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26MB 昔馴染みの島津さん

「驚いたでしょう、ここの広さ」

「……ええ、正直」


 オレは前を行く島津さんに話しかけられ、あまり実のない答えを返した。階段を上るのは三階までで終わったが、上を見上げるとまだまだ続いているようだった。


「僕もここに勤務し始めた頃はなかなか慣れませんでした。正直東京中の高校生を一ヶ所に集めるのが、得策だったのかどうか」

「ちなみに全校生徒合わせると、どのくらいいるんですか」

「だいたい三万人ですね」

「三万人……⁉︎」


 それははっきり言ってバカだと思う。一ヶ所に集めていいような人数でもないのに、どうしてこんなことになったのか。


「一学年あたりおおよそ一万人、1クラスにだいたい四十人ですから、250クラスあります」

「はあ……」


 どうりでさっきヤツが受け取った出席簿に『1年138組』とかふざけたことが書いてあったわけだ。しかも250クラスのうちの138組ということは、まだまだ数字の大きいクラスがあるらしい。


「ああ、でももちろん高校が一つになったことで、よくなったこともあると思います。まず同じ学年を持つ先生同士の連携が取りやすくなったことですね」


 この高校はざっくり一年生用、二年生用、三年生用の三つに校舎が分かれていて、それぞれに職員室や保健室、理科室などが複数備えられているらしい。つまり同じ学年を担当する先生たちが、一年間は同じ職員室で過ごすことになる。特に同じ教科を担当する先生同士で仲良くなるのだという。


「あとは単純に生徒の面倒を見やすくなっていると思います、同じ学年の同じ教科の担当だけで、80人はいますから」

「80人?」


 だいたい一人当たり3クラス分受け持つ計算だ。そういえばオレが通っていた高校だと一学年全クラスの数学を一人の先生が担当していたから、確かに負担は減っている。


「東京都では小学校と中学校が廃止されましたから、そこの教員のほとんどが高校の教員免許を取って、ここに来ているんです。かくいう私もその一人で、以前は中学校の数学を教えていたんですよ」

「へえ……そうなんですね」


 それでようやく、島津さんが若くはなさそうであることに納得がいった。オレが見た感じだと四十代前半。


「中学数学ばかりを教えて十数年でしたから、なかなかすぐには免許が取れないと思って、大学から通い直したんです。()っちゃんとは、そこで出会いました」


 ちょうどそこまで話したところで、職員室の前までたどり着いた。長い道のりだったとオレは心の中でため息をつきつつ、中に入る。


「まだ一限が始まっていませんし、大掃除までもう少し時間がありますから。どうぞくつろいでください」


 オレは広大な職員室の中に設置されたブースに通されて、島津さんと向かい合わせに座った。しかしくつろげと言われても、久しぶりに着たスーツではそわそわして、しょっちゅう足を組み替えるしかなかった。


「淀川さんは、警官をされているんですよね?」

「ええ、まあ。まだなってから一年ちょっとの新入りですが」

「それでも立派ですよ。警視庁の志願者は年々減っていると聞いたことがあります。なんでも違法カジノの潜入捜査なんて、危険そのものみたいな仕事をしているからだとか」


 言われてみれば少し前に山内さんが愚痴っていた気がする。来年からうちに新入り、来ないかもしれないな、とか。


「僕が都外出身だからそう思うのかもしれないんですが……警察官の仕事を全部ロボットがするようになるのが、本当にいいのかどうか」

「オレ……違った、ぼくもそう思います。ぼくも地方出身なんで、まだまだ東京に慣れてないところがあって」


 ちょっとかしこまろうとするとボロが出た。島津さんがオレと同じ都外出身だというところに、オレは親近感を覚えた。


「そりゃロボットにやらせれば楽なのは間違いないんでしょうけどね。人間より迅速に正確に決定できますし。けれどそれでも、ロボットの下す判断に本当に間違いがないのか、気になるんです。僕の頭が古臭いんでしょうかねえ」


 結局島津さんは自嘲するように笑顔を見せた。島津さんの言うことはオレにとって、言われてみればなるほど、と思わされるものばかりだった。オレよりも二十年近く先を行っているからこそなのかもしれない。


「島津の言うことも間違ってはいない。実際、ロボットがいつも完璧に正確な判断を下せるわけではない。人間が時に間違ったことをするのと同様にな」

「凛っちゃん?」


 いつの間にかオレの背後にヤツがいた。全く気づかなかった。いつからいたんだ。


「目的の教室は見つけたから、そちらの世間話に混ざってみようと思ってな。島津と積もる話をしたいのは、私も同じというわけだ」

「そうは言っても凛っちゃん、もうすぐ朝学の時間が始まるんだ。面倒かもしれないけど、一限の担当がいなくちゃいけない」

「そうなのか、それを早く言え」


 どうやら出席簿は教室に置いてきたらしく、ヤツは少し慌てた様子で職員室を出て行った。職員室に入って一瞬で出て行った小さな来訪者に、他の教師たちもちらっと目をやっていた。


「……ああ、すみません。ついつい僕の話をしすぎました。今回わざわざ来ていただいたんですし、時間になればお呼びいたしますので、どうぞお休みください」


 島津さんもそう言い残して、ブースを出て行ってしまった。職員室との境目になっているパステルカラーのドアが閉まると、いよいよ完全に静まり返ってしまった。

 どうやらこのブースはいろんな目的でそれなりの頻度で使用しているらしく、使い込まれた感じが白い壁やブースの真ん中にどんと置かれた薄い緑のテーブル、そしてテーブルと同じ色をしたひじ掛けつきの椅子から読み取れた。


「そういえば担任と二者面談するときも、こんな感じの部屋だったな……」


 そんなオレの独り言もむなしく響いた。ブースの仕切りはガラスになっていて、こちらからは職員室の様子がよく見える。逆も同じのはずだ。

 一限とか朝学前であるせいか、忙しそうに動く先生たちを目で追いかけつつ、オレは客である立場を最大限生かしてのんびりしていた。


「ん……?」


 オレはしばらく窓の外を見たり、壁の方を見たりしていたが、やがてブースの中で大きなディスプレイが妙な存在感を放っていることに気づいた。ルーズリーフに『使用の際は職員に一言お声かけください』と書かれた注意書きがぶら下がっていた。


「それは各教室の映像が見られる機器です。せっかくですし、凛っちゃんの授業を見ていかれますか?」


 ちょうど島津さんが通りかかって、オレにそう言ってくれた。わざわざ勧めてくるということは、ヤツの教え方は上手かったりするのだろうか。


「そうします」


 オレがいないところでヤツがどう振る舞うのかも気になったので、島津さんに手伝ってもらって、すぐに1年138組の様子がディスプレイに出力された。数秒遅れて教室の音声もこちら側に届き始めた。いつもと違う先生の登場に、早速教室はざわついていた。


『静かに』


 その短い一言で、すぐに教室全体が静まり返った。生徒みんながヤツの次のアクションを待っている。


『ほう、このクラスはなかなか素直なようだ。私も円滑に授業が進められそうで助かる』


 そんなことわざわざ独り言で言うなよ、とオレが思っていると、カメラのアングルが変わって、ヤツを中心に映し出す角度から教室全体を見渡せる角度になった。生徒たちはみな思い思いの服装で、ヤツの方に注目していた。生徒のほとんどが自分を向いていることを確認したのか、ヤツが再びクラスに向けて話を始めた。


『私は庵郷(あんごう)。今日は島津先生にどうしても抜けられん急用があり、私が代わりを務めることになった。どうぞよろしく』

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