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仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~  作者: 奈良ひさぎ
第4章:寂しさと悲しさの先に -Loneliness/Sadness-
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35MB ここに来た意味

「……ったく! なんでこういつもいつも……!」


 思い思いの鈍器を持ったチンピラたちの攻撃をすんでのところでかわし、オレたちは逃げ出した。やはり数の暴力には勝てない。警察学校で初めて柔道をやった程度の身のこなしでは、武器を持った男を一度に十人も相手することはできない。本能でオレの足がすくんでいるのが分かった。


「どうもヨドの元に来てから、こういうことが多いな」

「よく考えろ、凛紗のせいだろ。凛紗がこういうやべえとこばっかり選んで行くから……」

「何を言っている。ヨドもあまり記憶喪失の女といつまでも付き合うのは厄介だろう。その記憶を取り戻すためには、必要なことだ」

「そんなこと言われてもなあ……」


 凛紗がやれ破壊光線やら、やれ恐竜を出すやらたくさん猫を出すやらとやってくれるおかげで何とかなっているが、それがなければいちいち死んでいただろう。感謝するべきなのか。いや違う。やっぱりそもそもここに来なければ、チンピラと遭遇することもなかったのだ。

 どうやら秋葉原とは別の違法カジノ出身のチンピラらしく、とっさに凛紗がオレと手をつないで出した破壊光線のまぶしさと威力に、チンピラどもが明らかに怯んでいた。その隙を狙って、オレたちはベルトコンベアに沿ったスロープを駆け上がった。


「予想以上に戸惑ってくれたおかげで、元来た道を逆走せずに済んだな。いずれにせよこの道をたどって調べるつもりだった」

「……いや、待てよ」


 そもそもどうしてここに来たのかを、オレはふと思い出した。


「何だ?」

「そもそもオレたちって、秋葉原が貧乏になってる理由は裏ルートが断たれたからで、それを確かめるためにここに来たんだよな? でも……」

「そうだ。他の違法カジノのならず者に出くわして逃げるので終わっては意味がない。しかも他の違法カジノの連中がいるということは、特別な理由がない限り秋葉原もここに潜入できるはずだ。裏ルートそのものに問題が生じたわけではないんだろう」


 やっぱりここに来た意味はあまりなかった。のこのこ関係者以外立入禁止のところに入って、チンピラに遭遇しただけだ。


「……今にもため息をつきそうな顔をしているが、完全に無駄になったわけではない。ヨドが玲に会ったというだけで、十分な収穫だ。やはり秋葉原の異常事態と閉鎖が、玲を東京に呼び戻さなければならないほど深刻というわけだ」

「そんなに珍しいのか、その……伊達さんがこっちに来るのって」

「玲は2120年の事故に遭っていない。あれより前から横浜に赴いて、交渉していたんだ。虚構世界を適用する実験が成功した暁には、東京の面倒を見るのを新東京政府に任せてもらう、という交渉をな」


 チンピラたちがスロープを上って追いかけてくる。武器を持っている奴と持っていない奴が半々くらいで、怒声を撒き散らしながら走っていた。


「……でも、事故が起きたってことは、実験は失敗……なんだよな」

「ああ、そうだろうな。しかし意図せずして虚構化した後、何だかんだ政治を上手いことやれているのも事実だ。その実績を主張して交渉しているんだろう。玲ならすぐその路線に切り替えて話をつけようとするはずだ」


 凛紗の話によれば、伊達さんは相当弁が立つらしく、交渉を任されたのも誰もが納得するほどらしい。あの時白衣を着ていたのが少し謎だが。

 チンピラどもの声がだんだん大きくなっていた。まぶしさに怯んでいた連中も全員立ち直ったのか、さっきより数が増えているように見えた。凛紗と呑気に話してる場合じゃない、と思い直して、オレはガラスで下が見える床のスロープを走った。


「ってかこれ、いつまで続くんだよ……!」

「少し蹴散らそうか。ヨドの体力がまだ残っているうちにな」


 凛紗が手を差し出してくるのと、オレが手をつなごうとするのがほとんど同時だった。


「あまり派手にやるとかえって私たちが物流を滞らせるかもしれない。ここは平和的解決と行こう」


 凛紗の手から出たのはさっきと同じような猫だった。きれいに統率のとれた猫たちが坂を駆け下っていき、迫ってくるチンピラどもと正面衝突した。足を噛まれたり引っかかれたりしているのか、悲鳴が聞こえ始めた。ちょっとうまくいきすぎだろ、と思いつつ、オレは凛紗から手を離した。


「なあ、あとどれくらい……」


 半分はとうに過ぎた、くらいのことは言って欲しいと思いつつ、凛紗に声をかけた。


「凛紗ちゃんには気をつけろ、って言ったのに」

「その声は……!」


 凛紗よりもずっと大人びた女性の声。一瞬時間の流れがゆっくりになったように感じた後、上の方から声が聞こえた。


「そのままだと彼らに追いつかれるだろうから、少し手伝ってあげようと思って」


 声をかけられる直前の一瞬だけ、足がものすごく重たくなったように感じた。両足にそれぞれトラックのタイヤでもくくりつけたような重たさ。しかし気づいた時にはまたいつも通りの軽さになっていた。“いつも通り”が“軽い”と感じるくらい、一瞬の重たさは異常なものだった。


「……どうなってるんですか、これ」


 なぜかオレと隣にいる凛紗にだけ、スポットライトが当たっていた。違う。よく見ると明るさは別に変わらない。オレと凛紗を囲むわずかな範囲だけ、風景が白黒になっていた。そしてカラーのままの外側は、スローモーションで動いていた。


「ちょっとだけ小細工をしてるの」


 隣の凛紗はオレと同じスピードで走っていた。しかし呼びかけても返事をしないどころか、こちらを振り向こうとさえしなかった。オレは上にいるのだろう伊達さん(・・・・)の方を見る。


「心配しなくていいわ、凛紗ちゃんに異常があるわけじゃないから。とにかく早く上まで来ないと」


 さっきまでみるみるうちに近づいてきていたチンピラどもの姿が、今度はどんどん遠ざかってゆく。すぐに姿が小さくなり、ビル五階分くらいの差が開いたところで一番上、ベルトコンベアの終点までたどり着いた。延々と続くベルトコンベアに運ばれてきた荷物を、今まさに吸い込もうとしているいつものより一回り小さなテレポートスポット。その隣に、伊達さんが立っていた。


「何とかなったようね」

「あの……」


 どんな仕掛けなのかは分からないが、とにかく伊達さんはオレたちを助けてくれた。しかしお礼を言おうと思ったその瞬間、伊達さんはいなくなってしまった。最後に伊達さんが指を鳴らしたのと同時に景色は元に戻って、凛紗も辺りをきょろきょろ見渡すようになった。オレたちにくっつくようにして動いていたわずかな範囲のモノクロの景色は、音も煙も立てることなく元に戻ってしまった。


「何を突っ立っている。せっかくここまで来られたのに、台無しになるぞ」

「……あ、ああ」


 凛紗には今までオレが見ていたものが見えなかったらしい。普通に考えればありえない速度で逃げたからこそこれだけ距離を離せたのに、そのことを何も不思議に思っていないようだった。

 出口は入ったところとは全く別の場所だったが、人間用のテレポートスポットはすぐそばにあった。結局伊達さんの声が聞こえたその瞬間以来、チンピラどもの怒声は聞くことなく家まで戻ることになった。

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