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仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~  作者: 奈良ひさぎ
第5章:時には恥ずかしくもなるけれど -Shamefulness-
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39MB 『アキバ・ゼロ』再び

「遅かったわね。大丈夫?」

「は、はい、なんとか」


 東京唯一の放棄地帯、秋葉原。オレたちが潜入調査をして、極度の飢餓状態にあると分かった今は、全域にわたってバリケードが設置されて関係者以外立入禁止になっている。そのバリケードの前で、オレは伊達さんと落ち合うことになっていた。


「……にしても、相変わらず不気味なところですね」


 立入禁止になった今も、秋葉原――否、『アキバ・ゼロ』が暗い雰囲気であることに変わりはない。一番近くのテレポートスポットから走ってくるだけでも、『アキバ・ゼロ』の区域内に入った途端に真夜中のように暗くなるのが分かった。


「新東京政府の職員が踏み込んだ時にいた人たちはみんな、巣鴨の更生施設に入ったはずなのだけれど。……確かにこの雰囲気はどうすれば、よくなるんでしょうね」


 聞けば『アキバ・ゼロ』がこうして荒廃する前は、他の場所と同じく明るい雰囲気だったという。伊達さんは直接見てこそいないが、こうも不気味になったのはここ五年ほどの話だと聞いたことがあるらしい。


「それで。凛紗ちゃんはどうだった?」

「特に変わった様子はないです。例のことを伝えてないですし、何とも言えませんけど」


 凛紗がすでにこの世の人ではないという事実。オレには到底信じられなかったが、そもそも虚構世界自体が非現実そのものだから、その中では何が起きても不思議ではないという。たとえそれが、「幽霊が平気な顔をして動き回っている」ということだとしても。


「伝えてないの?」

「言えませんよそんなこと。やっぱりあいつがすでに死んでるなんて、信じられませんし」


 それでも、丸の内南口の地下にある例の施設にコピーがない――それも、もともとはあった痕跡がある以上、すでに帰らぬ人になっているのは間違いないらしい。ならば、さっきまで美味くてたまらない中華粥を作って、オレが美味そうに食べるのを見て嬉しそうにしていた凛紗はどうなるのか。


「握った手はあったかいし、特に死んだ人間に接してる感じはなかった。それに、あんなに美味い飯が作れる人が幽霊だなんて」

「最後のは関係ないんじゃない?」

「そうですか? でも……」


 オレの直感が、凛紗は幽霊なんかじゃないと言っていた。もっとも、オレが直感に助けられた経験は、記憶の限りではないのだが。


「……あいつが他人に恨まれるようなやつだとは思えないんです」

「誰かに殺されたことが前提みたいな言い方ね」

「違いますか?」

「凛紗ちゃんは、淀川くんが思っているよりひねくれてるわよ。あの子の人生はそもそも、親に捨てられたことから始まるもの」


 確かに伊達さんの話によればそうなる。小さい頃に親の愛情を受けられなかった子どもが、ひねくれないはずがないのだ。そしてひねくれた結果、自分のことを大事に考えられない――かもしれない。


「わたしもありえないとは思うわ。けれど、可能性がゼロってわけでもない」


 それに、と伊達さんは続けた。もうすぐ夏だというのに、オレと伊達さんの間に冷たい風がびゅう、と吹き抜けた。


「新東京政府の理事ともなると、恨まれることばかりよ。そもそも理事が新東京政府の代表みたいに扱われて、2120年の事故のことをいまだに責められたりするし」

「凛紗は関わってなかったんですか?」

「全く無関係ってわけではないけど、理事の中の扱いとしてはわたしより下なのよ? 直接の原因になったとは、到底思えないわ」


 確かに凛紗の話を聞く限り、虚構世界の研究がどう、とかいう話には関わっていなさそうだった。何せ、オレのところに来る直前までやっていたのが、警視庁の管轄だ。事故の責任をとって、一見研究に関係なさそうな仕事をやっているだけなのかもしれないが。


