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25MB 都立中央高校

 テレポートスポットナンバー050、東京都立中央高校正門前。

 はじめテレポートのための地点を設定する際、特に重要な百地点を決めて番号が割り振られたらしい。つまり都内で唯一の高校は、それなりに大事だと考えられていたということだ。


「最初に百の地点は決められたが、番号の振り方は東京駅から近い順だ」


 高校に行く途中、ヤツがそう教えてくれた。言われてみれば納得がいく。そんなところで順位をつけられてはたまったもんじゃない、と文句を言う人も出るだろう。


「なあ、ヨド」

「ん?」

「私のネクタイの位置、おかしくないか。せっかく正装で臨むのだから、きちんとしておきたい」

「んー、まあ問題はなさそうだけど」

「そうか。よし」


 なんだか知らないが、ヤツは妙に張り切っていた。これからのことにわくわくしている様子で、表情はにこにこしたり急に真面目くさった顔になってみたりと、安定していなかった。


「見れば分かるが、例の高校は案内役をつけておかなければほぼ確実に迷子になる。特に初めて行くことになるお前は、十分注意しておけよ」

「あ、ああ」


 そう言われても、残念ながらオレにはおまり実感がわかなかった。しかし家から最寄りのテレポートスポットまで移動し、050、と入力して移動した途端、オレはすぐに理解することになった。


「……なんだこれ」


 オレは呆れるしかなかった。

 目の前に現れたのは、地上二十階か三十階ほどの、厳かな仕様の建物だった。外壁はシンプルな白さを誇っていて、オレから見た横幅は百数十メートルほど。そして果てしないほどの奥行きがあるようだった。


「これが高校かよ。都庁とかじゃなくて?」

「ああ、高校だ。東京中の高校生を集めていると言っただろう? しかも年齢制限がないときた。いくら少子化が深刻になっていると言っても、さすがの生徒数というわけだ」


 ヤツは何のためらいもなく、テレポートスポットの目の前に位置する高校の正門を通って中に入ってゆく。オレも『東京都立中央高校』と雰囲気のある表札が守るその門を、制服を着たたくさんの生徒たちにまぎれるようにして通った。


「話は通してある。職員室へ行こう」

「職員室?」


 そもそもこの高校へ来た理由さえ知らされていなかったオレだが、職員室と聞いて少し目的が分かった気がした。


「もしかして教育実習とか?」

「当たらずとも遠からず、というところだな。実は私の昔馴染みがここで数学教師をやっているんだ。今日はそいつの代わりに授業をすることになっている」

「はあ? なんでそれを言わなかったんだよ」

「まさに今のように、お前が面倒くさがると思ったからだ。こうなると分かっていれば、わざわざついてこなかっただろ?」

「ほんとだよ、勘弁してくれ」


 先生をやるのはヤツの自由だしオレが口出しすることでもないが、オレまで巻き込まないでほしい。オレはせっかくの休日が台無しだ、と急にモヤモヤしてきた。ヤツと外出する予定がなければ今日は一日家でゆっくりして、早めに風呂に入ってビールを片手にテレビでのんびり野球観戦する予定だったのだ。


「まあ落ち着け。実はそれだけではないんだ」

「いやいや、落ち着けるかよ」

「私とお前の関係が少し明らかになるかもしれないチャンスだというのに、それを逃すつもりか?」

「は……?」


 オレはヤツの口から飛び出た言葉に少しだけ動揺して、固まってしまった。その隙を逃すまいとばかりに、ヤツがすかさず続けた。


「食いついたな。実はさっき言った数学教師は、ただの昔馴染ではない。私の記憶は何者かによって意図的に抜かれているようだが、その事情を知る数少ない一人だ。先日世間話をしていたんだが、その際に、この高校の地下の資料室に新東京政府の非公開資料が眠っているという話を聞いた」

「……非公開資料」


 なんでそんなものが高校の地下室にあるんだよ、と言いたい気持ちでオレはいっぱいだったが、聞く前にヤツの話の続きが飛んできた。


「どうやらその資料は複数あるようで、詳しい内容は分からないがかなり重要度は高いらしい。作成された時期も、ちょうど東京大事変前後だそうだ」

「あの事故の、前後(・・)

