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仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~  作者: 奈良ひさぎ
第1章:感情のない少女 -Emotionless Girl-
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4MB あいつだったのか

「そうだろ? 潜入捜査官(・・・・・)


 オレは背筋が凍りつくと同時に、心の中にふつふつと疑問が湧き上がるのを感じた。オレのどこを見て、潜入捜査官だと判断したのか。


「……その動揺ぶりを見るに、正解らしいな。大丈夫か? その程度で動揺していては、警察官などとても務まらないのではないか?」

「……うるせえ、動揺なんかしてねえよ」

「ほう」


 女はまだ余裕げな表情を浮かべていた。本来なら潜入捜査官が来て動揺するのはこの女のはずなのだが、どういうわけかオレの方が翻弄されていた。

 女は座っていた椅子から立ち上がり、オレの隣まで寄ってきた。やはり凛とした立ち姿が目立つ。オレと同じか、あるいは向こうの方が背が高いんじゃないか、と思ったのもつかの間、


「動揺がここまで素直に顔や態度に出るとは。正直な男は、嫌いではないぞ」


 女は細い指先でオレの顎をそっとつかみ、少し持ち上げてみせた。まさかこんな歳になってというか、オレがこんなことをされる羽目になるとは思ってもみなかった。


「どういうつもりだ。それに、どうして分かった」

「それはいよいよお前が、本当に裏切り者だと白状していることになるが。いいのか?」

「知るか。そうやって言うからには証拠があるんだろ」


 どうして潜入捜査官だとバレたのか、オレはやっぱり分からなかったが、口から出まかせに言うことでもないだろうと思っていた。


「まず身なりが中途半端にきれいだ。もともと育ちがいいのを、無理やり隠してこちらのレベルに合わせている雰囲気がある。どうやら私以外は誰も、気づいていないようだがな」


 気づいたのが私でよかったな、とその女はつぶやいた。


「……は?」

「実は私もいろいろ事情があってな。警察ではないんだが、私もここに潜入しているのだ。同じ潜入している者同士、境遇は同じというわけだ」

「何が目的で?」


 ここは違法カジノだけあって、どんな輩がいるか分からない。以前潜入したカジノにも、連続強盗犯が紛れ込んでいた。次に出会うのは国際指名手配中の連続殺人犯、と言われてもオレは驚かない自信がある。

 そんなところに捜査以外でわざわざ潜入するなんて、物好きの域を超えている。あるいは警察ではないが、公安の人間なのかもしれない。いや違う。公安も警察だ、うっかりしていた。


「私の目的は……そうだな。言えん」

「はあ?」

「あまり大きな声を出すな。いくらガヤガヤしていても気づかれるぞ?」


 その指摘はごもっともだったので、オレは口をつぐんだ。


「目的が言えねえって、どういうことだよ」

「さあな。ただ、お前よりずっと後ろめたいことをしているのは間違いない」


 女はオレの質問をあっさりとかわすと、慣れたような手つきでさら、とオレの頬を撫でた。オレは思わず身震いしてしまった。

 言っていることはめちゃくちゃながら、あからさまな敵ではないことが分かったが、それでも女が妖艶な雰囲気なのは変わらなかった。きっとバーとか合コンとかでこんな女に出会っていたら、オレは耐えられなくなって逃げ出しているに違いない。高校時代に純粋を絵に描いたような幼馴染と付き合ったきり、女の子に縁のないオレには刺激が強すぎる。


「安心しろ。私も好きでこんなことをやっているわけじゃない。元の女(・・・)がこうして男を巧みに誘って食うような、みだらな奴だそうだからな」

「それは安心していいんだか……って、元の女(・・・)?」

「そうだ、元の女(・・・)だ」


 女はここでニヤリ、と意味ありげな笑顔を見せた。字面通りに受け取れば、今オレが見ている女と話している女は別人ということになる。オレ自身も何を言っているのか分からなくなってきた。


