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仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~  作者: 奈良ひさぎ
第5章:時には恥ずかしくもなるけれど -Shamefulness-
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41MB 事故が“事故”でない証拠

わざと起こされた(・・・・・・・・)?」


 考えたこともない話だった。あの時ニュースで見た、とんでもないインパクトのある映像。いとも簡単にポッキリと折れて、見る影もなくなった高層ビル群。あんな規模のものを、人間がやろうと思って起こせるものなのか。

 やがて目の前に広がっていた光景が動きを止めた。ものの数十秒ほどのことだったが、ひどく酔った気分だった。


「これは例の事故が起きた当時の映像なんだ。……これだけでも実はおかしいんだけど、どういうことか分かる?」


 オレは凛紗の説明を思い出す。虚構世界について完璧に理解しているわけではない。それでも、違和感に気づくことはできた。


「……その時の映像なんて、残ってるわけがない」

「そう。東京が虚構世界に置き換わったあの日、物だろうと人だろうと、現実に存在するものは全部跡形もなく消え去った。仮に初期の異変を記録したカメラマンがいたとしても、その人も映像も消えてなくなったはずなんだ」


 伊達さんも黙ってバティスタの話を聞いていた。だだっ広い空間に新宿が再現されたその場所は異質で、バティスタの独壇場と言ってよかった。


「なのに、当時の映像がここにある。しかも、実際の新宿の被害状況と、ほぼ100%一致するんだ」

「そうなのか」

「ビルに入ったヒビの位置、最初に潰れたと思われる階、それから“爆心地”と思われる場所まで、全部一緒だったんだ。これはボクや伊達が後から調べてそう予想できた、ってだけで、一般に公開された情報じゃない。ボクたち以外にこの情報を知ってる人間がいる」


 バティスタがその光景に近寄り、手を触れる。するとぐにゃり、とその景色がバティスタの手を中心に歪みだした。


「これが異常なのは、映像が残っているからってだけじゃない。秋葉原も例外なく虚構化しているはずなのに、地下のこの空間だけ、“現実世界”になってる」


 それを聞いて、伊達さんがバティスタの横に並んで、同じように景色に手を触れた。伊達さんの手も、歪みの中心になった。


「詳しい説明は後回しにするけど、ボクや伊達はこうやって現実世界に触れた時、その部分だけを一時的に虚構化することができる。もちろん逆の操作、虚構世界を現実世界に戻すこともできる。って言っても、せいぜい肩幅に収まるくらいのサイズでしかできないけどね」

「つまり手を触れてぐにゃぐにゃなってるから、これが現実世界ってことになるのか」

「理解が早くて助かるね。まあ庵郷にあらかたレクチャーを受けてるから、当たり前なのかな」


 バティスタと伊達さんが手を離すと、景色の歪みは何事もなかったかのようになくなった。


「ボクは誰かがあらかじめこのシミュレーションをして、その通りにあの事故を“起こした”んだと考えてる。でなきゃ、900万人分の“存在のかけら”を一人残さず回収するなんて、そんな都合のいいことはできやしない」

「でもそれは、何とかなるんじゃ」

「じゃあ聞くけど、あれが完全に偶然起きた事故だという証拠は? 虚構世界の管理を怠ると危険だってことは他でもない、当時の研究者が一番分かってたはずなんだ。うっかりミスなんてそうそう起きやしない」


 考えれば考えるほど謎が深まる話ではあった。事故と考えるには不自然なことがたくさんある。だが、誰かが何かをたくらんでわざと起こしたという話も、到底信じられなかった。


「言ってることは分かる。けど、それだけ厳重に管理してても、うっかりミスってのはあるんじゃないか。そこから取り返しのつかない事態になって、言い出すに言い出せなくなったとか」

「虚構世界の拡大速度はすごくゆっくりだ。野放しにしていたとしても、1日に30センチ大きくなればいい方。その話も、庵郷から聞いたでしょ」


 聞き覚えはあった。凛紗本人はあまり重要なことではなさそうにしゃべっていたが、今考えてみると結構大事だ。なぜなら、


「もしうっかりの事故だったら、東京全部を巻き込むほど拡大する前に『危なかった』で済む。そういうことだよな?」

「その通り。意見を誘導してるように聞こえるかもしれないけど、ボクがあの事故がわざと起こされたものだって思う理由は、そういうことだよ」


 ある程度理事たちの話についていけているあたり、オレも仮想都市とやらに毒されてきているのかもしれない。それにしても、理事といえばもっと歳をとった偉そうなおっさんたちばかりだと思っていたが、拍子抜けだ。凛紗しかり、バティスタしかり。逆に今の東京は、こういうオレよりも年下の連中に動かされているのだと思うと、何とも言えない気持ちになる。


「ちなみにボクや伊達の仕業じゃないことは、明らかだよ。伊達は事故当時横浜にいたし、ボクに至ってはまだ新東京政府の関係者ですらなかった」

「ちょっと待ってくれ」


 そのまま話を終えようとしたバティスタを、オレは引き止めた。


「待つよ。何?」

「凛紗が入ってない。何であいつは」

「庵郷は容疑者から外してないよ。十分、あいつがやった可能性はあると思ってる」

「昔から凛紗のことを知ってるなら分かるだろ、あいつはそんなことをする人間じゃない」

「どうかな。こういう話を、感情論を交えてやるもんじゃないよ」

「感情論だと?」


 落ち着け、オレ。確かに、凛紗をかばおうとするあまりバティスタに言い返しているだけなのかもしれない。特にこれといった表情を浮かべないバティスタの前で、オレはいったん深呼吸した。


「伊達から聞いたよ。庵郷、もう死んでるんだってね。しかもあの事故に巻き込まれて。自爆して死ぬようなおっちょこちょいが、そんな事故なんて起こそうとはしない、って言いたかったんだろうけど。でも庵郷は、事故からしばらく姿をくらませてたんだ。ボクや伊達みたいな、アリバイがないんだ」


 バティスタに言い返してやろうと思っていたことを、全て先に言われてしまった。こういう時に論理的に凛紗をかばえないなんて、とオレは悔しくなった。感情論だと言われても、仕方ない気がした。


「まあ、亡霊になってものこのこキミの前に現れるあたり、本当に実行犯なのかどうかはボクも疑ってるところだけどね」



「誰が亡霊だ」



 その声にはっとした。さっき降りてきた長い、無機質な灰色の階段の終点の方を振り返る。


「凛紗……?」

「凛紗ちゃん……!」

「庵郷……?」


 それぞれの呼び方で、オレたちはその声の主を指した。

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