「……凛紗ちゃんはね」


 とっくに誰もいないはずの区域内からわずかに漂ってきた死臭に顔をしかめながら、伊達さんが口を開いた。


「事故前後の記憶もないし、事故前にはあったはずの感情もない。それなのに、当たり前のように新東京政府に居残っている自分に、疑問を持ったのよ」

「疑問……」

「わたしに言わせれば、そんな状態で四年近くも組織にいれたことの方が、不思議なんだけれど。ただ、ふとそう思ってから行動に移すまでは、早かったみたい」


 凛紗はもう、組織から逃げ出したいことを直接伊達さんに伝えるのは無理だろうと思ったのか、長い手紙をよこしてきたらしい。手紙に記されていた日付は、凛紗がオレの元に来るほんの一週間ほど前だった。


「……じゃあ、凛紗は」

「きっと新東京政府に戻るつもりはないわ。実際凛紗ちゃんがやっていた警視庁の管轄も、新しく理事代行になった人がうまくやってるみたいだし。もし戻ったとしても、もう仕事はないと思った方がいいわ」


 その言葉を伊達さんから聞いて、オレは軽くめまいがした。今までオレは、凛紗の感情や記憶が戻ってくれば、元の居場所に帰れるものとばかり思っていた。実際には帰れないのではない。いつでも帰れる場所に、もう帰りたくないのだ。


「……でも」


 うつむいていたオレは、顔を上げた。伊達さんの話にはまだ続きがあった。


「凛紗ちゃんがもう……この世の人じゃないとなれば、話は別よ。しかもそれを、本人が知ってるのか知らないのかでも、事情は変わってくる」


 伊達さんも口では凛紗が死んでいると言いつつ、信じてはいないといった口ぶりだった。そりゃそうだ。オレだって信じられるわけがない。オレは心の中で大きく首を縦に振った。


「だから凛紗ちゃんにそれとなく、この話をして欲しかったんだけど」

「それは……すみません」

「いえ、いいのよ。わたしも多少は、話せないだろうと思ってたから。そのために、今日はここに来たんだし」


 それに急に話を切り出しなんかしたら、わたしが一枚噛んでるってバレそうだから、と伊達さんは付け加えた。そうだ。凛紗の方はまだちゃんとした形では、伊達さんに会っていないのだ。


「そのために……って、こんなところにですか」

「ええ。場所は悪いけれど、我慢して欲しいの」


 伊達さんはそこまで言うと、少し離れたところにいた警備員の男性に一言話しかけて、オレをバリケードの中へ案内した。前に凛紗と一緒に潜入した時と、内部はほとんど変わっていなかった。

 前と同じ地下への入口から入る直前。何やら真っ黒でうごめく物体がちらっと見えた。目を凝らしてみると、それは相当な密度で群がった猫だった。


「ここを完全にバリケードで囲った後、最初にやったのは違法カジノ内部にあったご遺体の搬出。けれど事情が事情で無縁仏がほとんどで、地上に出されてそのままだった。それで引き取り手が出ないうちに、ああなってしまったの」


 どうやら猫が群がっている場所の他にも、ご遺体があるらしい。とっくに取り壊して、バリケードの中は更地なのだとばかり思っていたオレは、思わず目を伏せた。


「……片付けないんですね」

「片付けないのにも、理由があるのよ」


 階段から続く薄暗い廊下を抜ける。しかし以前と違って、まばゆいほどの明るさはもう地下にもなかった。


「遅いよ、伊達。せっかく外部の人間が来るって聞いて、早くから待ってたのに」


 するとその広々とした空間の真ん中の方から、高めの声がした。しかし高めと言っても、女性的な声ではなかった。


「ごめん、バティスタ。外で少し話し込んだのよ」

「話すならこっちの方がよかったのに。あんな変な臭いするところでよく話せるね」


 声のした方にいたのは、かがみこんでスロット台の下をのぞき込む少年だった。オレたちが来たのに気づいて、彼は立ち上がってこちらを向いた。


「キミが伊達の言う、外部の人間?」

「お、おう……そうだけど」


 オレは凛紗のようなぶっきらぼうな雰囲気をその少年から感じて、一瞬ひるんだ。


「ボクはアレキサンダー・バティスタ。もう驚かないと思うけど、新東京政府の理事の一人だよ」

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