「事故前後の記憶がないとはいえ、私がその時期に新東京政府に関わっていたことは間違いない。となれば、私が作成した資料や、私の名前が記載された資料があってもおかしくない。いや、あるに違いないと言ってもいいかもしれん」

「……まあ、そうなるか」

「しかしその地下室は普段は教職員も立入禁止になっていて、その扉が開くのは年に何度かの大掃除の時、新東京政府の関係者立会いのもとという条件らしい」

「それ、よっぽど見られたくない資料なんだな」

「見られたくないというより、素人にあまり見られてはならないんだろうな」


 そこまで言うと、ヤツはにっ、と口元を緩めつつオレの方を見上げた。いわゆる上目遣いというやつだ。全く()かれなかったが。


「そして偶然にも今日は、その大掃除の日なんだ。そこでだ。数学の教員免許を持っている私が代わりに授業をしている間に、お前には大掃除を手伝う教師のふりをして資料を見てきてほしいんだ。そういう交渉を事前にしてあるから、特にお前が特別なことをする必要はない」

「それアリかよ? バレたらどえらいことになるんじゃ」

「まあ、なるだろうな」

「マジかよ……」

「と言っても、新東京政府の関係者は例年一人や二人しか来ないらしい。それに監視の目もそこまで厳しくないようだ、隙を見てちらちら見るくらいはできると思う」

「なんか悪いことしてるみたいで嫌だな」

「心配するな、政府の理事である私に目をつけられた時点で、すでにお前の命運は尽きている。これ以上減るものはないさ」

「そういう問題じゃねえよ」


 確かにヤツが来てから急に忙しくなったのは間違いない。残念ながら休日ごとにどこかへ出かけてひどい目に遭って、の繰り返しを楽しいと思えるほど、オレの心に余裕はない。


「……ってか、まだ職員室に着かねえのかよ」

「おかしいな。この辺りのはずなんだが」


 オレたちは正門を入ってまっすぐ突っ切ったところにあった校舎の入口から入り、廊下をまっすぐ進んでいたのだが、いくら歩いても職員室が見える気配はなかった。


「来たことあるんじゃねえのかよ」

「いや、ない。初めてだ」


 てっきり何度も来たことがあるのだと思っていた。それだけ慣れたような足取りだったのだ。オレはどうすんだよ、という思いを込めてため息をついた。……その時。


「あぁ()っちゃん、こんなところにいたのか」

「“りっちゃん”……?」


 少し先にあった階段から男性が降りてきて、明らかにヤツに向かって声をかけた。するとヤツの方も顔をほころばせて、


「偶然だな。そろそろ助けを呼ぼうと思っていたところだ」


 と言うではないか。濃いめの紺のスーツの下にえんじ色のベストを着た、温和そうな顔をした男性だった。


「紹介する、私の昔馴染みの島津(しまづ)だ。今はどこの学年付きだ?」

「今年度は一年生の数学を担当しています。淀川さん、今日はどうぞよろしくお願いします」


 島津さんはそう言うと、軽くお辞儀をしてオレに手を差し出してきた。慌ててその手を取って握手する。


「えっと、いえ、こちらこそ」

「お二人ともここへ来るのは初めてだと聞いていましたから、迷われるだろうと思ってあらかじめ出てきておりました。職員室は三階にあるんですよ」


 島津さんはそう話す一方で、握手したのとは反対の手に持っていた出席簿をヤツに渡した。


「一限は1年138組の数学。ここから少し行ったところにあるから」

「なるほど、分かった」

「終わったら教室の前で待っていてほしい。迎えに行くから」


 ヤツは島津さんの言葉を聞き終わって、すぐに目の前にまだ果てしなく見える廊下をまっすぐ進んでいった。


「では、淀川さんはこちらに」

「あ……はい」


 オレは早速頭を混乱させながら、島津さんの後ろについて階段を上った。

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