37MB 再び、丸の内南口へ
「お待たせ。ごめんね」
翌日の昼休み、オレは昼休憩に入るなりすぐさま東京駅に向かった。待ち合わせ場所は、丸の内南口の改札前。前日の夜になって届いたメッセージに書いてあったが、やはり目的はオレの思った通りだった。
五分ほど遅れて、伊達さんがやってきた。スーツに革靴という服装で、ほんのり薄い化粧をした伊達さんは少し息が上がっている様子で、オレの目の前まで来るなりかがんで息を整えた。
「じゃあ、行こっか」
「はい」
駅員さんに許可を取った後、オレは伊達さんの後について改札を入り、通路の途中にある扉から新東京政府の施設に入った。そこは東京中の人間のコピーが保存されているという、オレには到底信じられないような場所だ。
「伊達さんは、」
「うん?」
真っ暗な中、下へ向けてエレベーターが動き始めるのを待ってオレは伊達さんに尋ねた。
「凛紗と友達か何か、なんですか」
「小さい頃から面倒を見てた。それだけよ」
「面倒を見てた……」
「あの子、両親の話しないでしょ? あれはあえて避けてるとかじゃなくて、話ができないの。物心ついた時には親に捨てられてたみたいで、歳の離れたわたしの妹として育てられたのよ」
一番最初、凛紗に会った時に抱いた疑問がようやく解決した。親の話をしないのは新東京政府という強力な身のよりどころがあるし、何だかんだオレのいないところでうまく連絡を取っているからなのだろう、と勝手に思っていた。
「わたしが今の新東京政府に就職してからは、わたしと凛紗ちゃんの二人で暮らすようになったわ。でも凛紗ちゃんが高校と大学をあっという間に出て、わたしの後を追うように就職してから、凛紗ちゃんはほとんど研究施設で暮らすようになったの」
スーツスカートの裾を整えつつ、伊達さんは凛紗の過去を話してくれた。それにしても就職していきなり理事なんて、すごい躍進の仕方だ。
「凛紗ちゃんに聞いたと思うけど、わたしは横浜にずっといたから、凛紗ちゃんがどうしていたのか全然知らなくて。そんな時よ、あの事故が起こったのは」
「2120年の」
「そう。覚えてる? あの時のこと」
「一応、何となくは」
「事故があったって聞いたのは、二日後だった。東京にすごく近い横浜でも、情報が入ったのはそれくらい遅かった。きっと淀川くんがいたような地域に第一報が入ったのは、もっと遅かったはずよ」
言われてみれば、事故が起きてすぐにあのニュースが流れたわけではなかった。悲惨なニュース映像ばかり印象的で、ニュースを見た日付は覚えていないが、たぶん一週間とか十日くらい後だった気がする。
「ニュースを聞いて、すぐに東京に入って凛紗ちゃんを探した。凛紗ちゃんが行きそうなところを、可能な限り全部探した。でも、見つからなかった」
エレベーターが地下深く潜っていくのに従って、星空のような光景が箱の外に広がる。しかし今度の感じ方は違った。前のように、オレの地元よりきれいだ、なんて言っている場合じゃないような。そんな思いが、ふとオレの頭をよぎった。
「この星空が、気になる?」
伊達さんが俺の様子に気づいて、話を中断して尋ねた。
「あ、いえ。続けてください」
「この星に見える一つ一つは、……2120年の事故で犠牲になった人たちの、“存在のかけら”なのよ」
『900万人もの死者を出した激甚災害であるにもかかわらず、な』
凛紗が言った900万人の犠牲者が、ここにいる。確かにそう言われてもおかしくないほどの星の数だった。目の前にあるのは、その命の片鱗。
「亡くなった人たちはみんな、ここにいる。亡くなってしまった事実は変わらないけれど、その命のかけらを集めることには、何とか成功したのよ」
「でも、そんなの集めたって」
「いいえ。目処は立っているわ。かけらさえあれば、そこから犠牲者を蘇生させる方法がね。むしろ虚構世界の構築がある程度成功している今だからこそ、そっちの研究が盛んになっているはずよ」
こんなわずかなかけらから、900万人もの命を元通りにする。俺にはとても、想像のできない話だった。それと同時に、オレは急にお墓にでもいるような気分になって、少しだけぞっとした。
「凛紗ちゃんも、この星空の中にいても何もおかしいことはなかった。凛紗ちゃんは事故に巻き込まれたものとばかり、思っていた」
「実際は、違ったんですね」
「……っ」
オレが聞き返すと、伊達さんは途端に口をつぐんでしまった。きっと肯定の意味の沈黙なのだろうが、エレベーター内は急に静まり返って、代わりに不安に近いものがオレを襲った。
「そろそろ着くわ」
次に伊達さんが口を開いたのは、最下層に着くか着かないかという頃になってからだった。エレベーターはそのスピードをゆっくり落として、やがて止まった。ドアが開いた先にあるのは、新東京政府関係者のコピーを安置する専用スペースだ。
「狭いから気をつけてね」
そう言いつつも、伊達さんはずんずん奥へ進んでゆく。二人横並びでは通れないくらいに狭い道をまっすぐ行っていると、あるところでぴたりと伊達さんが足を止めた。
「……これが、わたしのコピー」
「伊達さんの……」
伊達さんが指差した大型のカプセルの中には、確かにほとんど伊達さんと同じ人が入っていた。違うところを挙げるとすれば、カプセルの中の伊達さんは髪が短め――ワンレンボブというそうだが――なことだった。それでも顔つきや化粧の仕方はほとんど同じで、一目で伊達さんだと分かった。
「こんな感じで、今現在東京にいる人は、最初に東京に入った時の姿でコピーが保存されているはずなのよ」
伊達さんのその語調に、オレは背筋が冷えた。次に何を言われるか、何となく分かった気がした。
伊達さんはそのまま通路を進み、今度は突き当たりで止まった。
「これは……」
オレは伊達さんに尋ねようとして、そのまま絶句した。
突き当たりにあったのは、液体こそ入っているが肝心の人がいない、実質的に空のカプセルだった。そしてカプセルの足元には、記念碑に彫られるような字体で、あまりにも見慣れた四文字。
『庵郷 凛紗』
「きっと本人は知らないはず。自分のコピーが、ここにないってことをね」
「凛紗が、知らないんですか」
「あの子ならこんなことを知っていれば、原因をとことん追求するはずだもの。調べようとするどころか、淀川くんに話したこともないでしょう」
「……確かに」
ここに自分のコピーがないのがどれだけ異常か、オレは他ならぬ凛紗から聞いて知っていた。東京には駅からしか入れないし、危険物センサーのようなシステムをくぐり抜けるのもできっこない。
「淀川くんも想像がついたかもしれない。ここにコピーがないということが、何を意味するのか」
そして伊達さんが言葉を続けた。オレは固唾を飲んで、それを待った。
「凛紗ちゃんは、もうこの世の人じゃない」
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