい手を、包み込むように握った。

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