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27MB ヤツの過去と、地下室の資料

『私は庵郷。今日は島津先生にどうしても抜けられない急用があり、私が代わりを務めることになった。どうぞよろしく』


 再びヤツが中心に映るようなアングルに切り替えると、教壇に立つヤツの姿はいつもよりさらに小さく見えた。


ぱち、ぱち。


 ふと生徒の一人が控えめに拍手をした。それが起爆剤となって、しばし教室が拍手に包まれた。


「生徒にとっては、代講の先生が来るというのは貴重な体験なんです。僕は137組、138組、139組の数学を担当しているんですが、よほどのことがない限りは三年間、僕がずっと面倒を見るんです」

「よほどのこと?」


 いつの間にか島津さんが再びオレの向かいに座っていた。さっきは忙しそうに職員室内を動き回っていたが、手が空いたらしい。本来なら授業しに行くところをヤツが代わりにやっているのだから、暇なのかもしれない。


「ここは一年生から学力別のクラス編成になっているんです。何ヶ月かに一回はクラス替えがあるんですが、劇的に成績が上がったり下がったりしない限りはクラスも変わらなくて、ずっと同じクラスメイトのまま三年間を過ごすことになるんですよ」


 そういうことなら確かに、いつもと違う先生ということ自体、珍しいだろう。どうやら初対面の相手でも偉そうな態度をとるのは変わらないらしいが、歓迎してくれるならよかった。


「実は僕が大学に入り直してから、最初に親しくなったのが凛っちゃんなんですよ。はじめは向こうから僕に興味を示してくれて」


 その時言ったのだろうセリフは想像がつく。『珍しいな。私のように若いのならともかく、ずっと歳を重ねた男が紛れているとは』とか。


「その時にはもう、政府の理事になることは確定していたようです。でも人に教えることが好きだから、数学の教員免許も取っておくってね。大した向上心ですよ」


 僕なんて適当に流されて教師になっただけですから、と島津さんは愚痴るようにぼそっと言った。てっきり温厚で先生に向いていそうな島津さんのことだから、志望して先生になったものとばかり思っていた。


「凛っちゃんは決して授業中に積極的に質問するような人ではなかったですけど、とにかく真面目でした。僕も何度助けてもらったことか」

「真面目、か……」


 実はヤツの過去の話を聞くのは初めてだということに、オレはふと気づいた。大学の同級生で不真面目そのもの、という人はいたが、そういう人とヤツとが同類でないことにはうなずけた。


「……あれ」

「どうされました?」

「あいつ……いつ大学卒業したんだろう」


 大学だけ通い直した島津さんならともかく、まだ十三歳のヤツはいったいどうやって高校と大学を卒業したのだろうか。本来小学校に入る年に高校に入学して、そのまま卒業すれば辻褄(つじつま)が合わないことはないのだが。


「凛っちゃんはあっという間に卒業していきましたよ。たぶん僕より二、三年早かったと思います。高校も含めて、飛び級に飛び級を重ねていたみたいですよ」

「じゃあ本当に同級生だった期間は短かったんですね」

「もっとも、飛び級して凛っちゃんが先輩になった後もいろいろ助けてもらってたんですけどね。政府関係者になってからも活躍しているでしょう?」

「えっと……」


 果たして活躍しているのだろうか。何だかんだ東京のことをヤツから教えてもらうばかりで、ヤツ自身のことを教えてもらうことはほとんどなかった。


「大学時代は特に淀川さんの名前を聞いた覚えがないんですが……どうやって知り合われたんですか?」

「それが……」


 出会いと言われても、ある日の夜突然ヤツがうちに押しかけてきて、ヤツを匿うように言われたとしか言えない。そのことを思い出して、オレははっとした。


「“匿う”……?」

「何か悪いことをしたんでしょうか、あるいは政府から追われていたとか? しかし凛っちゃんがそんなことをするとは思えませんし……」


 画面の向こうのヤツは早速教室備え付けの端末を使用し、今日学習する内容を前に映し出して説明をつらつらやっていた。口調は偉そうだが説明自体は分かりやすいらしく、生徒の中にはうなずきつつ聞いている子もいた。教員免許を持っているだけで、先生として教えた経験もないはずなのに、分かりやすい説明をスラスラとやってのけている。だがオレはヤツのことについて、まだ何も分かっていないのかもしれない。