「実は今、私はわけあってこの女に変装している。気づかなかっただろ?」

「気づくも何も、今言われたばかりなんだけども」

「このカジノに来て適当に見つけた女がこいつだから、私は別にこの女と面識があるわけじゃない。ちなみに本物は私が近くのホテルに軟禁している」


 今の発言に対して一つ確実に言えるのは、決して現役の警察官に言うことじゃない、ということだ。相手が例え違法カジノのスタッフでも、軟禁・監禁は普通に犯罪である。


「それより、だ。これが欲しいとは思わないか?」


 女は懐から何やら小指に乗せられるほどのサイズの記録媒体を取り出し、ちらちらとオレに見せた。


「……それは」

「お前の望むものだ。ここのカジノが少なくとも合法ではない(・・・・・・)証拠が揃っている」

「……なんでそんなことを」

「さあ。強いて言うなら、趣味か?」

「趣味?」


 趣味でそんな警察まがいのことをされてたまるか。こっちはそれで飯を食ってるというのに。女のその発言に、オレは少しいら立って聞き返した。


「私も特にこれといった目的があってこんなことをやったわけじゃない。が、結果お前の利益になるのは事実だろう?」

「……」

「警察としても違法カジノの数を減らすことが急務のはずだ。この中身をそのまま提出して、損を被ることはあるまい」


 受け取れ、とばかりに女がその媒体を差し出してきたので、オレは流れるようにして受け取ってしまった。


「……どういうつもりだよ」

「交換条件がある」

「……は?」

「その証拠を提出して、ここのカジノが差し押さえられて潰れたとしよう。しかし私は追手から逃げる一環でこのカジノに潜入している身だ。それでは私の居場所がなくなってしまう」

「……はあ」

「そこでだ。お前がそれを上に提出する代わりに、私を匿って欲しいんだ」

「……いやいやいや」


 聞き逃しはしまい。オレはそんな大事な話を聞き流すような男ではない。


「匿うって、なんでそんな話になるんだよ」

「ほう? 私のような居場所のない女を放置して、お前は平気なのか?」


 こいつ、人の良心に訴えるつもりか。オレも元から冷たい人間だったら断ったのだろうが、あいにく人並みの優しさは持っているつもりだった。


「……平気か平気じゃないかで言ったら、平気じゃないけども」

「そうだろ? 匿うだけでいいんだ。私の存在を公にする必要はないし、お前も気負う必要はない」

「気負う気負わないの話じゃない。それにオレは男で、お前は女じゃないか。……たぶん。お前の方が嫌だろ」

「いや。別に」

「マジかよ……」


 女ははっきりとそう返事した。オレには良識ある人間である自信が、一応はある。女もそういう雰囲気をオレから多少は感じているはずなのだが、それでも普通少しは気にするはずだ。


「さっきも言ったが、私は追っ手から逃げおおせられる環境にいられるならば、別にどこでもいいんだ。仮にもここは東京、かつては日本の首都だった場所だ。女一人の野宿が危険なことくらいは分かるだろう?」

「そりゃ、まあ」

「だからこそだ。私とお前は、このカジノにとって裏切り者だと明かしあった仲だろ? この際、騙されたと思って協力してはくれないか?」


 少しだけ、女の語調が緩まったのを感じた。感じた瞬間、たぶんオレは口車にうまいこと乗せられて、この女を匿うことになってしまうのだろう、と何となく思ってしまった。それが運の尽きだったのか。


「確かに野宿よりは……か。次の安全な場所を見つけるまで、だからな?」


 と、オレは言ってしまった。この女が誰から逃げているのか、どうして逃げているのかを一切聞かずに、オレは匿うことを決めてしまったのだ。


「交渉成立だ」


 また女はニヤリ、と笑って、元の仕事に戻った。オレは怪しんでいる奴がいないか周囲をそれとなく疑ったが、特に変わった様子はなかった。本当にこの女が変装だということは誰にも知られていないらしかった。

 オレはそれから、自分が怪しまれないようにしばらくルーレットに興じた後、同僚たちと合流してカジノを出た。その間、女はさっきまで話していたのが嘘かのように、一切しゃべることがなかった。

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