「……ああ、そろそろ時間みたいです」


 ヤツも教室の雰囲気に慣れてきたのか、指名した生徒の答えに対して笑顔で褒めるようになっていた。そしてそのタイミングで、職員室にいた別の先生がブースのドアをノックした。大掃除の時間になったらしい。


「記録を取ることはさすがに難しいでしょうから、なるべく覚えるようにお願いしますね」

「分かりました」


 オレはいよいよかと気を引き締めて、職員室を出た。島津さんについていきさっき上ってきた階段を下りる。地下一階と地下二階の間まで来たところで、大きな扉がぽっかりと口を開けていた。


「ここが地下室です。確かもう三つか四つくらいは出入口があったと思うんですがね」


 どうやら校舎の地下にまたがった広大な部屋らしい。地下室の中は図書館のようになっていて、少し暗めの赤のカーペットが敷かれ、ぼんやりとした照明が灯っていた。書類や本が何列も並んだ棚に置かれて整理されていて、果たして目的のものをすんなり見つけられるのかとオレは心配になった。しかし、


「それに関しては問題ないです。前回の大掃除の時にすでに見ていますから、凛っちゃんの名前が載っていそうな書類がどこにあるか、大体の見当はついています」


 確か凛っちゃんは警察の統括をしてたんだっけな、と島津さんはぼやいた。確かヤツもそう言っていた。いったいヤツは島津さんにどこまで話しているのだろうか。


「ああ、ありました。この辺りです」


 まだ地下室に入ってからそれほど奥に進んでいない場所だった。棚に殴り書きの雑な字で“警視庁関連”と書かれているのが読み取れた。棚一つ分なら片っ端から見ても何とかなるだろうと思って、オレは一番手前の段ボール箱を引き出した。中に入っていたのは、わざわざ段ボールに入れる必要があるのか、と文句を言いたくなるほどの量の紙切れだった。


「言っても凛っちゃんはまだ政府の中でも新入りの方らしいですから、外れなのかもしれませんね」


 反対側から順に調べてくれていた島津さんがそう愚痴った。オレも三つ目の段ボール箱を調べ終わったあたりで、早くも同じようなことを思っていた。……しかし。


「……ん?」


 次の四つ目で、それらしいタイトルの書類が出てきた。



『仮想世界第一段階条件下における、感情操作に係る報告(実験)』



 それは記憶と一緒に感情も抜き取られた、と打ち明けてくれたヤツがもろに関わっていそうなものだった。


『被験者No.2:庵郷 凛紗

処置後の経過は良好、簡単な日常会話を行った。行動面、五感面における異常は見られなかった。引き続き感情の操作を行うことのできる基準に達している』


「感情の操作……やっぱヤツの言う通りなのか」


 その書類は報告書のごく一部のようで、たった三枚で終わっていた。軽く最後まで目を通す。最後にはこの実験と称した拷問を行った研究員の名前が連ねられていた。



「……っ⁉︎」



 最後の行に目を通した瞬間。思わず手に力が入って、書類を破きそうになってしまった。


「……どう、されましたか?」


 小刻みに震えさえしていたオレの様子を見て、島津さんが声をかけてきた。しかしそれに応えることはできなかった。代わりに島津さんはオレの持つ書類を見て、同じように絶句した。


「これは……」



淀川(よどがわ) 遼斗(はると)



 誓って身に覚えがないのに、オレの名前がそこにあったのだ。

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